山に行こう!1
事が決まれば行動あるのみ。早速、支度を整え、西の山を目指すべく家を出た私たちは今、マギナの相棒である彼女の背中に乗せられ、山を翔る。
「我が最愛なる友にして力強き相棒、翼竜種のセイムレーニの足をもってすればこんな山道など屁でもない!美しかろう!素晴らしいだろう!」
風をきるように走るセイムレーニの頭の上で、その身に風をうけながら自分の相棒を絶賛するマギナは子供のようにはしゃいでいる。
「はい!すごいです!すごいです!翼竜種の方にお会いするのは初めてなのですが、話に聞いていたとおり美しい走りをされー・・だっ!!」
「馬鹿、あまりしゃべると下を噛むぞといったろう」
身内以外の幻想種を目にするのは稀なのか、セイムレーニが姿を見せた時からマギナに負けじ劣らずの興奮ぶりではしゃいでいたディオンの耳には、残念ながら私の再三の警告は届いていなかたらしい。
「ひっ、ひたいですセリしゃん」
「はぁ?額?…あぁ、痛い、か。自業自得だ」
幻想種の一種族、翼翔る者とも呼ばれる翼竜種。
大きさは小さな民家ほどあり、灰黒色に輝く鱗をまとった皮膚と、神代の頃にこの広い大空を飛び回っていた竜を彷彿とさせる見た目だ。
だがその体を覆う立派な羽は空を翔ることにはあまり適していない。
せいぜいが小さな山一つ越えれる程度の高度が限界だ。あまつさえその背に大人を4人も乗せているいまは飛ぶこともままならないだろう。
だが空を自由に飛び回れない分、彼らはその巨体に見合わず極めて高い俊敏性をその身に宿した。
木々が生い茂る山の中をものともせず駆けるその速さは駿馬以上。
風を切る、とはまさにこういうことをいうのだろう。
そしてそれだけの速さを出しながらも私たちが振り落とされないのはセイムレーニが、主とその友人を気遣って空気の圧でもって作った防御壁の加護のおかげか。
風をうけ疾走感を味わってはいるが、実際受けているはずの風圧よりも幾分か柔らかく感じられているのもその加護の一つだろう、息苦しくないのはいいことだ。
…ただ一つ欠点を挙げるとすれば、その乗り心地は乗合馬車以下だ、ということだろうか。
前を見やれば、セイムレーニの首根っこに捕まり、今にも吐きそうな青白い顔のレガリアの姿。
「ははっ顔色が悪いぞレガリア君!楽しいだろう!」
「そんなわけが―・・!…うっ」
「気の強そうな君の顔もいいが、今にも倒れそうなその顔もいいね!安心したまえ、看病はこの美少女手ずからしてあげようじゃないか!」
何やら両手をワキワキさせながら楽しそうに語るその様はどこからどうみても変質し―・・まぁ彼女に関してはあれがデフォルトか。
その言動に身の危険を感じたレガリアは少しでもマギナから離れようとしたみたいだが…残念ながらその場に蹲るしかない。
それを見たマギナが動かないはずがない。嬉々としてレガリアの側へと近寄ると(不安定なセイムレーニの上でよくもあんなに軽々と動けるものだ)「喜べ!膝を貸してあげよう!」と(無理矢理)彼の頭を拘束、じゃなかった膝にのせた。
どうやら"親睦"を深めるのも忘れてはいなかったらしい。
…それはもう見事なまでの一方的な"親睦"ではあったが。
本格的にこの変人美少女の標的とされてしまった彼に同情をしないわけではないが、まぁ、なんというか…ご愁傷さま。
「いいなぁ…」
だから隣でぼそりと呟かれたその言葉はスルーさせていただきたい。
私は今、彼に心の片隅でこっそり「頑張れよ!」と応援していて手一杯なんだ。終始、聞かない、隣を見ない、を貫いた。
おかげで目的地に着くまでずっと無言の訴えを背中に受け続ける羽目になったわけで…無駄に疲れた…くそ。
*
そして山々を駈けること一晩。
途中、休息を2度ほどとりはしたが、マギナの言葉通り一晩で目的の場所へとたどり着くことができた。
コーディル村も山々に囲まれたド田舎ではあるが、ここは更に山深い。
普段から人が寄り付くことはないのだろう、まさに”鬱蒼に生い茂る”という表現が適切な山の中、目に付く道と言えば獣道しかない。
ここから先は目立つからと、セイムレーニを置いて4人は獣道を進んだ。
「…なるほどな、隠れるにはうってつけの場所だ」
「セリさん?」
「よく見ろ、微かにだが人が通った痕跡がある」
隠されてはいるがよくよく獣道に目を凝らせば、到底、獣では届かない高さの枝が不自然に折れてしまっている。
折れた枝に手を添わせ状態を見る。
「まだ新しいな」
「ふむ、これなら案外と見つけるのは容易かもしれないね。騎士団が来る前に片付きそうだ」
「マギナ、忘れるなよ。あくまで穏便に、だ」
「ふふ、わかっているよ」
その言葉に、どうだか、と私は目を細める。
彼女の場合、ことごとくその見た目と中身は比例しない。学院時代からそうだったが彼女は実に好戦的で、ある意味ではとてもいい性格をしている。
まぁ、その破天荒とも呼べる性格に好感が持っているからこそこうして友人を続けているわけだが、時としてその破天荒な性格は予想以上の被害を周囲にもたらすことがある。
「やりすぎて騎士団に目を付けられるのは絶対嫌だからな」
「大丈夫だって、信用しておくれよ―・・んん~?」
先頭を嬉々として進んでいたマギナが足を止める。
「おや、困ったね。道がわかれているよ」
その言葉に視線を先にやれば獣道は二つに別れてしまっている。
「まぁそう楽にはたどり着かせてくれない、か。どうする?」
「ここはやっぱりセオリー通りに二手に別れるっていうのが妥当じゃないかな?はい、セリ」
「?なんだ?」
渡されたのは小さな青い石。同じものをマギナも手にしていた。
「魔石だよ。この山ぐらいの距離だったら互いがどこにいるかわかるから、目標が見つかったら教えておくれよ。何、軽く念じればいいだけさ―・・さぁ!レガリア君!登山デートとしゃれこもうじゃないか!」
「ちょっ!?まて!何故私が貴様についていかなくてはならんっ!大体昨日からいい気になるんじゃ―・・ぐっ!!」
「ははは!照れ隠しも可愛いね!」
自分よりも遥かに小柄な少女に襟首をつかまれ引きずられていく青年の姿の何と滑稽で哀れなことか…
「○△□×―・・!!」
声にならない声を上げて助けを求めるように伸ばされたその手もむなしく、ずいずいと引きずられてあっという間に二人の姿は獣道の奥へと消えていってしまった。
「…何というか、逞しい方ですね」
「…帰ったらあいつの好きなものでも食べさせてやろうか」
「えぇ、そうですね」
私たちは深く深く憐憫のこもった口調で、二人の消えた獣道をしばらく眺めていた。
ちなみに最初考えていたサブタイは「狩りに行こう!」でした。