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訪問者二人目。2

ディオンのターン。


「ん~・・」


 青空の下、ぐぅっと背伸びをすると体のあちこちから音がした。

 半刻近く屈んでいたせいか足の筋肉が強張っている。

 

(人間の脚って不思議だなぁ…)


 強張った筋肉を揉み解すようにその両腿に手を添える。

 今まで持ちえなかった新しい肢体、幼体の頃には脚と呼べるものもあったが今のコレとは比べようのないくらい別物だった。

 水かきもなければ筋のつきかたも鱗もない、何もかもが違うー・・"歩く"という行為にも随分苦労したものだ、陸に上がってから1週間ほどは脚が大地を踏みしめる感覚に違和感を覚えてしょうがなかった。


 でもそんなこと苦にもならない。

 

(だって、セリさんにまた会えた)


 ふふ、と思わず笑みがこぼれる。

 この感情をどう表現していいものか…今、言い表せないほどの喜びに胸がいっぱいで張り裂けてしまいそうだ。

 何だかんだいって側にいることを許してくれる、そんな彼女の側にいれるだけでいい、それだけで幸せ。

 それ以上を望まない、といえば嘘になってしまうけれど今はそれだけ、それだけで満たされる。

 

「ふふ」


 顔が緩むのをとめられないまま途中だった作業を再開をしようと屈むー・・がすぐに顔を上げることとなった。


「おはよう、ディオンさん」


 山道を登ってやってきたのは村のご婦人たちだ。


「皆さん、おはようございます」


「あら、朝から精が出るわねぇ。ミティア?」


 一人が目敏くディオンの手元に視線をやる。


「えぇ、セリさんがミティアの漬物が食べたいといっていたのでその下準備に」


 と応えればきゃあ、と一同から歓声があがった。


「やだもう、セリレイネウスさん愛されてるわねぇ」


「本当、うらやましい!こんなに尽くしてくれる旦那なんて滅多にいないわよぉ」


「うちの旦那にも見習って欲しいわ」


「爪の垢でも貰っておく?」


「無理よ~!あのボンクラに効くわけないじゃない!」


 彼女たちの甲高い笑い声が辺りに響き渡った、と思えばピタリとそれがやみ一人がずいっと前に身を乗り出し聞いてくる。


「ー・・で、どう?あの本、役にたった?」


 瞬間、二日前の夜のことが思い出される。あぁ、あの時は本当に凍えてしまうかと…


「………怒られました」


 がっくりとうなだれて応えれば一同はそろって「あちゃー」という顔をして見せた。


「う~ん…セリレイネウスさんには合わなかった(・・・・・・)かしらね」


「すいません、折角皆さんにアドバイスを頂いたのに」


「いいのよ、そんなに気にしないで頂戴な!」


「そうよ!それにこれっぽっちのことであきらめちゃ駄目よ~!」


「そうそう!あともう一押し!」


 村のご婦人方はこの恋路に実に協力的だ。

 当初はディオンのその外見にほだされるものも多々いたものの、普段色気の「い」の字も出てこないミステリアスな村人のセリに降って湧いた男の影、そして彼の並々ならぬセリへの想いー・・邪険にされながらも献身的にセリに尽くすディオンのその姿に、近年の恋愛小説ブームに乗りに乗りまくっていたご婦人たちの心に火をつけたのだ。


 ご婦人たちのエールに胸に熱いものがこみ上げてきた。

 ぐっと涙をかみ締め拳を握る。


 「皆さん…ありがとうございます!私あきらめません!」


 「その意気よ!」


 「はい!」


 …と家主の知らないところで知らないうちに妙な親交を深めていくディオンだった。


 「あっ!そういえばディオンさん、セリレイネウスさんはいらっしゃる?」


 「セリさんですか?一刻ぐらい前に村にお買い物にいかれましたけど…」


 「あらやだ、入れ違い?」

 

 「気付かなかったわねぇ」


 じゃあ戻って探す?と顔を見合わせるご婦人たちに首を傾げる。

 

 「急ぎの御用でしたか?」


 「急ぎ、ではまだないと思うんだけどね。マリーネの出産を手伝ってもらおうかと思って」


 名前を呼ばれ、ご婦人たちの中でも一番小柄な女性が一歩前にでてくる。

 その腹は大きく膨らみ、実に重そうだ。


 「出産、ですか?」


 「えぇ、そう」


 マリーネは嬉しそうにその腹を撫でた。


 「今月が産み月なんだけど、エマさんー・・あっエマさんはシュレイル先生の奥さんねー・・の調子が悪いみたいで」


 「いざって時はセリレイネウスさんにお願いしようと思って皆で頼みに来たのよ」


 「そうなんですかー・・そうか、生まれてくるんですね」


 自然と腹の上を往復する手に目が留まる。

 人魚(わたしたち)は卵で生まれてくるから、目の前の腹の中に胎児がいるということが信じられない。

 それと同時に生命が生まれてくるということに対しての畏敬の念を強く感じる。

 

 人魚の個体数は少ない、それは子供が多種族に比べて生まれにくい故だ。

 だから一族では子供は比喩でもなく正真正銘の"宝"とされ大事に育てられている。

 新しい子供が生まれればその海域の一族総出で祭りのように祝いあうし、時には海域を越えて祝いに行くこともある。


「触ってみる?」


 じっと見つめすぎていたせいか、そう促された。

 マリーネやほかのご婦人たちはディオンのその様子に笑みを向ける。


「いっいいんですか?」


 そっと触れる。

 布越しだが確かに伝わる小さな鼓動。

 命の鼓動が聞こえる。


「セリレイネウスさんにとりあげてもらうとね、頭のいい子に育つっていう噂があるのよ」


「本当ですか!?」


 さすがは私のセリさん!…と本人がいたら突っ込みと拳が飛んできそうなことを頭の中で思い浮かべ感動に浸るディオンはそっとその腹をなでた。


「早く、三人にお会いしたいですね」


「えぇ、そうー・・」


 …………………


「……三人?」


「はい」


「えっと…マリーネとマリーネの旦那と子供…?」


「いえ、マリーネさんのお腹の子たちが三人です」


 聞こえた鼓動は3つ。

 とくんとくんと交互に小気味よくリズムを刻んでいくその音はとても心地い…


「三つ子ぉ!?」


「ちょっと!マリーネ落ち着いて!」


「だって!えっ!?どっどうしよう!嬉しいけどっ嬉しいけど、えぇっ!?」


「ディオンさん、本当なの!?」


「えぇ、確かに3つ心音が聞こえましたから」


 淡々と説明する傍らでマリーネを中心に年若いご婦人たちは慌てふためくばかりだ。


「わっ私、初産なのにっ!さっ三人も!?」


「とにかく落ち着きなさいよマリーネ!大丈夫よ、カバテさんのとこだって3年前に双子産んだじゃないさ」


「でもでもっあそこは3回目だったし!」


「駄目だってば!そんなに興奮して破水でもしたらどうすー・・」


 -・・パンッ

 小さく、何かがはじけた音。


「……………………破水したぁぁぁぁぁぁぁ!」


「「「「「えぇぇぇ!?」」」」」


 …先ほどまでの和やかな空気は一体何処へやら。









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