話し合い。
さぁセリさんの運命はっ・・・
それからどうしたかといえば無論、我が家に帰宅した。
行きと同じで一頭の馬に二人で相乗り、私が前でディオンは後ろー・・但し行きと違うのは手綱を握るのがディオンだったということ。
片手を私の腰に回し残りの手で上手に馬を操っている。
確か乗るのは初めてだといてはいなかっただろうか?だから行きは後ろに乗せていったというのに・・・
嘘をついていたとか?・・いや違うだろう、海の中に馬はいないし、何せほんの少し前まで彼は幼体だったのだ繰るべき手足はおろか、その必要もない。
では行きのあの短時間の間に見て覚えたとでも言うのだろうか?
しかし聞いてみたくてもできやしない。
家に着くまで互いに終始無言・・・否、どちらかといえば言葉を発する空気ではなかったというべきだろうか。
やがて我が家に到着したのを機に「馬を帰しに行ってくるから」と彼から離れようとしたがー・・残念ながらそれは不実行に終わってしまった。
素早く馬を外に括り付けた彼に問答無用で再び抱き上げられ家の中へと入る。
さて、どうしたものかと成り行きを見守っていれば彼は私を抱きかかえたまま居間の隅に座り込んでしまった。
どうせ座るならすぐそこにある揺り椅子にでも座ればいいじゃないかとも思ったが合えて口にするのはやめた。
向き合って抱きかかえられているものの俯いているためかディオンの顔を見ることは出来ない。
彼が何を考えているのかは知れないがいずれにしろ、今の彼には離せといっても聞く耳も持ちやしないだろうし、まぁこれ以上何かするわけでもなさそうなのでとりあえず暫くこのままでもいいかと諦めにも近い心境でその現状を受け入れる。
沈黙だけが支配する室内で二人、そのままの体勢で半刻、一刻・・・・どれほどの時間が経過したのだろう。
窓の向こうから差し込む光が段々と赤くなってきているということはもう夕方か・・
体のあちらこちらも痺れてきたし、何よりも腹がへった。
「ディオン」
「・・・・・・・・」
呼びかけるが返事はない。
だが屋敷を出るときよりも感じる怒気は明らかに収まっているようだった。
「なぁディオン、腹が減ったんだが。そろそろ夕飯にしないか?」
「・・・・・・・・」
反応はない。
時折腕に力が篭もるから起きてはいるようだから聞こえてはいるのだろうけれど・・・
駄目かと嘆息するー・・が、ディオンが身動いだ。
やっと解放されるのかと思ったのもつかの間、その身は再び宙へと浮き上がった。
「うわっ」
体勢が変わったことにより長時間動いていなかった体のいたるところから関節の鳴る音が響く。
それからどう動くのかと彼の行動を見ていればそのまま台所へと移動し、左手で私を抱えなおすと右手のみで器用に食事を作り始めたではないか。
どれだけ吃驚人間・・・じゃない吃驚人魚なんだと突っ込みつつもその動きをつぶさに観察しているとあっという間に料理が出来上がってしまった。
出来上がった料理を手に椅子に座ったディオンー・・当然、私の位置はといえばその膝の上だ。
「ディオン、食べにくい・・・」
無駄だとわかっていながらも抗議の声をあげてはみるがやはり返事はなく、膝から降りようにも腰に回された腕がそれを許さない。
(ともかく腹ごなしか)
凄まじい怒気と空腹にあてられ、精神も身体も疲弊してしまっている。
コレを回復させないことにはまともな思考などありもしないのだからと、黙々と料理を口に運ぶ。
「ご馳走様でした」
食事を終えると体を横抱きに抱き直されるが、それ以上その場を動こうとはしなかった。
変わらず彼の口から語られる言葉はない。
・・・さてさて困ったものだ。
これ以上の実害はないとしても現状見る限りではこのまま一晩明かしかねない。
とんとん、と彼の肩をたたく。
「ディオン、用を足しに行きたいのだが」
直球だ。
面と向かって女性から男性に対していうような言葉ではないだろうが、恥じらう年頃などとうに過ぎた。それに相手は人魚だ、何を恥らう必要があるか。
のそり、とディオンが動くがそれを強く制した。
「まて、まさかついてくる気じゃないだろうな?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「駄目に決まっているだろう!」
………そこまでの恥は捨ててはいない。むしろ何処の変態だ。
「だって…」
ぽそりと呟かれる声。
何刻ぶりかに聞く彼の声だ。
「私のことを、置いていってしまうのでしょう?」
「はぁ?」
「放したらセリさんは私から離れていってしまうんだ…きっとあの屋敷の人間のところへいってしまうんだ…」
独り言のように呟かれる言葉に私はただただー・・理解不能だ。
「待て待て待て、何をどうしたらお前を置いて出て行くことになる?そもそもここは私の家だ」
「でも」
「でもじゃない。それになんだ?あの屋敷のって…まさかあの変態のことをいっているんじゃないだろうな」
「だって!」
がばりとディオンが俯かせていた顔を上げた。
「あの人間っセリさんのことをよく知ってるみたいでした!!セリさんだってあの人間と仲が良さそうだったじゃないですか!!」
「どこかだ!!」
あのやり取りをどう見たら"仲が良さそう"に見えるというのか。
「アレがどう思ってるかは知らないがとにもかくにもこちらとしては迷惑なだけだ!」
「"アレ"!?"アレ"って何か親密な響きじゃないですかぁ!?」
「だから違うといっているだろう!!お前はどうしてそう歪曲的なものの見方しかしないんだ!」
「じゃあどうしてあの男は貴女の肖像画を持っていたんです!?」
「肖像画?」
「今よりちょっと小さかったですし色も違いましたけどあれは間違いなくセリさんでした!」
少し考えて・・・過去そんなものを描かされたことに思い当たり思わず舌打ちが漏れる。
「ちっ、あれか」
まだ持って嫌がったのか、あの変態野郎。
当時のものは全部処分していたと思ったのに・・・やはり屋敷ごと燃やすべきだったか?
「・・・おい、何故そこで泣く?」
「うっ・・やっぱりセリさんなんだ・・・」
「まてまて、お前も自分で断定してただろう」
わけがわからない、というか本当によく泣く人魚だ。
人魚というのは泣き上戸な生き物なのだろうか?
ディオンはめそめそしくしくと泣きはらし、嗚咽に混じって「何であの男……私は…ないのに………」とかなんか良くわからない独り言をぶつぶつと呟いている。
見てくれがいいだけにその様ははっきり言って不気味以外の何者でもない。
前髪を垂らし顔を両手で覆い泣きはらして時折聞こえる独り言…どこの怪談話だ、洒落にもならない。
しかし…今なら膝の上から逃げれそうだ。
あぁもういっそのことこのまま放って部屋にでも篭もってしまおうか、面倒くさいし。
ならば、と思い立ったら吉日。
テーブルに体重をかけそろりと腰を浮かし、脚が床を踏みしめたー・・所で、
「何処へ行くのですか?」
バレたーーー!!
「いやだからトイレにー・・うわっ!!」
くるりと視界が反転する。
カシャンと音を立てたのはテーブルの上に置かれたままの食器類。
「やっぱり私を置いて行くのですね」
さらりと顔に触れるのは青銀の髪。
「おい、ディオー・・」
「貴女の伴侶になれなくてもいい、好いてくれなくてもいい」
その長い睫毛が触れそうになるほどに近いー・・だからか、いつもより大きく鮮やかに見えるアクアマリンの瞳。
「ただ貴女の側にいれるならそれだけでいい」
吐息が近い。ともすれば唇が触れ合ってしまいそうだ。
「でも」
動けない。
何故私の体は動かない?
腕をとられているから?テーブルに圧し掛かる様に縫いとめられえているから?
だけじゃないー・・
「私を置いて他の男の元へ行くなんて」
すっと細められる瞳にひゅっと息を呑んだ。
腹の底が凍てつくほど冷えきっている。
「駄目です」
両手を縫いとめていた拘束が解かれる、だが私は動かなかった。
動けなかった。
ひやりとした感触が私の頬を包む。
「嫉妬で狂ってしまいそうです。私の知らない貴女を知っている人間を全て消してしまったらこの気持ちもおさまるのでしょうか?」
ねぇセリさん、と優しく頬を撫でる手にはやはり体温がない。
何処までも冷たいその感触はただただ、虚しさと悲しさしか感じることが出来ない。
「いっそのこと貴女を閉じ込めてしまいましょうか?貴女に触れることが出来るのは私だけー・・」
「なに・・を・・・」
"何を言っているんだ"と続けたい言葉は喉がカラカラに乾いてしまっていて続けることが出来ない。
「あぁそれよりもやはりあの男を先に殺してしまいましょうかー・・」
冷えた目でにこりと笑う。
嫌な汗がつたりと額を滑った。
こいつはこんな表情をする奴だったろうか?
出会って幾日もしていないが決してこんな顔をする奴ではなかった筈だ。
ー・・それともコレが人魚の本質なのだろうか?
澄んでいるはずのアクアマリンの瞳は狂気に満ち、それを覗き込むものを凍てつかせる光をちらつかせ、
細められた瞳からは潤んだー・・ん?
………潤んだ?
「……………ちょっとまて」
さっきから顔に当たってくるコレは地味に痛い。
「何でそこでお前が泣く!!」
先ほどまでの冷たい空気は何処へやら。
再びその目からは大粒の涙が流れはじめているではないか。
(やっぱり人魚って泣き上戸!?)
……違う、今考えるはそんなことじゃない。
「うっ・・うぅっ・・・だってセリさんに嫌われちゃうと思って・・」
「はぁ!?」
「それにあんな怖いこといっぱい言ってたら段々怖くなって…ぐすっ」
怖いことー・・"消す"とか"殺す"とか"閉じ込める"・・・・・・・・とかだろうか?
「"他者に労わる心を持ち得ない者は愛を得ない"って大爺様がいってたのを思い出してしまって・・・こんな怖いことばかりいってたら嫌われちゃうっておもったら・・・・うぅっ」
ガバリとそのままの体勢で首元に抱きつかれた。
・・・・・・・・苦しい。
「ごめんなさい、セリさん!もう言わないから嫌いにならないで!!」
「わかった!!わかったからとりあえず離せ!!」
「それは嫌ーーーーーー・・っぎゃっ!!」
ゴンッと骨と骨とがぶつかりあういい音がした。
「埒が明かないだろう!!」
「うぅっ・・・舌噛んだ・・っ」
額と口元を押さえながらその場に蹲るディオン。
私だって多少なりとも痛いが、伊達に友人たちから"石頭"の異名をつけられているだけではない。
「とにかく、お前が危惧しているようなことはまず絶対ありえないから安心しろ。それだけは天地神明にかけて誓うぞ」
あの変態と恋仲などどんな悪夢だ。おぞましい。
すいません。。長くなりそうだったのでとりあえずここで切ったのですが・・・切りどころがわからなくて中途半端な感じになってしまいましたね。。
ちなみにセリさんの"石頭"は性格的な意味も含めて、のようです。