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閑話休題-宴、その夜


 セリさんの言うとおり、太陽が海の向こうに傾きかけた頃から村では本格的な宴が始まったようだ。

 容態のだいぶ落ち着いた主役であるマリーネさんと子供たちを迎えに来た村の人々に引っ張られて(セリさんは渋々といった感じだった)麓へと降りていけば、村にある小さな広場を中心にいろんな家から運び出したと見える机や椅子がところ狭しと並べられていた。

 昨夜からすでに出来上がった男衆が私たちを円の中へと容赦なく引っ張り込む。


 「まぁまずは一杯!」


 盃を手に握らされそこになみなみと酒が注がれる。

 既に出来上がっているその手元は危なっかしく盃からは酒が溢れてしまっていた。


 「さぁ!新しい村の一員の誕生に乾杯だ!!」


 「「乾杯!」」


 「んでもって先生方にも乾杯!」


 何度目かの乾杯を繰り返した後、私たちの周りには次々と村人が集まりだしてくる。


 「いやぁ、まさかあんたが王都(カマンサ・レール)の魔術師様だったなんてな!」


 「目玉が飛び出るかと思ったぜ」


 「しかしセリレイネウスさんも人が悪い、そうならそうと早く行ってくれればいいのになぁ」


 「何でまたそんな凄い人がこんなとこいいるんだい?」


 「馬鹿!野暮なこと聞くんじゃないよ。そこは…ねぇ?」


 「セリレイネウスさん命だもんねぇ~」


 男たちは私がついた嘘ー・・魔術師だということに興味を抱き、女たちは女たちでそっち(・・・)の話に花を咲かせては勝手に盛り上がっている。

 そっと隣に座るセリさんの顔を見やれば「勘弁してくれ」と顔が引きつっている。

 彼女が訂正を入れる前に私は口を挟んだ。

 

 「仕事が原因で少し体調を崩してしまいまして、魔術師としてはお休みを頂いていたんです」


 あの後、セリさんに考えてもらった嘘の身の上話を語る。


 「暫く自宅で療養していたのですが、たまたま王都にいらっしゃったセリさんのご友人にセリさんのつくる薬はよく効くと教えていただいて…どうせ静養するなら空気の綺麗なところでしたほうがいいと薦められたのでこちらに押しかけた次第なんです」


 「あぁそういえばそんな話してたわよね、セリレイネウスさん」


 「そうそう、あの時はてっきり不審者か山賊かと思ってたんだが」


 「その節は皆さんにご迷惑をおかけしました。どうにも気持ちがはやってしまって…結果、セリさんと入れ違いになっちゃったんですよね」


 昔からおっちょこちょいなんです、と言えば周囲からは好意的な笑いが漏れた。


 「魔術師だということを明かさなかったのは、今の私ではあまり皆さんのお役に立てないと思ったので…すいませんでした、黙っていて」


 と、頭を下げればいつの間にか輪の中に入ってきていたエヴァンが「とんでもない!」と声を上げた。


 「あんたのおかげで俺は子供たちに会えたし、マリーネも無事だったんだ!本当に感謝している!」


 既に多量の酒が入っているのかエヴァンは涙と鼻水を流しながら「ありがとう」を連呼した。


 「セリレイネウスさんもありがとう!この人があんたの所に来たのは偶然かもしれないけど俺にとっては神様に感謝したいぐらいの偶然なんだ!さっセリレイネウスさんももっと飲んで飲んで!」


 「いや、私はそんなに…」


 「なに言ってるんだ!さぁさぁ!!」


 あまり酒が進んでいないセリさんを見咎めたのか、次々に酒を勧めていく。

 こういった席だからか強く断りきれない様子のセリさんは本当に渋々と盃を開けていく。


 「しかし、そっかー。じゃあディオンさんがセリレイネウスさんの旦那だって噂は違たってことか」


 「へ?そうなのか?俺がかかぁから聞いた話じゃ、セリレイネウスさんの昔の婚約者がディオンさんで王都からおっかけてきたって聞いてたぞ?」


 「んん?俺の女房は山ん中で山賊に教われてた貴族のぼっちゃんがディオンさんでそれを颯爽と助けに入ったのがセリレイネウスさんでそこから二人の恋がうんたら~とかなんとか」


 戸惑う男たちに女衆とディオンはくすくすと笑い声をたてる。


 「残念ながら、まだ私の片思いなんですよ」


 ちらりとセリさんを伺えば今の話は聞いてなかったようだ。途切れることなく注がれる酒を(自棄になったのか)もくもくと飲み干している。

 今がチャンスだー・・と、私は彼女に気付かれないようにそっと声を潜め、周りに集まった村人にお願い(・・・)をすることにした。


 「今はセリさんに振り向いてもらえるよう目下努力中なんです。皆さん、応援していただけますか?」


 小首をかしげにっこりと笑えば、周りを囲む女衆は勿論、男衆も一同に顔を赤らめて頭を縦に振る。


 「あっ、当たり前じゃねぇかディオンさん!俺たちは総出で応援すっぜ!」


 「おう!それにずっと居ついててくれりゃこっちとしても願ったりだ!」


 一気に場が応援ムードで盛り上がった。

 よし、と私は机の下でこっそりと拳を握り締める。

 

 "獲物を落とすにはまず周りから"


 と、あの(・・)本にも書いてあった。

 残念ながらあの本に出てくる登場人物(マリーシカさんたちのお奨めのキチクな征服王。そういえばキチクってなんだろう?)を真似る事はセリさんにも不評だったし、私としても抵抗があるのだがその"方法"を参考にするのは問題ないだろう。多分。


 「何かあったのか?」


 異様な盛り上がりを見せているこちらに気付いたのか、セリさんが声をかけてくるが私は笑顔で「なんでもないですよ」と答えた。




                      * 





 飲んで、喋って、食べて、大声で歌を歌って、焚火を囲んで皆で手を取り合って踊って…

 

 気が付けば宴に参加していた半分以上は家に帰ったようで、残りはそのまま広場で寝こけたりしている。

 テーブルに突っ伏したものの、酒瓶を抱いて地面に身を横たえているもの。その中にはいつの間に来ていたのか珊瑚の…じゃなかった、レガリアの姿もあった。

 村の人たちには彼は私を尋ねてきた兄弟だと思われているらしい、まぁそのほうが都合がいいので否定はしなかったが。

 しかし一体どれだけ飲まされたのだろう、近づいて肩を揺するも微動だにせず寝息を立てている。

 このままじゃ風邪をひいてしまう、せめてもう少し火に近いところに連れて行ったほうがいいのでは…


「………まぁいいか」


 やめた。セリさんではないが、何か今はそんな気分じゃない。

 彼は大事な幼馴染でもあるし、一応はつがいとなる予定だった相手だ。だけど、何故かどうにも今の彼に気を遣ってあげる余裕などない。

 時折彼の新しい名前を呼ぶたびに頭の中に浮かぶのは今朝のやり取り、そしてそれと同時に胸のうちに湧き上がるのは…あぁ、まるで言葉じゃ言い現せない。


 寝てるなら寝てるでそのまま寝続けていればいいのに、もう永遠に。

 

 この気持ちはあの時と似ている気がする。そう、セリさんが私を助けに来てくれたとき、あの時のあの気持ち。私の知らないセリさんを知っていたあの男への不快感、そして私の知らない顔を見せるセリさんへの僅かばかりの苛立ちー・・

 きっとこれは俗に言う"嫉妬"というものに違いない。ドロドロしてて不快なほどに体中の体液が沸騰しそうなぐらい熱い感触が腹の底に燻る。


 考えていくうちに、体の中で次第に膨れていくそれが凄く嫌になって自然とセリさんの姿を探していた。

 灯りが少なくなった中でもすぐにその後ろ姿が目に入る。

 彼女は酔いつぶれていないのか数刻前と変わらず凛とした姿勢で座っていた。

 ふらりと足が動き、何も言わないままその横にそっと腰を下ろした。


 ただそれだけで、すっと腹の底のものがおさまっていくのがわかる。


 それにほっと息を洩らす。例えその気持ちが彼女を想う故のモノであっても、こんなドロドロしたものを抱えた状態で彼女の側にはいたくない。気付かれたくない。


 「ディオン?」


 「あっ」


 知らず内に俯きかけていた私の顔を下から覗き込むようにセリさんの顔がある。

 その距離が思いのほか近くて、違う意味で体中の体液が沸騰しそうになった。


 「どうかした?」


 「え、あっその」


 「泣きそうな顔をしてる」


 「そっそうでしょうか?」 


 そんな顔をしていたのか、と思わず両頬を手で抑えれば「そうだよ」とセリさんが笑った。

 いつもよりも柔らかなその笑顔にどきまぎしながら何とか話を変えようと「そっそういえば、セリさんはお酒が強いんですね」と返す。

 あれから結構な量を飲まされていたにも関わらずセリさんの顔色は全く変わっていない。


 「昔から酔いつぶれたことはないかな」


 と、いいながら杯を指先でくるりと弄り回す。

 何となくその動きに目がいき暫くそれを見ていた。少しばかり二人の間に沈黙が流れるが、別段と気まずいわけでもなく、むしろ心地いいといえる沈黙だった。


 「…とても、楽しい宴でしたね」


 暫くその時間に浸っていたが、ぽつりと自分の口から出たのはそんなとりとめない言葉だった。

 村の誰が何をしたとか、誰々のこんな話を聞いたとか…宴中の様々な事を思い返してはぽつりぽつりと語っていく。隣に座るセリさんはそんな私の言葉に静かに頷いたり「そう」とか軽く相槌を打って静かに聴いていた。

  

 「そういえば、マリーネさんからお子さんたちの名前を考えてくれって頼まれちゃいました…どうしましょう?」


 「嫌なの?」


 「いえ、そういうわけでは…でも」


 名付け親になってくれといわれているのだ。

 嫌なわけがない、むしろ光栄だとも思う。だけど私は人魚で、人魚が名前を贈るのはー・・


 「…あぁ、そうか」


 私が何に逡巡しているのか気付いたようだ。


 「別に構うことないだろう?それは人魚(おまえたち)の世界での掟で、ここは人の土地。誓約に縛られていると思っているから駄目なのよ」


 ひた、とセリさんの人差し指が私を指差した。


 「ここにいるのは"人魚"のディオン?それとも私の家に居候している"魔術師"のディオン?」


 その言葉にはっとなる。

 今の私は、私は…


 「…セリさんの家に居候している魔術師です」


 私の答えに満足したのかセリさんは何度目かの笑みをこぼす。


 「そう、じゃ別に何も問題ないわ。ようは気の持ちよう、祝福のつもりで名前を贈ればいいのよ」

 

 それに、とセリさんが続けた。


 「既に貴方には私が真名を贈った。貴方と私は"つがい"なんでしょう?」


 「!!」


 耳がおかしくなったのかと思った。いいや耳だけじゃない、目もかもしれない。

 にこり(・・・)と笑うセリさん。

 そう、ニタリ、でもニヤリでもなければ"にこり"とやわらかく笑っている。そう、そうなのだ!思えばさっきから向けられる笑みはどれもこれ(・・)だった。

 セリさんの下へ押しかけてから今日までこういった話を少しでも出せば決まって目にするのは怒った顔か、眉間に皺がよった顔、もしくは凍てつくまでの無表情。そして耳にするのは罵詈雑言か「さっさと海に帰れ」の言葉、極めつけは鳩尾に入る拳か足蹴りだった筈。


 それが、今、私の目の前のセリさんは、セリさんは…あぁっ!!


 「セっセリさん…!?」


 「ん?何?」


 「何かおかしなものでも食べたんじゃっー・・はっ!?それともやっぱり酔ってらっしゃる!?はたまたこれは夢!?私が酔ってる!?」


 喜ぶべきところなんだろうが頭が現状についていかない。

 

 「何おかしなこといってるの、私は酔ってないわよ」


 「うぇっ!?すっすいません!!でもー・・あーっ!そういえば口調!口調が変です!いつものセリさんと違う!でも、えっ!?どうしよう!?これ、喜んでいいの!?」


 ますます混乱する頭に何とか収集をつけようとするが…如何せんなんともならない。

 どうしたらいいんだろう、どうすれば、どうー・・


 「…セリさんは私の"つがい"ですよね?」


 すいません、夢でも何でもいいー・・とりあえず目下喜びを最優先させることにしました。


 「まぁ半分事故のようなものだけど、そうなるんでしょう?」


 「はい!!」


 「じゃ、しょうがないじゃない。あぁでもレガリアのこともいれるとー・・」


 「むしろあれこそ事故です!私たちは一夫一妻制です!人間もそうでしょう!?」


 「えぇ、そうね」


 …ちなみに人魚(わたしたち)の社会には特にそういった縛りはないー・・が内緒だ。


 「"つがい"だからすぐに"夫婦"ってわけでもないけど…まぁ貴方には既に真名があるのだからあまりそういう意味合いで言霊にとらわれる可能性は低いっていう話よ」


 「…あ、あぁそうですよね」


 口調が多少変わっても雰囲気がいつもより倍増しでやわらかくてもセリさんはセリさんでした。実に理知的なお話、そうでした名付け親の話をしてたんですよね、はは。

 浮かれすぎた自分をしかりつけてやりたくなる。


 でもー・・

 

 (でも、それって私と"つがい"でいてくれることは許容してくれたってことですよね?)


 ほんの少し、その変化に期待してもいいんでしょうか?


 「…セリさん、セリさんも一緒に考えてくれますか?名前」


 「いいわよ」


 「セリさん」


 「ん?」


 「大好きです」


 そっとその体を抱きしめる。

 返事はなかったけど拒否はされなかった。


 いまはそれで充分。


 腕の中の暖かさを間近で感じられればそれだけで、私は幸せだ。


 



その後セリさんがぴくりともしなかったのは寝ちゃってたから。

次の日の朝には、ばりばり二日酔いで気分最悪のセリさんがいらっしゃいました。


実はお酒に弱くって、飲みすぎると途中からの記憶がなくなるそうで(「だからああいう席は嫌なんだ」byセリさん)


勿論、昨夜のことは綺麗さっぱり忘れ………うぅっ…



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