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訪問者二人目。1


 白波が立つ海面には青白い月の光が煌々と反射している。


 荒れることもなく穏やかな波の音がこのまま一晩中続くと思われたが、中天に月が差し掛かった頃、それは微かな変化を見せる事となった。


 水面に浮き出る一つの塊。

 それは沖合いから顔を覗かせると陸のほうへと近づいていく。

 すいすいと動くそれは大きな魚のようにも見えなくはないが、やがて切り立った岩肌に囲まれた小さな入り江の浅瀬へと入り込んだそれはゆっくりと海面からその見える面積を増やしていったー・・その様を見るからにそれは魚とは違うと十中八九いいきれるだろう。


 海から出たそれはざらりとした砂浜を何度か踏みしめその今までにない感触を確かめると、くんー・・と鼻を鳴らす。


「ふんっ…実に獣くさい(・・・・)


 不快気に呟かれたその言葉を聴くものはおらず…それは暫くその場で立ち尽くしていたと思えばいつの間にやら姿を森の中へと消していったのだった。




                        


                       *





 人魚と出会って2ヶ月と二日。+同居して丁度一週間目。

 私の目覚めは香ばしいパンの匂いで始まるようになっていた。



「おはようございます、セリさん」


「んっ…おはよう…」


 眠い目をこすり匂いにつられ起きてみれば台所には既にディオンの姿。

 同居を始めてからというもののすっかり今までの朝の習慣が変わってしまった。

 

「まだ寝ててもいいんですよ?夕べも遅くまで起きていらっしゃったでしょう?」


 まるで母親のような物言いだ。

 まぁ確かに昨日は夜更かしをしすぎてしまったか…いやだってマルギリーノの研究書は読み出すととまらないんだ。


「いや…大丈夫だ」


 家事全般をディオンに任せたことにより私は必然と早起きすることをやめた。

 ほんの少し前までは日の出の前に目覚め健康的な一日を始めていたのに、たった一週間!一週間たらずで私の生活は実に堕落しきったものとなっていた。

 朝寝坊は当たり前、研究書を読み明かしての夜更かし上等。

 昼間は昼間でほとんど動くことなく部屋に篭もって研究しているか居間で本を読み漁っているかのどちらかー・・たまーにディオンが鬱陶しいぐらいに絡んでくるときに体を動かすくらいだろうか。


 椅子にすわりふと目線が自分の下腹部へと下る。

 

 ー・・さすがにまずいか?


 連日まともにありつける飯はこの上なく上手い。

 この一週間その上手い飯を三食しっかり食しているときたら…まぁ結果は目に見えてわかるところに出てくるものだ。

 

「セリさんお待たせしました」


 コトリと置かれる焼き立てのパンとスープと、魚の煮物。


「いただきます」


(今日は研究はやめて外にでも出るか…)


 そう決意をする。が、とりあえずは目の前の朝食を胃袋に収めることからはじめよう。





                      *



 「と、いうことでちょっと行ってくる」といえば「どういうことですかぁ!?」とついてきたがるディオンを殴ー・・いや宥めて(一緒に村へ降りたら何を言われるかわかったもんじゃない)山道を下る。

 そろそろつきかけそうな消耗品も買いたしたかったし、頼まれていた薬も卸しに行かねばならなかったので丁度いい。

 そういえば先のヴィスオラで手に入れ損ねたディオンの服がそろそろ届く頃合だろう(暫くあちらに行くのは面倒なので結局何着か頼んで送ってもらうことにした)帰りに便屋に顔を出してみようか。


 まばらに通る村人に声をかけられては無愛想にならない程度に軽く会釈を返しながら村の中心に近い場所に建っている民家を訪れた。

 古びてはいるが手入れが行き届いているその民家の玄関のすぐ横には、揺り椅子で煙草をふかしながらまどろむ一人の老人の姿が見える。

 近づいてくるセリに気付いたのか、日よけのために被っていた麦わら帽をほんの少し上げ顔を見せた老人は日に焼けた顔をにまっとくしゃませた。


「やぁセリレイネウスさん、旦那は元気かい?」


「……彼はただの知り合い(・・・・)ですよ」


「おや、ワシがエマから聞いた話じゃー・・」


「そんな話さっさと頭の中からたたき出して結構です」


 どんな話しだ全く。

 是が非でも抹消していただくか正しい情報で上塗りしていただくしかない。


「ところでシュレイルさん、先日頼まれていた薬ですが」


「おぉっさすがセリレイネウスさん!仕事が早い!」


 両手に持っていた木箱の蓋を開けて見せればシュレイルは目を輝かせ喜んだ。


「中に運びますよ?」


「あぁすまないね、お茶でも入れよう」


「いえ、おかまいなく」


 村の中ではもっとも頻繁に訪れるのがこのシュレイルの家、勝手知ったる他人の家とはよく言ったものだ。部屋の隅に置かれた大きめの戸棚を開けてその中へと薬をしまっていく。


 家の中は薬品と少しばかりのアルコール臭が漂う。

 続きになっているすぐ隣の部屋には清潔なベッドが一つと、医療用の機材ー・・シュレイルはこの村唯一の医者である。

 若い頃はそこそこ名の知れた医者として各地を転々としていたそうだが、産婆師である妻が体調を崩したのをきっかけに前線から身を引き妻の療養もかねてこの田舎へと腰を落ち着けたそうだ。

 医者としての腕はまだまだ衰えていないものの、自分で薬草を摘みにいったりすることが辛いそうでセリがこの村に住み着いてからは何かと薬の調合や何やらを頼まれている。


「ワシがいれた茶だから上手くはないがまぁ一杯ぐらい飲んでいきなさい」


「今日はエマさんは?」


「昨日から少し体調を崩していてね、2階で寝ておるよ」


「最近は朝晩が冷えますからね。今度ソレィ茸でも採ってきましょう」


「あぁそれは助かる、あれは温まるからなぁ…おぉ、そうだった、それでついでといっては申し訳ないのだが一つ頼みごとを引き受けてはくれないかい?」


「私に出来ることであれば」


「セリレイネウスさんにしか頼めないことなんじゃよ。ほれ、エヴァンのところの上さんが妊娠してるのは知ってるかね?」


「えぇ、マリーネさんですね。確か初子だったかと」


「産み月が今月での、そろそろなんじゃが…」


 そこまで聞いて、あぁ、と納得した私は先を聞かずに頷いた。


「そういうことでしたら引き受けましょう」


「話が早くて助かるよセリレイネウスさん、エマも喜ぶ」


 エマさんには劣るが、何度かその手伝いをさせてもらったこともあるし知識としては頭の中に十二分に入っているから問題はないだろう。


 何より人体の最大の神秘とも言える瞬間に立ち会うことができるのだ。

 魔術師たちが作るような人造生命体(ホムンクルス)合成獣(キメラ)などとは違う、人が人を"創る"瞬間ー・・それに立ち会わないなど生態錬術師(エルヒミーク)としての名が廃る。


「きっとそういってくれるだろうと思ってエヴァンたちには前もってセリレイネウスさんに産婆を頼むというのは話してあるよ」


「…お早いことで」


「ほっほっ、セリレイネウスさんの腕は確かだと皆知っているからの。セリレイネウスさんがとりあげた子供たちは皆利発に育つと評判じゃて、エヴァンたちも喜んでおったよー・・あぁそうだ、村の女連中で改めて頼みに行くといっていたからもしかしたら今日当たりに家にお邪魔するかもしれんよ」


「それは…」


 ならば早々に用を済まして帰ったほうがいいだろう。

 行き違いになるのはしょうがないとして、私が留守の間にあの馬鹿が余計な戯言でも洩らそうものなら今の非ではない噂話が一夜で村に浸透してしまう。


「また来ます。ではそろそろ」


「シュレイル先生、いるかい?」


 お暇しよう、と腰を浮かせたところで新たな訪問者のようだ。

 顔を覗かせたのはこの村の村長でもあるゼバッシュ・フィードルー・・漁師をしているだけに体つきはごつく、日に焼けた肌に年相応の皺を刻ませている。

 彼の目がシュレイルを捉え、そのまま私に気付くとおや、と言った顔になった。


「よぉ!セイレイネウスさん、来てたのか。どうだい?最近旦ー・・」


「ただの知り合いで居候です」


 全く、顔をあわせるたびにこれではキリがない。


「どうしたい、村長。誰か怪我でもしたかね?」


「あぁっそうだった!それがよ、西の浜辺で行き倒れを拾ってな」


「行き倒れ?」


「息はしてるし死んじゃいねえが中々目覚まさないんだよ。で先生に一度診てもらおうと思ってきたんだが…今はうちで預かってるよ」


「そうかそうか、じゃあすぐ準備するからちょっとまっとくれ」


 と、いそいそと往診鞄に道具を詰め始める。

 まぁただの行き倒れなら私が手伝うことはなにもないだろう、と「それじゃあ私はこれで…」と帰ろうとすると、


「あっセリレイネウスさんちょっとまってくれ」


 と呼び止められた。


「丁度よかった、あんたにも一緒に来て見て欲しいんだ」


「?ただの行き倒れではないのですか?」


 ただの行き倒れに私がついて行って見なければならない理由とは何だ?


 …まさか知り合いだったりして。何て


「あんたに見てもらいたいのはー・・"顔"なんだ」


「……………は?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまったのは仕方がないことだと思う。






便屋=郵便局とか佐○急便的なところです。



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