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生まれる命

 初めてお産に立ち会った時のことだ。

 その時はとても難産で、最初の陣痛が起きてから出産までに二日ほどかかった。


 段々と間隔が短くなってくる陣痛に、汗を吹き出し、顔は青ざめ、その痛みに耐え切れないと涙を流す妊婦。

 それを見た時、思ったものだー・・そんなに苦しい思いをしてまで果たして生む必要はあるのか?


 場合によっては母子ともに命を落とすとも言う、まさに命をかけたその行いに甚だ疑問を感じえずには終えなかった。

 「生」を生み出すはずのその行為は同時に「死」と隣り合わせにあるー・・それを経て得られるモノとは一体何なのだろう?それを経て生まれてきた「私たち」には一体どんな価値が存在するのだろうか。

 脳裏にぐるぐると駆け回る疑問の嵐の中、その時は訪れた。



 その時の感情をどう言い表せばいいのか。



 血にまみれ、およそ人とは呼べない皺だらけの顔と体、到底、美しいとは思えないその光景が美しいと感じさせられたのは何故だろう。

 それは自分の存在を世界に知らしめるように高らかな産声を上げ、泣き喚く赤ん坊の姿のせいだろうか。

 それとも憔悴しきっても尚その腕を伸ばし、生まれたばかりの赤ん坊を愛しげに抱き穏やかな笑みを向けた母親の顔を見たせいだろうか。


 あぁ、これが"生む"ということ。


 理屈など必要ない、ただその腕に抱きたかった、だから生んだー・・それだけ。

 その時はただただその光景に感動したのと、無性に遠く離れた土地にいるはずであろうあの美しい母に会いたくなったことを深く覚えている。




「セ…レイ…」


「…あ」


 自分を呼ぶ声にふと我に返る。

 何をしているのか、こんな時に思い出に浸るなど…


 -・・否、こんな時だから、か。


 何度目かの苦痛を乗り越えたマリーネは体力の限界が来ているのか、顔は痛々しいほどに青ざめておりその喉から呼ぶ声は擦れていて聞き取りづらい。

 涙を湛えた瞳が不安げに揺らめいて私を見上げてくる。


「セリ…イネウ、スさん…わ、たしの…赤ちゃん、は…?」


「大丈夫ですよ」


 不安でたまらないとばかりに彷徨い上げられたその手を握る。


「もう少し、もう少しだけ頑張りましょう、マリーネさん」


 …その手を必要としていたのは私のほうかもしれない。





                     *





 少しシュレイル先生と話があると言って、集まっていた村のご婦人たちに後を任せると二人で家の外へと出る。

 そこにはマリーネの夫のエヴァンを筆頭に、村の男衆が薪を囲って酒を飲み交わしていた。

 小さい村だ、男衆は何かと理由をつけてはこういった席を設けるのが好きらしいー・・まぁ今回はそれだけではないだろうが。

 こういう時、男はただ待つしかない。初子ということもあってか皆エヴァンのことが心配なのだ。


「エヴァン、少し良いか?」


 シュレイルが声をかければ男衆にからかわれていたエヴァンが席を抜け出して駆け足でこちらによってくる。

 

「先生、セリレイネウスさん」


 酒を飲まされていたのか少し顔を赤くしていたエヴァンだったが、二人の様子にさっとその表情を改めた。


「…何か、あったんで?」


「エヴァン、腹にいた子供はやはり三つ子じゃったよ」


「本当ですか!?」


「ですが、少々問題が」


 喜色にが混じる様子のエヴァンを遮り私は言葉を続ける。


「このままでは母子ともに危険な状態に陥ることは間違いないでしょう」


「そんなっ!?」


「魔術師でもおれば話は別じゃがな。自然分娩ではそれだけリスクが伴う」


 王都(カマンサ・レール)などでは魔法の力で母子の力を補助し分娩を助ける、という方法も近年確立しつつある。

 が、それは高等魔術を学んだ魔法師にしか請け負えない上に金銭面的なことを考えれば到底この片田舎の村では雇うことなど不可能。現状、貴族階級以上の家庭にしか許されていないといっても過言ではない。


 シュレイルと共に何度もマリーネを診断した結果は非常に…残念だというしかなかった。


 腹の中には確かに三つ子が息づいて、外へ出るのを今か今かと待ちわびている。

 だが、それは叶うことはないだろう。

 多胎児は出生率が低いー・・例え生まれ出てきたとしても死産だったり、その後の発育状況というのはおよそ芳しくない。


 多胎児を腹に抱えていたのだからこの十月、普通の妊婦よりも彼女の体への負担は酷かったはずだ。

 それを持ち前の気丈さで耐えていたマリーネには称賛すべきものがあるが、だがそれももう限界に近い。

 

「どうにかならないんですか!?」


「エヴァンさん、ここで選べる選択肢は3つです。子をとるか、母体をとるかー・・両方ともあきらめるか」


「そんなっ」


「エヴァン、非情にも聞こえるだろうがな、耐えてくれ」


「子供をとるなら母体の腹を開いて直接取り出します。だが、母体の体力が持たないかもしれない」


 努めて冷静に聞こえるように私は話す。


「母体を助けたいならこのまま薬で分娩を誘発させます。が、子供全員が無事に生まれてくるとは限らない」


 このまま待てば彼女の体力が持たない。


「エヴァンさん、これはあくまで確立の問題です。だがこれだけは言える、そのどちらも選ばずにこのまま自然分娩を待ってもー・・確実にどちらか一方、もしくは両方の命がなくなる」


 私だって助けてやりたい。生ませてやりたい、生まれてきて欲しい。


 -・・それでも世界はそんなに甘くはないということは知っている。


 世界は時として残酷だ…


「エヴァン」


 いつの間にか、項垂れるエヴァンの後ろには薪を囲んでいた男衆たちが集まっていた。

 皆、沈痛な面持ちで彼を取り囲む。

 彼の左隣にたった村長が顔の皺を更に深くして聞いてきた。


「先生、本当にそれしかないのかい?」


「あぁ…すまない」


「いや、違う、先生やセリレイネウスさんのせいじゃねぇよ…こればっかりは…」


 シュレイルの謝罪をエヴァンは制した。

 

「少し…時間をくれ、考えさせて欲しい」


「わかりました」


 きっと彼の中ではもう答えは決まっているに違いない。

 だがそれを受け入れるまでの時間が欲しいのだろう。


 そっとシュレイルを見やれば「ここはまかせておけ」と頷かれたので私もその場から少し離れる事にした。

 家の裏庭の端に申し訳程度に建てられた薪小屋まで行くとその壁にもたれかかる。

 張り詰めていた気を紛らわすように一息吐けばすぐ側に近づく一つの気配。


「…何だ?」


 顔を向ければ案の定そこにたっていたのはディオンだった。


「セリさん…」


「どうしてそんな顔してる?」


 ディオンの顔は今にも泣き出すのではないかというほどに歪められている。

 彼もさっきの会話を聞いていたはずだー・・エヴァンの気持ちに感化されたかと思いきや、彼は意外なことを口にした。


「セリさんが悲しそうなので」


「私が?」


 何故、と問いかけようとした言葉は続かなかった。


 新たな闖入者が合ったのだー・・それも家のほうからではなく真裏の山の中から。


「ー・・姫!見つけた!」


 村長の家に置いてきたはずのもう一人の人魚がそこにいた。






 




作中の出産うんたらについては付け焼刃の知識ですのであしからず。


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