旧友、現る2
鬱蒼とした山の中。どうしてこんなことになったのかと考えるも、どうあってもこの状況に至るのではないかと思い当たりそして項垂れる。
堂々巡りの考えを何度か繰り返すものの、残念なことに現状は変わることもない。
どうしてこんなことになったのか。
無駄だろうが、声高にそう尋ねたい。だが決してこの場にいるものの中でその問いに正しく答えられるものは誰一人としていないのだろう。
場所は鬱蒼とした山の中、のほんの少し開けた場所。
そこにいるのは私たちとそれを取り囲む幾十人もの男たち。
その輪の中心、私の前では二人の男が睨み合っている。片方は最近生活の一部と化してしまった居候、もう一人は屈強な体躯の大男。
「…帰りたい」
何度目かの溜息とともにこぼれるこれまた何度目かの言葉。すでにその声は疲れはてている。
本当に、本当に無駄だということは重々承知しているが、それでもまだ心のどこかで今までの経緯を振り返ればどこかに"こうはならなかった"出来事があったのではないかと思いを馳せる。
あわよくば回想に浸っている間に現状が少しでも進展していたらいいな、とか実は夢でした!的な展開になっていればいい、と微塵の期待を寄せて私は思考の海に逃げた。
*
胸元までまっすぐに流れる金の髪、人形のように白い肌にはくりっとした緑の瞳、紅を差してもいないのに頬と唇は桃色に染まっている。
華奢な体は成熟する前の少女特有の独特の色気が匂いたち、フリルがふんだんにあしらわれた白のドレスワンピースは一見してその少女を可憐、かつ清楚にみせていた。
が、しかし、出されたお茶を飲み干した少女の口から漏れるのは到底その容姿に似つかわしくない含み笑い。それはだんだん大きくなっていき、やがて"馬鹿笑い"に近いものになっていく。
「なるほどなるほど!厄介ごとに好かれる体質も相変わらずってことかい?実に面白いね」
「何処がだ、そんなに面白いなら変わってくれ」
少女に相対してセリレイネウスの眉間の皺は深まる一方だ。
「いやいや、こういうのは傍観者であるから面白いんだよー・・あぁディオン君、もう一杯いただけるかい?」
彼女が空になったカップを掲げ催促すればいそいそとディオンがそれにお茶を注いだ。
「うん、美味いな。いい"嫁"じゃないか、セリ」
「ありがとうございます!」
「誰が嫁だ。ディオン、お前も顔を赤らめるな!」
「すいません、つい嬉しくて」
「つい、じゃない」
そんな二人のやりとりにマギナの顔がにやにやと綻ぶ。
「ふふっいいなぁいいなぁ、楽しそうでうらやましいよ。それに彼らは"人魚"なんだろう?あぁますますいいなぁ。幻想精錬師の血が騒ぐよ」
「だからいつでも代わってやる」
「そんなぁー!捨てないでくださいセリさー・・ぐっ」
「だから一々引っ付くな!泣くな!」
「おやおや、二人の恋路を引き裂くほど私は野暮じゃないよ。…しかし、うん、そうだな。今までの経過を聞きうる限り、君!」
何かを結論付けたらしいマギナの指先が、少し距離をとって座っていたレガリアに向けられた。
突然指を突きつけられたレガリアの体がびくりと反応する(どうやら最初の邂逅が若干トラウマになったみたいだ)
「なっ、何だ…?」
「君はどっからどう見たってお邪魔虫だ。いやお邪魔人魚だ」
「何?」
「だってそうだろう?セリに並々ならぬ愛情を捧ぐ彼ならまだしも、君はたまたまセリに"真名"をつけられてしまっただけであって、そこに人魚の掟としての"義務感"からセリの"求婚"を受け入れた、と言っているんだよ?いや、確かにこの広い世の中ではそこから始まる"恋"もあるはずだろうね、だけど考えてご覧よ、君は二人の幸せを邪魔したいのかい?愛し合う二人の仲を裂きたいのかい?」
まてまて、私は何処から突っ込めばいい。
そもそも愛し合ってはいないだろうが!と言いたかったが、うまくいけば厄介ごとが一つ減る、と思い至りぐっと言葉を飲み込んだ。
…しかしよくもぺらぺらと言葉が出てくるものだと感心せざる終えない。
「レガリア、古の掟も確かに大事だ。だが、時にはそれを破ることも必要なんだよ。それにここは地上、大地の加護が支配する地、海の掟を無理に持ち出す必要はない」
「だが真名は絶対だ!言霊によって誓約がなされた今、私は人魚の掟にしたがって」
「そんなもの幻想精錬師の私にかかればどうにでも誤魔化ー・・いや、最善の方向へ直すことが可能さ」
「そんなことが…?」
「あぁ、私の力は王都でも群を抜いているからね」
…きっと彼女のことだ、力でねじ伏せて無理やり押し通すに違いない。
聖女のような微笑を浮かべてマギナは言った。
「だから安心して君、私のものになればいいじゃないか」
「…ちょっとまて、何故そうなる」
流れに流されそうだったレガリアがここで我を取り戻したようだ。
「おぉっと、そのままうなずいてしまえばいいものを。案外鋭いのだね、君」
「貴様、私を侮辱するかっ」
「ははっ!いいね、血気盛んでますます私好みだ。セリ、本当にもって帰ってもいいかい?」
「何処へでも連れて行け」
「君も幸せになるんですよ、レガリア」
「姫!セリレイネウス!」
私とディオンに見送られそうになったレガリアは抗議の声を上げ立ち上がろうとするが、残念ながら彼女がそれを許さない。
がしっとその首が華奢な細腕にロックされる。
「よし、決めた!私は君が欲しい!だから親睦を深めようじゃないか!ってことで諸君、出掛けるぞ」
「ちょっとまて、マギナ。そもそもお前は何しに来たんだ」
ますます暴走に歯止めが止まらないマギナを呼び止めれば、今にもレガリアの息の根を止めかねない勢いで外へ駆け出しそうだった彼女がぴたりと動きを止めた。
「そうだった。いやでもね、実は今から親睦を深めに行くところが本来の目的地でもあるんだよ、セリ」
「どういうことだ?」
言っている意味がわからず首をかしげて問えば、美少女顔が台無しなほど不敵な笑みで彼女はふふん、と笑う。
「君、落鋼石に興味はないかい?」
短くてすいません、んでもってまだ続きます。