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拾いモノ

 ある日私は拾い"モノ"をした。

 ……後に色々と迷惑を(こうむ)られる訳だが、そのときはそんなことも露ほども思いもしなかったわけで。


 結論を言えば、無暗に落ちているものを拾ってはいけないということだろうか。




                     *




 草木も目覚めぬ早朝。

 うっすらと朝焼けの光が差し込む度合いの薄暗さの中、私は籐の籠を抱えて家を出た。

 山々に囲まれ海に面した村の更に外れ、小高い山の中腹にひっそりと立つ私の家から目的の場所までは少し歩かねばならない。

 薄闇の中、整備されていない山道を下っていくのは危なかしくもあるが、さすがに通い慣れたもので足をとられることもなく村へと続く山道を進んでいく。

 村の手前までくれば三叉路に行き当たるのでそれを右に入り込み、やがて聞こえてくるのは激しい水の音。

 村を抜けた向こう側にある海へと続く川は、ここ数日続いた雨のせいか弱冠水嵩(みずかさ)を増やしていたもののわりと穏やかな流れを見せている。

 そのすぐ横には川から水をひき人工的に形を整え作られた簡素な洗い場がある。

 

 少し窪んだ場所に籠と腰を降ろすと、籠のなかに山のように重ねられた洗濯物を取り出しそれを黙々と洗い始めた。


 この時間、外を出歩く村人はまだいない。村のご婦人たちが一日の仕事を始めるのはあと一刻といったところだろうか。

 ご近所付き合いというものが極端に苦手な私にとって、ご婦人たちの集団というものは是が非でも避けて通りたいものだ。

 そのためならばこの程度の早起きなど、苦にもならない。

 

 雨のせいで溜まりに溜まってしまった洗濯物は、一人分とはいえそれなりに量があったため全て洗い上げるのにいつもの倍の時間を要してしまったが、黙々と洗い続けたおかげか半刻ほどで終えることが出来た。

 水に手を入れっぱなしだったためか掌の皮はすっかりふやけてしまっている。


 さぁ、用は済んだ。さっさと家に戻って朝餉の支度でもするか。


 と、洗い終えた衣服を軽くしぼっては籠の中へと放り込んでいく…そこでふと、違和感に気づいた。

 水の中に残った衣服を掴んだはずの片手が引き上げたもの、その手に伝わる感触は水をすった布とはまた明らかに違っていたのだ。


 ぐにゅっと弾力があって、ぬめっとしている。


「?」


 引き上げてみてみればどうやら私が今掴んでいるものは"尾ひれ"のようだ。

 逆さづりにされた"ソレ"は気絶しているのか、はたまた死んでいるのかぐでっとして動かない。


 ……見様によっては秋口に海から上ってくる魚に似ているかもしれない。

 しかし魚というには少し難がある、蜥蜴のようにも見えてしまうのはその体を覆う表皮が緑色の鱗で覆われているからだろうか。

 背びれから尾びれにかけては薄い膜の様な銀色の(ひれ)がついていて…


 それのエラがひくりと動いた。どうやら生きてはいるようだ。


 「ふむ」


 このまま見ぬ振りをして放置してもいいが、絶対にこの後来るであろうご婦人たちが見たら絶叫間違い無しのこの見た目、置いていくのも後々面倒くさいことになりそうだ。それに―‥


 「…………」


 何よりもコレが何なのかが気になってしようがない。

 

 …とりあえず持って帰ることにしよう。





                      *





 家に戻る頃にはすっかり朝日もその顔を半分以上山向こうから覗かせており、家の中を明るく照らしていた。

 明るい場所で見れば見るほど"それ"のグロテスクさ加減に拍車がかかる。

 小さいが手足もついているようだ。こうしていみるとおたまじゃくしにも見えないこともないがやはり"魚"っぽい。


 「…しかし該当するものがないな」


 帰宅して早々に爬虫類系の図鑑を開いて見比べてみたがコレと該当するようなものは載ってはいなかった。

 かといって魚というわけでもないだろう。何せ目の前のコレは気絶していてその目がしっかり閉じられているのだ-‥そうこれにはしっかり(まぶた)が存在している、故にこれは魚類ではない。


 「新種か?」


 コレの正体が掴めない事に多少の苛立ちも覚え、それ以上に私の中の知的好奇心が疼きはじめた。


 気になる、知りたい。


 その体を持ち上げ上下左右にふったりゆらしてみたりとしてみるがいっこうにこの生き物は目を覚まさない。

 どうやら衰弱してしまっているようだ、このまま放っておいたら死んでしまうかもしれない。


 (ならばいっそのこと死んでから体を開いて(・・・)みるのも…)


 いやいや、と首を振る。

 中身(・・)にも興味はあるがまずはしっかり生きている状態での観察がしたい。


 では何故衰弱してしまっているのか?考察をしてみよう。


 川や山の生き物とは考えにくい。

 では海からあがってきたのではないだろうか?

 考えられなくはない。雨が降り始めた最初の頃はちょっとした嵐のようだったし海のほうも相当荒れていたようだ、それによって川上まで流されてきたのかもしれない。

 では海の生き物だと仮定して次に衰弱にいたる要因は何か?

 

 海と川とでは何が違うか-・・水、そう水だ。


 海水で生きてきたのならば真水にはその身が適応していないのかもしれない。

 そう結論付けた私は早速、桶に溜めておいた雨水とその量に対比した塩を入れ混ぜ、海水もどきをつくった。

 その中にソレをいれてみる。


 はじめはどうかとも思ったがそのまま様子を見ること半刻、ソレに変化が起きてくる。

 ぴくりぴくりと体のところどころが動きはじめている。どうやら私の推測は当たりのようだ。


 「あっ」


 そこで私はふいにコレの正体に思い当たってしまった。


 昔、読んだ事がある本にのっていた気がするー‥ここいらの海域では観察された事例がなかったためすっかり失念していた。

 あぁ‥と落胆する、もしコレがそう(・・)ならば研究なんて論外じゃないか。


 「残念だ-‥半魚人だなんて」


 「違います!!!」


 子供のようにカン高い声の盛大な突っ込みは下の、つまり桶の中から。

 驚きに視線をむければソレが瞼をあけてこちらを見上げていた。


 「喋った……やっぱり半魚じ」


 「人魚です」


 グロテスクな見た目の中、意外にもその開かれた瞳だけはつぶらで唯一"かわいらしい"と表現できるものだろうか。

 アクアマリンの色をした瞳は美しさも感じさせられる。

 私からの反応がないためかその瞳がこちらをじっと見上げ、


 「人・魚・です」


 と念を押すように二度主張した。


 「……いやいやいや、人魚って」


 過去に読んだ同じ本にも人魚の記述はあった-‥あったがしかしこんなのではなかった筈だ。

 私の記憶違いでなければ人魚というものは上半身が麗しい人の姿で、下半身は大きな魚の尾を持ち合わせていたはず。


 「人魚です」


 …三度いいはなちやがった。


 そこまで主張してくるということは本当に…いや、まぁいい。

 人魚だろうが半魚人だろうがそういう(・・・・)類の種ならばコレはもう私の関心外の存在でしかない。


 「とにもかくにも親切なお方、此度は助けていただき」


 「あー、はいはい」


 一気に気分が急降下だ。

 途端面倒くさくなった私はお礼を言い連ね、そしてその身におこった事の顛末をせつせつと語り始めた自称人魚の話を話半分で聞いていた。


 曰く、嵐によって荒れた突発的な海流に巻き込まれ気づけば川を上ってしまっていた。

 曰く、自称人魚はまだ幼体のため真水では力がそがれてしまった。


 「あぁ、そう。それはそれは実に災難だ」


 棒読みで返せば自称人魚は


 「そうなのです!あなたに拾っていただかなければ私の命は今頃尽きてしまっていたことでしょう!!」


 感無量といわんばかりに(表情筋が発達していないようでよくわからないが)涙を流し始める始末。


 …あーそこの自称人魚。泣くのは構わないがその涙の代わりに落ちてくる多量の結晶、あとで誰が片付けると思っているんだ?


 これ以上コレに無駄な時間を割かれるのはごめんだ。

 …かといって見捨てるわけにもいかない、コレは自称とはいえ"人魚"なのだから。

 ならばさっさと海へ返してしまおう。うん、面倒くさいがそれがいい。


 「まぁ元気になったようだし海まで連れてくぐらいなら…ん?」


 いまだに涙を流し感謝の言葉を並び立てる自称人魚の腹部に目がとまる、と考えるよりも先に体が動いてしまった。


 「-‥っ」


 「わわっ!?大丈夫ですか!?」


 その腹部に触れた指先からじわりと血が滲む。


 「そこ…剥がれていないか?」


 「え?え?」


 日が昇り、更に明るくなったきた室内でよくよく見ればその腹の一部の色が変わっている。どうやら鱗がはがれてしまっているらしい。

 そしてその周囲の剥がれかけている鱗で手を切ってしまったようだ…意外に硬くて鋭いんだな。

 だが自称人魚は自分の腹部の怪我よりも私の指先を見てあたふたとしている。


 「血!!血が出てますよ恩人さん!!」


 「このぐらいなら大丈夫だ。指先だから余計に出血して見えるだけで…それよりもソレのほうが痛くないのか?」


 一部だけ色が変わってしまっているためハゲているようにもみえるそこは滑稽にも見えるが、なんとも痛々しい。


 「こんなのいつもより力がたりなくって、ちょっと肌があれてるぐらいのことなのでご心配には及びません!!ほら!!はがしたって平気です!!」


 はがれかかっている鱗をぶちっと抜いて見せた自称人魚は落ち着きなく騒ぎ立てる。


 「そーれーよーりーもー!!」


 「五月蝿い」


 頭を押さえつけ無理矢理その口を閉じさせると私はすぐ傍の棚から薬草瓶を二本取り出す。

 一本は自分の指につける止血用、もう一本はこの自称人魚用。


 いくら平気だとはいえ、新しく広がったハゲてしまった肌は薄皮だけが残り非常に痛んでいる。

 耐水性のその塗り薬をその腹に塗りこんだ。


 「ぎゅっ!?」


 「染みるだろうけど我慢しなさい。人魚の生態なんて詳しく知らないけどこれは良くない」


 塗り終わると別の桶にその体を移して塩水をたしてやる。

 

 「あっ…ありがとうございます!一度ならず二度までも!私、言葉に尽くせぬ感謝で胸がいっぱいです!!」


 「礼はいい…但し、薬もタダって訳にはいかないんでね。治療の対価はもらいたいんだけど」


 「はい!それはもちろん!!私にさし上げれるものでしたらなんでも仰ってください!!」


 「あの剥がれた鱗、あれを頂戴」


 「えっ…?あっはい、どうぞ」


 そんなものでいいのか?と顔に書いてある自称人魚は曖昧に頷いた。


 「じゃ、いくわよ」


 交渉成立。後は動くだけー‥と桶に布をかぶせ家を出る。

 村人に会わないよう黙々と山を降り村のはずれを歩いて海岸へと一直線に進む。

 いまだかつてないほどの競歩で海までたどり着いた私はそのまま手にした桶をひっくり返した。

 被せていた布と共に水音を立てて海面に吸い込まれる塩水と自称人魚。


 「あぁ!海だ!!」


 本物の海水に触れたことで自称人魚は一段と元気を取り戻したようだ。


 「ここまでくれば後は自分で帰れる?」


 「はっはい!!」

 

 「そう、じゃこれで」


 「あっあの!!」


 そそくさときびすを返そうとする私を自称人魚が呼び止めた。


 「何?」


 「何から何までありがとうございます!!このお礼はいつか必ず!!」


 「…治療代はもらったから、別にいい。面倒くさいし」


 そこからは振り返ることもなく来たときと同じ速度で私は家路につく。



 私が豆粒ほどの大きさになってもその後姿を自称人魚が海の中から寂しげに見ていたことなんて露知らずに。







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