人魚姫
荷を解き終わると早速持ち帰っていた新しい本を開け一気に読み進める。
字を追い始めるとそればかりに集中しすぎて周囲に気を配らなくなるのが私の悪い癖だー・・何冊目かの本を読み終えたときふとあたりが薄暗くなっていることに気づいた。
窓の外を見れば日がすでに沈みかけている。
またやってしまったと灯りを求めて席を立とうとすると隣の部屋から物音がした。
…あぁそういえばすっかり忘れていた。
厄介ごとの匂いがぷんぷんする男の事を無意識のうちに頭の中から追い出していたのかもしれない。
水差しと灯りをもって隣へと入れば寝台の上で動いてー・・あぁいやこの場合はもがくと表現したほうが正しいのかー・・いた男が気配に気付いたのかこちらを見ている。
「起きたか、気分は?」
「……」
その口はぱくぱくと動いてはいるがやはり声がでていない。
ふむ、と私は手に持っていた水差しを男の目の前に差し出した。
「飲むか?」
すると男の顔が勢いよく縦に振られた。
頭の下に手をいれ少し浮かしそっとその口元に水差しを近づければ、乾いた土のように水をぐいぐいと呑みほしていった。
あっという間に水差しの中は空っぽだ。
「あり…がとう、ございます」
かすれてはいるが男の口からは声が出るようになった。
これでやっとまともな会話が出来そうだ。
「あの…」
水を得て落ち着いた男はおずおずと目を泳がせた。
「何だ?」
「何故…私は縛られているのでしょうか?」
寝台に横たわる男の体は両手両足共に寝台へとしっかり括り付けられている。
決してそういう趣味だとかいうわけではなく私の安全性を考慮した結果故、のことだと理解いただきたい。
「怪しいからだ」
「怪しい…ですか?」
緊張感もなくきょとんと首を傾げる男に私は弱冠の虚脱を覚える。
自覚がなかったのか…
「自宅の前で黒ずくめの男がウロウロしてたら怪しいに決まっているだろう」
「そうなのですか!?…それは申し訳ございません」
何故そこで驚く。それでもって何故落ち込む。
大の男が体を縛られたまましゅんとなる姿はどうにも様にならない。
と、いけない。これでは全く話が進まないではないか。
「とにかく…名前、何処から来たのか、何が目的かを応えれば解いてやる」
すると項垂れていた男は満面の笑顔で顔を上げると元気な声でこうのたまいやがったのだ。
「はい!私は"人魚姫"、あなたにどうしてもお礼がしたくて海からやってまいりました!!」
「…ふざけているのか?」
その頭を寝台に張り倒さなかった私を誰か褒めて欲しいものだ。
「そんな!滅相もない!!」
「なら本当のことを」
「本当です!!お忘れですか?―・・あぁこの姿では無理もないのかもしれませんが…私はあなたに命を救っていただいたあの"人魚"なのです!!」
力説する男に頭痛がしてきた。
王都へ行ったとき人魚のことはしっかり調べつくしてきた。
幼体の姿形もしっかり図鑑で確認してきたし、ついでに成体も確認済みだ。
確かに上半身は見目麗しい人間の姿をしているとあった、しかし下半身はしっかり魚の尾がついているはずだ。
「私の目にはお前の足は"尾"には見えないんだが?」
「はい、"海の魔女"に人間になる薬をいただきました!」
「そんな阿呆な話があるか」
意気揚々と応える男に私は冷静に突っ込む。
人魚を人間に変える薬?
成長の過程ではない生物の他生物への変体を促す薬など聞いたこともない。
それが本当なら一度じっくり調べー・・いやいやまた話が脱線してしまった。
「そんなぁ!信じてくださいよぉ!恩人さん!!」
男の悲痛な声が部屋に響く…って
("恩人さん"?)
何やら聞いたことのあるフレーズだ。
「……私が怪我をしたのはどこの指だ?」
「左手の中指です。あぁ!!そうだ傷は!?大丈夫ですか!?直りましたか!?」
「治療の対価でもらったのは?」
「え?うっ鱗ですか?」
「枚数」
「あっ…えっと5枚?いえ6枚です」
「なぁ半魚人」
「人魚です!!」
むむむ、と私は考えこむ。
寝台横に置かれた灯りによって照らされるその顔ー・・その瞳はアクアマリンの色彩。
「…まぁ仮にお前があの時の人魚だとして」
「えぇっ!?まだ信じていただけないんですか!?」
男の嘆く声はさらりと無視し
「お前の何処をどうみたら"姫"になる?」
と、続ければ男は「何だぁ」と嬉々としてこう語った。
「はい、実は私、幼体の時は未分化で"姫"として育てられていたのですが」
「ふむ」
「貴女に恩返しをしたいと思う内にこう、気持ちが昂ぶってきまして」
「ほぅ」
「ちょうど成体になる時期だったので男性体に分化したんです」
「…で?」
「恩返しついでに貴女のお嫁ー・・いえお婿さんにしてください!!」
「そう」
顔を赤らめ真摯な目で訴えかけてくる人魚"姫"。
私は空になった水差しを手に取り立ち上がると笑顔を浮かべて彼にこういってあげた。
「帰れ、この魚類」
そのまま部屋を出、扉の鍵を外から閉めると私は再び読書へと身を投じた。
その後一晩客間からはすすり泣き声が聞こえたとか聞こえなかったとか。
やっと絡まったー!
でもまとまんないですOTL