続・買い物
目を開けたら知らない場所だった。
「あれ?セリさん?」
辺りを見渡せど何処にも求める人の姿はない。
あるのは所狭しと並べられた美しい調度品や貴金属ばかりだろうか、中には動物の剥製などもあった。
どこにいるのだろう、と立ち上がって探そうとするが体は意思とは反して動こうとはしなかった。
いや、正しくは動けなかった。
よくよく自分の体を見下ろせば豪奢な椅子にしっかりと縛り付けられているー・・これでは身動きが取れないではないか。
「困ったなぁ」
町についてから迷子になるな、離れるなと散々忠告を受けていたにも関わらず側を離れてしまった。
ましてや何かあったらすぐに呼べといわれていたのに・・・
「絶対怒られる・・・」
がくりと項垂れた。
セリさんに怒られるー・・のは実を言えばそう怖くはない。
ー・・恐いのは見放されること
呆れられて、見捨てられて、興味を持ってもらえなくなる。
それなら怒られてでも構われたい、こっちをみて欲しい。
ソレが叶わないというなら私はきっとー・・
「おや、起きたようだね」
声に俯いていた顔を上げれば扉の前に見覚えのある人間の男が一人。
どこでみたかな、と首を傾げ思い出す。
あの服を作るところでたまたま同じ部屋に居合わせ話しかけてきた人間だ。
「いや、手荒なまねをしてすまなかった。あそこではゆっくりと話が出来ないと思ったからね、つい屋敷へ連れ帰ってきてしまった」
悪びれもせず男は笑う。
「ここは?」
「僕の持っている屋敷の一つさ、本邸に比べれば少しこじんまりとはしているが中々気に入っていてね、こちらへ戻ってくる時はいつもここを使っている。あぁ後で屋敷を案内しようか、きっと君も気に入ると思うよ」
「あなたは?」
「僕かい?僕はヴィレル・セド・クィル・ラディフォール、ヴィレルと呼んでくれ-・・おや、名前を聞いても僕のことを知らないと見える、やはり君はよそ者だね、どこからきたんだい?いやそれよりも・・・」
ぐいっとヴィレルと名乗った男の顔が近づいてきた。
「やはり美しいね、君は。特にその瞳、そこらの宝石など目じゃないぐらいだ」
「どうして私をここに連れてきたのですか?」
「ふっ、君は質問ばかりするな」
「私の愛しい人が"いついかなるときも冷静に情報をかき集め判断を下す”ことを信条にしているので」
「成る程、実に合理的な女性のようだ」
「はい、とても素敵な方です」
「いいね、僕もそういう女性は大好きだよ。僕の古くからの知人にも似たような性格の女性がいるんだけどね、中々想いに応えてもらえないでいてー・・と話がそれてしまったな」
では君の質問に答えてあげよう、とヴィレルはその両の手を広げた。
「ゆっくり話がしたいといったのも事実だけどね。見てご覧、僕のコレクションを!」
私の視線を促すように両の手を広げたまま彼はくるりくるりと回ってみせる。
「僕は美しいものが大好きなんだ!世界中を渡り歩いては美しいものを収集する収集家なのさー・・そしてそんな僕の目に見事とまったのが君だ!!」
「はぁ」
「感動が薄いぞ、君!世界中のありとあらゆる芸術品や美術品、人は勿論、詞や歴史にだって目を通してきた僕の鍛えられたこの審美眼に見事とまったんだ!もっと感動したまえよ!」
ヴィレルは部屋の中の収集品を一つ一つ手にとって見せ始める。
「これはかつてネイリーア王朝期に失われたとされる『黒貴婦人の涙』の片割れ、これは彼の有名な画家オスマンノフが死の間際に描いた『簒奪者たちの黄昏』、あそこに飾ってあるのは絶滅したとされる『シンヤヤペスタ鷲』の剥製、あの壁にあるのは英雄王レマゾコーランのー・・」
熱く語り始める彼を止めるものをとめられるものは残念ながらこの部屋にはいなかった。
椅子に縛られただただ彼の話を聞かされるしかないディオンはといえば、彼の話など右から左・・・ただいつ終わっていつ帰れるのかと考えているだけだ。
だがヴィレルが走り回り部屋中の収集品を見せびらかす中、ふとディオンはあるものに目を奪われた。
数々の収集品に比べれば輝きは色あせて見えてしまうかもしれない、そんな一つの小さな肖像画。
それは収集品の中でも更に特別に扱われているのだ、とわかるように大事に大事に飾られていた。
まだ年端も行かない少女の肖像画ー・・髪はまっすぐ長く、雲のように白い。
決して美しいとはいえないが凛とした大人びた表情が彼女の内面の美しさを物語っている。
そして何よりもその中で一番目をひかれるのが白い肌の上、白い睫毛に縁取られた紅い瞳ー・・
ディオンの視線がそれにとまったのをみたヴィレルはとても嬉しそうに微笑んだ。
「美しいだろう?雪のように真白な髪に、薔薇のような瞳ー・・両親から受け継いだ色らしいんだけどね、彼女は自分の容姿にそぐわない色だと随分と嫌っていたよ」
ヴィレルはその肖像画の縁をそっと愛しげに撫でた。
「私の想い人だ」
よくよく見れば凛としたその中に少し垣間見える憂いたようなその表情、それは少女を儚げにも見えさせるー・・その中でも特に目立つその瞳。
幼いが、私はこの瞳を、この”女の子”を知っている。
だが私の知る人とは色彩が違った。
私の愛する彼女は、肩ほどで切りそろえた茶色の髪と、こげ茶の瞳で・・
「セリさん?」
「呼んだか、この大馬鹿が」
こうして扉を突き破ってくるたくましい人だったはずだ。
*
「セリさん!!」
屋敷に乗り込んだままの勢いでドアを蹴破れば案の定そこには誘拐された同居人。
ご丁寧にも椅子にしっかりと縛り付けられていて、第一声で罵声を浴びせられたというのになんだかキラキラした瞳でこちらを見ている。
・・・・・・・・・とりあえずは無事なようだ。
目の端でそれだけ確認してから私はもう一人、突然の闖入者に呆然と立ち尽くす男に向き直った。
目が合う、男が驚いたように目を見開き何かを口にしようとするー・・前に、
飛び蹴りをその顔面に叩き込んだ。
「ぐふぅっ」
バランスを崩した男は後頭部からそのまま床をズシャアァァと、なんともいい感じの音をたてて滑っていく。
「・・・さっさと帰るわよ」
それを最後まで見届けないまま私はディオンのほうへ体をむけ、その拘束を解きにかかった。
「セリさん、私のこと、迎えに来てくれたんですか?」
「それ以外の何に見えるって?ー・・くそっ固いな」
どうやって結んであるのは皆目見当がつかないほどに結び目が複雑だ。
いっそのこときってしまおうかと小刀を取り出しきり始めるー・・がこれまた以上に丈夫だ。
「あのセリさん本当にすいませ」
「謝罪は後で聞く、今は時間が惜し・・・何がおかしい?」
「へ?」
「気持ち悪いぐらいに顔がにやけているぞ、お前」
にこにこと顔がしまりがないほどに崩れているのは家に着てからずっとそうだが、今は特にそれが酷い。
指摘すればディオンは慌てたように言い繕った。
「あっ・・・すすすすいませんっ!!別におかしいわけじゃ!!その・・・」
「何?」
「嬉しいんです、セリさんが迎えに来てくれて」
しまりのないほどににやついた顔はー・・頬を紅く染めてとても幸せそうに微笑んだ。
「来てくれないかもと思ってました。セリさんの言いつけをしっかり守らなかった私なんかセリさんに捨てられてしまうのかと・・だから、嬉しいんです」
へへ、と照れたように笑うディオンに私はー・・一体どんな表情をしていたのだろうか。
多分とても複雑な顔をしていたと思う、苦虫を潰したような、とでもいうのだろうか。
「ふんっ、馬鹿馬鹿しい。本当におかしな奴だ、お前は」
彼のまっすぐな瞳に見つめられて・・・・・・・・・少し背中がこそばゆい気がするのはきっと気のせいだ。
「へへへ」
「笑うな。さっさとこんなところとはおさらばしたいんだ、いいなじっとし」
「何たることだっっっっっ!!!」
突如響き渡った絶叫にも近い男の声。
「うわっ!?」
「ちっ、早いな」
それに対する二人の反応は正反対だ。
声に驚くディオンと、これでもかというほど冷たい視線を投げつけるセリレイネウスー・・そんな二人の目の前で起き上がったヴィレルは目にもとまらぬ速さでこちらへと近づいてくるではないか。
「ティティ!!あぁティティ!!コレは一体どうしたことだ!?私は夢でも見ているのだろうかっ!!あぁ君にもう一度会えるなんて、神よっ!!感謝します!!これもきっと私たちの運命なんだねっ!あぁしかしそれよりも!!一体どうしたんだいティティ!!その髪!その瞳は!!あぁなんたること!!君のあの麗しい色彩が一欠けらも見えないじゃないか!!ティティ、私のティティ一体何がっー・・げはぁつ!!!!!!!」
「誰がお前のだ!!」
だが彼の特攻も虚しくー・・セリレイネウスに手が届く寸前で再びそのその顔面に彼女の足裏がめり込んだ。
「ティ」
「その名で私を呼ぶなこの変態!!」
次いで体を反転させて勢いをつけた彼女の回し蹴りがヴィレルの鳩尾に深く入る。
「ぎゃっ」
彼の体は再び後ろへと吹き飛び調度品をひっくり返しながらその崩れた山の中へと消えていった。
完全に沈黙したことを確認したセリレイネウスは「よし」と満足げに頷くとディオンの方へと向き直る。
「余計な時間をとってしまったな、さぁさっさと・・・・?」
振り返れば先ほど度変わらず未だ椅子に縛り付けられたままのディオンの姿。
・・・だが何か様子がおかしい。
「?ディオ・・」
「セリさん」
いつもと変わらず聞こえるはずのディオンの声。
でも何故だろう?何故こんなに背筋が冷やりとするのか。
「ど、どうした?」
私は何も悪いことはしていないのに・・・はじめてみせる彼のその感情に少しびびって口調がどもってしまう。
ー・・そう、彼から感じるこの冷やりとした感情は間違いなく"怒気"だ。
「・・・その男、セリさんのお知り合いですか?」
「あっあぁ・・・」
まぁあまり深く関わりたくない相手ではあるが一応知り合いだ。
「そう、ですか」
先ほどまでのへにゃりとした顔は一体何処へ行ったというのか、無表情にも程がある。
また少し周りの温度が下がった気がしたー・・その時だ。
ぶちぃっ、と大きな音がした。
「!?」
音の元をたどればー・・なんとあの固く結ばれていた太縄が引きちぎられているではないか。
小刀でさえ切るのが難しかったのに・・・いとも簡単にそれを引きちぎって見せたディオンに、そんなことができるのなら何故もっと早いうちにそうしなかったのかなどと思いもしたものの・・・残念ながらそんなこと口に出来るような空気ではない。
「ディ、ディオン・・・?」
無言のまま立ち上がったディオンがそのままこちらへ近づいてくるー・・ひょい、と視界が高くなった。
「!?ちょっ、お前」
突然抱きかかえ上げられたことに抗議の声を上げようとする、が
「セリさん」
密着しているためかすぐ耳元で低く囁かれる声がそれを許さない。
「ここは嫌です、帰りましょう」
にこりと笑うディオンー・・顔は笑っているが目が笑っていない彼に私はこくこくと頷くしかなかった。
変態とのバトル(?)
さてセリさん、この後どうなっちゃうんでしょうか?