山に行こう!3
「あぁ!!くそっ!!またか!」
草木や枝に髪を引っ掛けること5回、木の根に足を取られること4回、荒れた山道に蹴躓いたこと7回。
そのたびに口をつく悪態は、彼の苛立ちを如実に語る。
「あまり苛々するするのはいただけないなぁ、レガリア君。はげるよ」
「余計なお世話だ!」
更に苛立つことは分かっているのだからすぐ目の前を行く少女の茶々にも一々反応しなければいいものを、彼は律儀にもその一つ一つに答えてしまっているようだ。
別れた獣道に入って早一刻。慣れない山道と、少女とのやりとりによって彼の疲労は目に見えてあきらかだ。
「…少し休憩でもするかい?」
「いらん世話だ!先に進むぞ!!」
ふん、と顔を逸らしたレガリアにマギナはにやにやと口元を歪ませた。
「おやおや、見栄をはって。さもありなん、この世界の宝とでも言うべき美少女の前で情けない姿なぞ見せられないとでも言うことだね?何といじらしい子だ!お姉さんが褒めてやろうじゃないか!」
「やめろ!触るな!ひっつくな!くっつけるな!!」
何を、とは言わないが、いくら美男美少女の組み合わせといえども傍から見ればとても犯罪チックな匂いのする光景だった。
体の体格差からいえば圧倒的にレガリアに利があるように思われるのだが、どういうわけか昨日の出会いから一度たりとてこの少女の腕力に勝てたためしがない。
その細腕のどこにそんな力があるというのか、またしてもマギナの手によって開けた場所に座らされたレガリアは強制的に休憩をとらされた形となった。
「―・・っ、強引な女だな!」
「少しぐらい強引なぐらいがいいだろう?嫌よ嫌よも好きのうちというじゃないか」
「訳が分からないことを言うな!」
嫌がり脱力するレガリアの反応をマギナはとことん楽しんでいるようだ。
彼女は嬉々としてお茶の用意を始める。
その様子を面白くなさそうに見ながら、レガリアは心の片隅でほんの少しばかりだが感謝もしていた。
昨日からこの少女(セリレイネウスと同じぐらいの年齢だとしたら正しくは少女ではないだろが)には振り回されてばかりでこの溜まりに溜まった疲労も半分は彼女によるものではあったが、中々どうして休息をとりたいとは自分の口からは言いずらいものだった。
見栄をはっているつもりではないが元来の気質というか、弱音を見せたらとって食われそうな嫌な予感がしたというか…とにもかくにもこの休息はありがたかった。
それに道中、彼女は(茶々をいれたり過度のスキンシップがあったことを除けば)実によく気を使ってくれていたと思う。それとなく先をいく時も歩きやすいように道を作ってくれたり、時折こちらを気遣わしげに見ることもあった。
…だから悪い人間ではないのだ、と思う。
「レガリア君は砂糖をいれる派だったかな」
「あぁ、3つ…というかどこから出したそんなもの!?」
もはやどこから突っ込んでいいかわからない。
マギナの手荷物と言えば肩から斜めがけにしているショートポーチのみ。菓子の類だけならまだしも、茶器や沸き立つお湯の入ったポットなどはどこから取り出したというのか。
「おや、乙女には秘密が沢山あるんだ、詮索するなんて無粋だよ。それともあれかい?身体検査をお望みかい?いやはやレガリア君、君も中々にスケベだね!まぁ人気もないし私としては断る義理もないから別段構わないが、ところで上から脱がせたい派かい?それとも下から?はたまた強姦まがいに服を破りとって暴きたい派かい?まぁ美男子に無理矢理暴かれるのもシュチュエーション的には萌えるだろうが、生憎服はコレしか持ってきていないんだ、裸で帰る訳にもいくまいてその方向はご遠慮申し上げたいのだが、どうだろうか?」
「ご遠慮申し上げるのはこっちの方だ!!脱ぐな!寄るな!触るな!!」
前言撤回。
私にとってはこの女、害獣以外のなにものでもない。
なんだこの動くR指定は。私の理解を越えて、否、理解など到底出来そうにもない。
「…疲れた…はやく姫たちと合流したい…家に帰りたい…」
「ははっホームシックか?可愛いなぁ、はいどうぞ」
「違う!いただきます!」
「…何だかんだで根は素直でいい子だよね、君は」
ほんの少し生暖かさが混じった視線を寄越すマギナをむっと睨み返せば(ちなみに茶はうまかった!)おぉ、こわいこわい、と肩をすくめていた。
「で、どうなんだ」
「どう、とは?」
「無闇に進んでいるわけではないのだろう?」
こちらをからかいながらも先行く彼女が、山道に残されたわずかな気配の一つ一つに反応しては道なき道を進んでいることにはすぐに気がついた。
「この道は当たりか外れか?」
「さぁて、どうだろうね」
ふふん、と笑ってマギナは誤魔化した。
「食えない人間だ。大方、目星はついているのではないか」
「おや、嬉しいなぁ。過大評価をしてくれるのかい?」
「事実だろう。奇行はいただけないが、実力には真っ当な評価をつけているつもりだ」
私の言葉に彼女はくすくすと笑いをこぼすと、そっと身をすり寄せてきた。
「レガリア君は褒め上手だねぇ、お姉さん本気になってしまいそうだよ」
「…一つ聞きたいことがある」
「何だい?何でも聞いておくれよ!今の私は実に気分がいいからね!」
マギナの白く柔な掌が両頬を包んだ。
ここにくるまでの間、嫌になるほど繰り返されてきた過度のスキンシップに―・・だが私は逃げるでもなければ、その手を振りほどくこともせず、ひたとその瞳を見返した。
そんな私の反応に彼女も違和感を感じたのか「レガリア君?」と子首をかしげる。
「姫とセリレイネウスと別れたのはわざとか?」
「んん~?おかしなことを聞くね、当たり前じゃないか!二手に分かれたほうが効率がいいといっただろう?それに私は"ディオン君の恋路を応援し隊"の会員だよ!二人きりにしていい空気にしてあげたいじゃないか!もちろん君ともラブラブイチャイチャして親密度を上げることも同じぐらい需要な任務ではあるがね!ははっ!!乙女になんてこと言わせるんだい君は!さすが隅におけない色おと―・・」
「こちらが外れの道だと知っているのに?」
「…んん?」
何を言っているのかわからない、と首をかしげるマギナだったが、一変して彼女の身に纏う空気が変わった。
そう、彼女は"誤魔化した"。
当たりか外れかの問いかけに否定でも肯定でもなく、ただ有耶無耶にしたのだ。
出会って一日半ともたたない間柄ではあるが、彼女の性格ならばもっと違う反応が返ってきても良かっただろう。否定ならば有象無象の悲嘆の言葉を並べて無理やりに過ちを正当化させ、肯定ならばこれまた有象無象の賛美する言葉を並べて自信を讃えるに違いない。
言葉の羅列をもって相手を飲み込んでしまう彼女の芸風からは逸脱してしまった対応に違和感を感じ、そして何よりもこちらの肝を抜くほどの実力があるのにわざと外れの道を選び、あまつさえ本来の目的地とは違う場所へ行こうとしているかのような彼女の行動に不信を覚えた。
…この女は得体がしれない。
「貴様は一体何を考えて―・・いや、何を企んでいる?」
「おや企むだなんて人聞きの悪い、私のうさぎよりもか弱い乙女の心の蔵は粉々になりそうだよ…まぁ、しかしだねぇ」
マギナの顔から”からかい”の表情が抜けた。
それだけで同じように笑んでいるはずなのに全く別人の顔になる。
「以外と鋭いねレガリア君。さすが幻想種、第六感に長けている。君たちのことは骨身に染みるまで研究してきたんだが…私もまだまだ幻想精錬師としての鍛錬が足りないかな」
「答える気はないと?」
「うん、すまないね。まだ、だめだ。乙女の秘密というものさ」
幻想種がもっとも敏感に反応するものは"悪意"だ。
だから、彼女が”すまない”と困ったように眉根を寄せたとき、そこから感じたのは決して”悪意”ではなかった。それとももっと別の…それこそ真逆の感情。
「マギナ、お前は」
それに触れた瞬間、私は続く言葉を紡ぐことができなかった。
そんな私の唇をマギナの指が「しっ」と抑える。
「…来たか」
「!?」
小さな彼女のつぶやき。
次いで感じ取ったのは、いつの間にやらこちらに近づいてくる沢山の人の気配。
瞬きもせぬうちにあっと言う間に四方を囲まれているではないか!!
咄嗟にマギナを背にかばい、セリレイネウスから護身用にと渡されていた短剣を抜く。
「何者だ!」
その誰何に、木々の間からこちらを囲み見る闖入者たちから返答はない。
今まで遭遇したことがない数の人間の気配が四方からする。防げるか、逃れれるか―・・魔法を使うにしても詠唱までの時間を稼げるか―・・様々な考えが脳裏を駆け巡り、
地面が揺れた。
違う、
揺れているのは、
「君は本当に良い子だ」
遅れて首の後ろに走る鈍痛。
「少しだけ、おとなしくしていてくれないかな」
膝から崩れ落ち容赦なく地面に叩きつけられる予定だった頭部は、ふわりと柔らかい何かに抱きとめられた。
「一つ、聞いてもいいかい?」
痛みに薄れる意識。霞む視界の中で少女が笑う。
「君は、自分が恋した人の為なら何でもする?」
笑う顔のその下には、何故だか泣き顔があるような気がした。
「ディオン君の恋路を応援し隊」の会長は村長奥方
主に村の奥様方によって形成されている。ちなみに「二人の行方をそっと見守る会」というのもある。
いつの間に入ったといわれればもちろんセリの家に行く前に「うちのセリがお世話になっております~」の挨拶周りのとき。ちなみに会員番号23。