表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/27



「珊瑚の裾の…」


 山の木々の間から現れた男に隣で驚きを隠せないディオンの呟きが聞こえる。

 身内かごく近い位置にいたものかー・・私の推測ははずれではなかったということか。


 …しかし人魚というものは総じて空気が読めない生き物らしい。


 何処をどう通ってきたのかは知らないが体のあちこちに擦り傷や葉っぱやら何やらをつけている男は、ディオンの姿を見咎めるや否やその腕を掴み連れて行こうとした。


「帰るぞ、姫!」


「待ってください!何故貴方がここに」


「連れ戻しに来たに決まっているだろう!」


「嫌です!長に何を言われたかは知りませんが私は帰りません!」


 帰る帰らないの押し問答を繰り返す二人。

 まぁ、それはどうでもいいのだがもう少し静かにやってもらえないだろうか。


「私は私の意志でここに来たのです!もう幼体ではありません!放っておいてください!」


「こんな獣臭いところに置いていけるか!大体人間の何処がいいとー・・」


「五月蝿い」


「ぎゃっ」「うっ」


 ヒートアップすると共に大きくなる声量に歯止めをかける。

 向こう脛を蹴られ蹲る二人。痛いだろうな、あぁ痛くなるよう蹴ったのだから。


「な、何を…」


「ひどいですセリさん、何で私まで…」


「五月蝿いといった。人が来る、少しおとなしくしていろ」


 痛みに悶える二人を無視して振り返ればシュレイルに伴われてやってくるエヴァンの姿。

 その顔は今にも倒れるのではないかというぐらい青褪めていているものの、瞳には確固たる決意が伴っていた。


「セリレイネウスさん」


「…決して自分を責める必要はありませんよ、エヴァンさん」


「はい…ー・・妻を、マリーネを助けてください」


 深々と頭を下げるエヴァン。

 顔を見ることは出来ないがその体は耐えるように小刻みに震えている。


「わかりました、全力を尽くします」


「お願い、します」


 子供が無事に生まれてくる可能性もある、希望を持てー・・とは言わない。


 "希望"をもって挑んだとき、その後に訪れるのが必ずしも望む結果ではなかったときに訪れる"絶望"は計り知れない。

 私はそんな無責任なことはいえない、いうほど愚か(・・)でもなければ賢く(・・)もないのだから。


「すぐに行きますので」


「わかった-・・さっエヴァン、行こう」


 二人の姿が家の表へと去っていくのを見届け、私は放っておいた後ろを振り返った。


「と、いうわけだ。これから忙しくなる、話し合うのはいっこうに構わないが決して騒ぐな、いいな?」


 余程向こう脛を蹴られたのが効いたのかディオンだけでなく、もう一人の人魚もおとなしく(というよりは渋々だったが)それに頷いた。

 まぁ騒いだら騒いだでその時点で強制的に黙らせればいいだけの話だが…とりあえずはこの場は大丈夫だろうと結論付けると中に急いで戻ろうと踵を返すが、


「あの、セリさん」

 

 俯き加減で何やら考えていた様子のディオンに呼び止められた。

 

「どうした?」


「私にも何かお手伝いさせてください」


「何を…」


 顔を上げたディオンの顔は悲しげに歪められている。

 何故そんな辛そうな顔をしているのか。


「役に立たないのはわかっています…何でもいいんです、お手伝いをさせてください」


「お前、」


「お願いですー・・邪魔にならないようにします!せめて、側にいさせてください」


「何を言っている姫っ!」


 だが私が何か言うよりも前に、隣にいた男が口を挟んできた。


「馬鹿なことを言うんじゃない、帰るぞ!」


「嫌です!帰りたければ貴方一人で帰ってください」


「だからお前たち静かにしろと…」


 何度言えば分かるのか。学習能力がないのかこいつらには…


「そうか!あんな穢れた臭いがする所の近くにいるからきっと当てられて(・・・・・)いるんだな?わかった、場所を移してー・・」


「…穢れた?」


 男の言葉には明らかに悪意がのせられている。

 そして彼の眼がさしているのはー・・私の家。


 鸚鵡返しに呟いた私を憐憫をこめて、いや、蔑みの目で見て笑った。


「人間如きにはわかるまい、この臭いー・・あそこからは獣の臭いと、血の臭い…おぞましい死臭がする。穢れの臭いだ、忌々しい穢れ」


 目に入れるのも煩わしいとばかりにさっと視線をはずした男はディオンへと目を向ける。


「我々人魚は何よりも穢れを厭う、忘れたわけではないだろう?ただでさえ地上は愚かな"人間"という種族のせいで争いの絶えない穢れの蔓延る大地だというのに、こんな"穢れ"の側にいては危険だ、姫」


 つまりは何か、私の家から"穢れ"がー・・生まれてくる子供たちと生死の境を彷徨いながらも頑張っているマリーネが"穢れ"ているというのか、この男は…


(ふざけるなっ!)


 ふつふつと身の内に湧き上がってくるのは怒りだ。


 確かに、男の言うことには一理ある。

 穏やかな海の世界に比べれば、日々どこかで争いの耐えないこの大地は"穢れて"いるのだろうー・・そしてそれを生み出す原因となるのはいつも"人間(わたしたち)"だ。


 だがそれとこれを一緒にするなんて…


 握り固めていた拳に更に力が入る。

 もう限界だー・・怒りの沸点に達したところで、


「さぁ、私と一緒にかえー・・っ」


 男の左頬に拳がめり込み、長身がぐらりと後ろへと崩れていった。


「………あれ?」


 残念ながら私の右手はまだ私の横にある。

 なら、今こいつを殴ったのは…?


「ふざけるな!」


 崩れた男の目の前で、怒りに身を震わせ立ち尽くしているのは


「ディオン?」


「ひ、姫…?」


 殴られたほうはといえば、状況が今ひとつ理解できていないのかただただ呆然と彼を見上げるしかない様子だった。


「何が"穢れ"ですか!そんなわけがない!」


 彼が怒ったところを見るのはこれで二度目。

 だが以前とは違って、ここまで感情あらわにしているのをみるのは初めてだ。


「これが穢れだというのならー・・」


 それは倒れる男も同じなのか…激昂する彼を前にして何も言えないでいる。


「私は"人魚"じゃなくていい」


「おっ、おい!?」


 途端、彼は私の腕を掴みずんずんと家へと歩いていく。

 先ほどまでふつふつと湧いていた怒りも急速にしぼんでいくー・・いや、決してなくなったわけではないが突然の出来事ゆえに行き場をなくしたといったほうがいいだろうか。


「おい、ディオン」


「セリさん、私は死臭なんて感じません」


「ディオン?」


 どうにも様子がおかしい。

 裏手から家の中に入れば右往左往していた村の女たちがディオンの姿に目をむく。


「ちょっとディオンさん!男は先生以外立ち入り禁止だよ!」


 近代では医者の力を必要とする出産も多くなってきているため医師が男の場合を除きではあるが、"出産"は昔から男の立ち入りを許さない女の"領域"だと決まっている。


「すみませんー・・ディオン、すぐに外に出ろ」


 服を引っ張って連れ出そうとするが彼は頑として動こうとしなかった。


「セリさん」


「お前は何がしたい!」


 小声で問い詰める。

 

「頼むから邪魔はしないでくれ、早くしなければ助かる命も助からない」


「セリさん、私は両方とも助けたい」


「…それは」


 いわれなくてもわかっている。それを私が望んでいないとでも思っているのだろうか、この男は。


「出来るならそうしている」


 無理だから。

 出来ないから私はー・・


 段々と苛立ちが募る。


「邪魔をするな、出て行け」


「いいえ、出て行きません」


「お前っ」


「ー・・皆さん、お願いがあります」


 語尾が強くなる私を遮るようにディオンが声を張り上げた。


「外に出ていただけませんか?」


「なっ」


 何を言っているんだこいつは。

 村の女たちも何故?という表情を隠さない。


 呆気にとられる私にディオンが耳元で小さく囁いてくる。


「私は助けたいー・・人魚だってバレなければいいでしょう?」


「何を…」


 ディオンは先ほどまでとは打って変わって穏やかな表情をその顔に湛えながら、整いすぎたその顔でこういった。


「私は王都(カマンサ・レール)の魔術師です」


 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ