訪問者二人目。3
ちょい短め。
ついていかなければ良かった。
いやそもそも村に下りずに家でおとなしくしておけばよかったのか…あぁしかし、最終的には私のところへ持ち込まれいただろうと考えれば、早いか遅いかだけの違いかと思い至りこっそりと溜息を洩らした。
連れて行かれた先ー・・村長の自宅へとシュレイルと共に赴けば客間用のベッドに寝かしつけられ昏々と眠る一人の男の姿があった。
あれと比べれば少し濃い色の青銀の髪、足元まで伸びたそれはわずかにクセがついているのかウェーブがかっている。
色こそ違えど見覚えのある形の服は紺色で、その下にある引き締まった体躯がなければ男だとは一目ではわからない容貌は…見事なまでの左右対称。
今は開かないその瞳はきっとアクアマリンかそれに近い色の瞳をしているのだろう。
「ふむ」
脈をとっていたシュレイルが顔を上げる。
「問題はなさそうじゃな。気絶してるだけだろうて、すぐに目を覚ますさ」
「…ちっ」
どうせならこのまま目覚めないままでいれくれたほうが面倒くさくならないですみそうだったんだが。
「ん?どうかしたかい」
「いえ、お気になさらず」
おっと思わず舌打ちしてしまっていたか、失敬。
眉間に皺がよりそうになるのを堪えていると後ろで見守っていたゼバッシュが声をかけてくる。
「おう、それでどうだいセイレイネウスさん。やっぱこの兄ちゃん、おたくの旦」
「同居人です」
「まぁいいじゃねぇか、細かいとこは気になさんなってー・・で、やっぱディオンの兄ちゃんの血縁かなんかかい?」
これ以上厄介ごとが増えるのは御免だ、違います、と断言するべきだろう。
だが私は、
「そうかもしれませんね」
と応えることにした。
同族であることは間違いないだろう。
もしかしたら種族は一緒でも彼とは違う海域の人魚かもしれないー・・だがここいらの海で人魚が観測された記録はない。
ということはだ、彼のいた一族の人魚ないし身内である確率は高いだろう。
そしてその人魚がわざわざ彼と同じように人の姿になって彼のいる陸に上がってきた…それはつまり、つまりだ。
("お迎え"が来たと考えるべきだろうな)
よくよく考えればこの第二の訪問者は、あれとは違い私にとって不利益な存在ではないんじゃないだろうか。
やっと来たかー・・と思い至れば、先ほどとはうってかわって早いところ目覚めてくれないかという気が焦る。
そんな私の切実な願いが通じたのかそれから少しもしないうちに「うっ…」という掠れた声が聞こえた。
「おい、大丈夫か?」
「ここ…は…」
うっすらと開けられた瞳の色はアクアマリン…というよりも瑠璃に似た色をしていた。
辺りを確認しようとその目がせわしなく辺りを彷徨う。
「痛むところはないかね?気分は?」
「水を…」
「わかった」
シュレイルが枕元に用意してあった水差しを手に取ったので、寝たきりのままで動かない男の頭を少し持ち上げた。
ごくりごくりと水を嚥下していく…慌てて飲んだせいか途中、咽たりもしていたがコップ3杯の水を飲み干したところで満足すると、男の目が周囲を探るように動いた。
そしてそれはセリの所でひた、と止まると男はくわっと目を見開いた。
「お前っ何故姫の匂いがー・・うわっ!」
(当たりか)
飛び掛りそうな勢いだったのでそのまま横によければ、案の定体勢を崩した男がベッドの上から転がり落ちたー・・頭から。
「~・・」
「おいおい、無理はしちゃいかんぞ」
「やっぱ知り合いだったかー」
「のようですね。少し彼と話がしたいので席をはずしていただいても宜しいでしょうか?」
と、お願いすれば二人は何の疑いもなく部屋を出て行ってくれる。
「さて…おい、いつまでそうやっているつもりだ」
「~~~・・っ、誰のせいだとっ」
おでこと鼻の頭が見事に真っ赤に染まっている。
「青銀の足元まであるまっすぐな髪、アクアマリンの瞳、お前と同じぐらい顔が無駄にいい男を知っているか?」
ガバッと男の体が跳ね上がった。
その目は不信に満ちている。
「お前何者だ…っ!?」
「まぁ落ち着け、お前の言う"姫"なら私の家にいる」
「なっ!?」
こりもせず飛び掛ろうとしたので今度は軽く脚で押し返してやる。
力が入らないのか男の体はいとも簡単にベッドへと倒れこんだ。
「一つ確認させてもらおう、お前はあれを迎えに来たのか?」
「…だとしたらどうする」
殺気に満ちた瞳がこちらにむけられるが…なに、魚類ごときに負ける私ではない。
「いや、なら歓迎するよ。私としても早いところアレを連れて行ってもらいたいからな」
「?」
思っていた言葉が返ってこずに拍子抜けしたような、だがまだ何か裏があるのではないかという顔で男はこちらを見てきた。
疑うのは悪いことではない、何事も素直に鵜呑みにするのは子供か、愚か者のすることだ。
「すぐにでも会わせやりたいものだが・・・まぁ少し休め。その様子じゃまだ歩くのもままならないだろう?」
「そんなことはー・・」
ないといいたいのだろうが、実際に体に力が入らないのか悔しそうにぐっと息を詰めた。
「半日ここでゆっくり寝ていれば家に連れて行ってやるよー・・それよりあいつをこっちに連れてきたほうが…」
「大変だセリレイネウスさん!」
ゼバッシュが部屋に転がり込んできた。
「どうかしましたか?」
「エヴァンの嫁が産気づいた!今セリレイネウスさんの家にいるらしい」
「家に?」
あぁそういえば頼みに来るとか言っていたな…しかし何もこんな時に、いやいやそんなこといっている暇はないか。
「それに何かよくわからんが三つ子だとかなんとか」
「三つ子!?」
「とっとにかく、先生は俺が担いでくからセリレイネウスさんもー・・」
「わかりました、急ぎましょう!」
本当に三つ子なら無事に生まれる確立も一人産むよりも非常に低くなるし、母体への影響もないとは言い切れない、最悪母子ともに危険な状況に陥ることもありえる。
急いで家に戻って諸々の薬剤や機材の準備をしなければ…
「おいっ」
部屋を飛び出ようとして、ぐいっと腕を引かれた。
…あ、忘れてた。
「悪いな今お前に構っている暇はない、寝ていろ」
「待て」
「あぁそうだ、あまり自分を"人魚"だとはいわないよう気をつけることだー・・以上」
じゃあな、とそのまま振り返ることなく私は全力疾走で自宅へと走った。
後に残された男といえば、手を伸ばしたままの格好でしばらく唖然とベッドの上で固まっていたという。
このままだとセリとディオンの絡みは当分先になりそうな気がします…