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買い物

同居人の服装が全く変わっていないことに気付いたのは四日目の朝のことだった。




                         *



「買い物に行く」


早、四日目にして恒例となってしまった朝の光景。

台所に立つディオンの後姿なんてすっかり板についていてー・・あぁ日に日に"慣れ"ていっているな。

人間とは実に不思議な生き物だ。


・・・おっと、話がそれてしまった。


そう、買い物に行くと宣言したのだった。

今朝台所に立つ同居人の後姿を見てふと、私は気付いたー・・4日前と服が変わっていないということに。

幸い夏季は過ぎ、今は涼しい秋季の半ば。

汗をかくこともないからこの季節は軽く体を拭くぐらいで、王族や大貴族ではないのだから風呂は1週間に一度でも焚けば充分だ。


だがそれでも(最低でも)二日に一度は服を変える。


彼が匂うわけではないが(さっき少し嗅いでみたけどまだ大丈夫だった・・・異様にじゃれついてきたので鳩尾に一発くれてやったが)ようは気分の問題だ。

男物の着替えなど我が家にはないし、彼の持ち物といえばあの怪しげなマントと今来ている白い異国風の服のみだー・・いずれは必要になる、買っておくに越したことはないだろう。


そうとなれば即行動。さっさとすませて研究書の続きを読み漁ろう。


「というわけだから私がいない間誰かが尋ねてきても扉をー・・何をしている?」


いそいそと片づけをはじめる彼に首を傾げれば、


「え?だって買い物にいくんでしょう?」


と嬉々とした返事がかえってきた。


「・・・・・・。私一人でな」


「そうセリさん一人で・・・・・・・・・・・・・・・・・ってええええええ!?私は!?」


「留守番」


「そんなぁっ!」


「阿呆、お前みたいに無駄に目立つ奴連れて歩けるか」


食材だけなら村でまかなえるが服となれば山二つ越えたところにある港町まで行かなければいけない。

必然、人の数も多くなるー・・そんな中これ(・・)をつれて歩くなど見世物もいいところだ。


「でもっでもセリさん!!セリさん一人じゃ危ないですし」


「私がそこいらの山賊やチンピラに負けるとでも?」


私の言葉にディオンの手が自然に自分の鳩尾へと当てられた。


「うっ・・・いや万が一ってこともありますよ!それに荷物だって」


「馬を借りていくから大丈夫だ」


「うぅっ」


言い返す言葉が見つからないのか項垂れるディオン。

「折角セリさんと初でーとだと思ったのに・・」とかなんとかぶつくさ聞こえるがまぁすっぱり無視の方向でいいだろう。


時間がもったいない、とさっさと一人で準備を整え村まで降りて村長の家へ馬を借りに行き(応対してくれた奥方が相変わらず含みをもった笑顔で"あれからどうなの?"と尋ねられた時には非常に困った・・・)一度家へと戻れば玄関先であのマントを羽織って仁王立ちする麗人。


「・・・・・・・・・留守番だといったはずだが?」


「セリさん!セリさんは大事なことをお忘れです!!」


「何だ?」


問えば自信満々に彼は返した。


「セリさんは私の服のサイズを知りません!!」


「・・・・・・・・・・・・」


「私の服を買いに行くなら私も同行したほうが宜」


「・・・・・・・・・・・・・・そのマントを借りていけば大体の大きさはわかるんじゃないか?」


「あ」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


暫しの沈黙。

・・・・・・・の、後にあたりに響き渡るのは絶叫にも近い咽び声。


「セリさんセリさんセリさんセリさんセリさんんんんんんっっっっお願いですから置いてかないでくださいーーーーーーーー!!セリさんがいなかったら私寂しくて死んじゃいますよぉおおおおおお!!!!!!!!!」


「だぁぁ!!わめくな泣くな叫ぶなひっつくな!!こら何処触ってる!!そんなに一人になるのが嫌ならさっさと海に帰れ!!」


「嫌ですー!!お願いですからー連れて行ってくださいー!!」


「このっ」


まるでお菓子買ってもらえなくて駄々をこねる子供だ。

泣いて縋り付く・・・幼い子供がやれば(やかましいが)多少なりとも微笑ましいものだが大の男がやっても何ら効果はない。ただ鬱陶しいだけだ。


「顔が見えないようにしっかりマント被りますから!!なるべく目立たないようにしますし、お金も自分で出しますから!!」


後生です、と尚も泣きつくディオン。

私はそこでふと気になった単語に動きを止める。


「・・・・・・・・・・お金もってたっけ?」


「ぐすっ・・はい、硬貨ではないですけど・・・」


とディオンが差し出したのはー・・今しがた多量に流した涙がいつの間にか結晶化しできた"真珠"


「これって人間の間ではとても高値で取引されるって聞きました。これで”お買い物”できますよね?」


・・・あたりに散らばった真珠をせっせとかき集める彼の姿に既視感を覚えた。


「セリさん・・」


うるっと彼の瞳が再び潤みだす。

ぐっと自分の喉元からうなり声に似た音が出る。


「わかった。わかったからそれ以上泣くな増やすな(・・・・)


あたりを見渡せば(体の比率が違うせいだろうか)こないだの比ではないほどの真珠がごろごろと散乱している。

それら全てを拾い集めるのも大変そうだが、何よりもあまりそれら(・・・)を増やされるのも困ものだ。

真珠が増える(イコール)お金も増える、が傍から見れば(イコール)それ目的の"密猟者"とみなされてもおかしくはない。

人魚を住まわせているという時点で今後何があるかわからないのだ、出来うる限り自分の立場が不利になるような状況だけは避けたい。


「あぁっセリさん!!」


「だから泣くなといっているだろう!!でもって離れろ!!」


今度は感動の涙を流しはじめた人魚(おばか)の頭に拳骨が落とされた。




                       *




「すごい!すごいですね、セリさん!」


「あまりキョロキョロするな、目立つだろう」


「はいすいませー・・あっセリさんあれ!あれなんですか!!」


「・・・・・・・・・・・・・」


行った側から聞こうとはしない彼に怒りを通り越して呆れしか出てこない。


彼を後ろに乗せ馬を走らせ二刻、山を二つ程超えた場所に王都(カマンサ・レール)に比べれば小さいがここいら一帯ではそれなりに活気のある、クエフ領港町ヴィスオラはある。

町のはずれの馬舎に馬を預け通りを行くー・・行き交う沢山の人間が珍しいのか隣を行く同居人はさっきからずっとこんな調子だ。

離れるな、というのに辺りをせわしなく見て回るものだからふらふらといつの間にか距離が開いていたりするー・・しようがなくその手をとればとったでへらへらと笑い出すものだから苛立ちが募った。


「何がおかしい?」


「おかしいんじゃないんです、嬉しいんですよ」


だって恋人みたいじゃないですかー、とのたまいやがったのでぎりっと握る手にありったけの力とひねりを加える。


「いたたたっいたいいたいいたいぃぃぃ!!セリさん痛いです!!」


「じゃあ、静かに歩くことだ」


「うぅっ」


やっと静かになった彼を黙々と引っ張り目的の店へとたどり着いたのはそれから5分後。

ヴィスオラの大通りに面した場所にある立派な店構えの仕立て屋だ。

最初は(人目も気にしていたので)裏通りに何件かある古着屋を巡っていたのだが、何分ディオンは無駄に体躯がいいー・・そんじょそこらの一般成人男性と比べれば頭一個半ぐらい飛びぬけているのだ。

肩幅はあうが丈がたりないものばかり・・・本人は特に気にはしていないようだったが、いかんせん家主として世間体というものがあるし、体に見合っていない服など着せてしまえばそれそれで逆に悪目立ちしてしまうものだ。

結果、フルオーダーが可能な仕立て屋へと足を運ぶこととなった。

この際だから大通りに居並ぶ仕立て屋の中でも高そうな店を選んでみるー・・港町であるヴィスオラは貿易などの要所としても重宝されているが、観光名所としてもそこそこ人気が高い。隣接するラディフォール領には王族御用達の避暑地があるし、ここら辺の海域には小島が多くそのあちらこちらに貴族たちの別荘が建っていたりもする、そのためヴィスオラは貴族や騎士たちにも頻繁に利用されることが多い。


貴族や騎士などは庶民に比べれば体格(だけ)がいいのが多いー・・そのため彼らが利用しそうな仕立て屋ならば見本用のそのぐらいのサイズのストックが何着かあるだろう。

目下、生活していく上で必要な数だけあればいいのだから大体のサイズと見栄えさえ整っていれば十分だろう。


「ようこそ、いらっしゃいませー・・」


身なりのいい、とはいいがたい客に応対した主人の顔がわずかだが曇る。

それもそうだ、全身を覆うマントの男と庶民丸出しの女ー・・私がこの店の主人でも同じような、もしくはそれ以上の不快を表すだろう。

露骨に嫌悪せず、曇った顔も一瞬のうちに営業スマイルに変えていたのは、さすがその道のプロというべきか。


「すまないが連れに合うサイズの服を3着ほど見繕っていただけるだろうか?もし合うものがないようならオーダーしていきたいのだが、なるべく早めに欲しいものでね」


主人の不振を取り除くために財布から金貨を数枚取り出して見せればそこは商売人、すぐに営業スマイルが2割増しになった。


「かしこまりました。お好みなどはございますでしょうか?」


「見苦しくない程度に着れるものなら何でもいいのだがー・・あぁあまり華美にならないように頼みたい」


ここで一つ魔法の言葉を主人の耳元でこっそりと囁く


お忍び故(・・・・)


「はい、承知いたしました」


よし、完璧。

きっと彼の頭の中では”避暑地に遊びに来た世間知らずのお貴族様とその従者(もしくはメイド)”という図が出来たに違いない。

こういっておけば(そこそこ上質のものはもってくるだろうが)金貨を飾りにつけているような馬鹿高いうえに目に痛い服を持ってくることはないはずだし、採寸のときに顔を見られても"顔のいい貴族"で済ませられそうだ。


「それでは採寸をいたしますのでどうぞこちらへ」


主人に促されたので隣のディオンをそっとつつけば彼は不安そうな目でこちらを見ている。


「セリさん・・」


「大丈夫だすぐそこで計られるだけだろう。いいな、何も喋るな。余計なことは絶対に、だ。服を選べとか何とか、とにかくわからないことを聞かれたり何かあったらすぐ私を呼べ、わかったか?」


「はい、セリさん」


主人と共に奥の部屋へと消えたディオンの背を見送った私はそのまま待合用の椅子へと腰掛ける。

すぐにお茶が出され、置いてあった書物を手にとりそのまま暫く時間を潰すが・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・遅い」


一刻が過ぎた。

採寸だけにこれだけ時間がかかるものだろうか。

ドレスじゃあるまいし試着しているにしても・・・まさかあいつ出された服全部着させられてるんじゃないだろうな?


(私を呼べといっただろうが・・・全く)


こんな所で長々と時間をくっている暇も惜しい。

席を立ち奥の部屋へと進む。

部屋にはいくつかの鏡が置かれ、さらにその奥に(おそらく試着室か何かだろう)続く扉があった。


「主人、あまり時間がないので早くお願いしたいのだがー・・?」


ギッとドアノブをまわし押せば扉が何かにつっかえた。

ぐっと力をいれればドサリと何かが崩れる音と共に扉が開く。


「!!主人!」


部屋の中には横たわる店の主人と二人のお針子ー・・ディオンの姿はない。

首の脈を計ればしっかりと動いている、どうやら気絶しているだけのようだ。

主人の上半身を抱き上げその頬を軽く打つ。


「おいっしっかりしろ」


「うっ・・・」


「大丈夫か?どこか痛むところは?吐き気や頭痛はあるか?」


「あ・・いえ・・・大丈夫です・・・」


まだ意識がはっきりしていないのか視界が定まっていない主人ー・・くん、とその身体から漏れる嗅ぎ慣れた匂いに気付く。


「シュトレーゼの葉匂いがする・・・眠り香?」


「あぁ!!そうです!!そうなのですお連れ様がー・・!!」


私の言葉にはっと気付いたように主人が叫ぶ。


「彼がどうした?」


「実は・・・採寸の際お隣で先にお越しいただいていたお客様がいたのですが、その」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ何か早速きたな、厄介ごとが。


「はぁ・・・・連れて行かれたのか?」


「はい・・・面目次第もございません。お連れ様がいるとお止めしたのですが・・・ヴィレル様はお聞きくださることもなくそのまま眠り香を使われて」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっとまて」


「本当に申し訳ございません!!お止めすることもでずにっ・・・このお叱りは私が身をもって」


「いや、まぁそれはいいんだけど」


「え?」


「今、誰っていった?」


「え?・・・・・・ヴィレル様・・でしょうか?」


「ヴィレルって・・・・・・・・・ヴィレル・セド・クィル・ラディフォール?ヴィレル・セド・ヴァンス・ラディフォールとかペリグド・セド・ファリウス・ラディフォールとかではなくて?」


「はい、ラディフォール公の末子のヴィレル・セド・クィル・ラディフォール様でございます」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あっあの、確かにヴィレル様は多少無茶が過ぎるところもございますがきっと話せばわかっていただけるはずですし、あの、お兄様方にお願いすればきっとあなたのご主人様も返していただけるはずで」


「ふふふふふふふふ」


「!?」


突如、肩を揺らし不気味に笑い出したセリレイネウスに主人が青ざめる。

流石に相手が悪いー・・ゆえに絶望のあまりに壊れてしまったか、と危惧したのもつかの間


「帰ってきてたのかあのド変態三男坊っ!!ー・・今度こそぶっ潰す!!」


と、ラディフォールの名に臆することもなく怒りをあらわに拳を固めるセリレイネウスを、主人はただただポカンと見上げるしかできなかった。





次回やっと新キャラ登場。

今後セリさんたちに絡んできたりこなかったり(笑

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