最終話 剣と拳
「桐崎。アタシともう一度戦ってくれねェか」
〈ホロビノリュウ〉の翌日。朝のバスで一緒になった直刃に向かって、火乃華は開口一番で尋ねた。
「……どういうつもりだ?」
直刃が真剣な目で答える。前までのように、とりつく島もない、という感じではない。
燐は、昨晩の火乃華の話を思い出していた。
「大きな用事って……何?」
火乃華が、燐の部屋でベッドに腰掛けた。その瞬間、〈修繕者〉の姿から光を放ち、いつもの制服とジャージスタイルに戻った。
「あァ。あの彩芽ってハンマー女な、別の世界から来た〈修繕者〉だったらしい」
「別の世界?」
「黄のコスモスって言ってたな。ちなみに、アタシらのいるここは青のコスモスらしいぜ。で、その黄のコスモスは、〈ホロビノリュウ〉のせいで酷ェことになってんだとよ。それを救うために、こっちの青のコスモスで石の力を集めてたらしい」
「そう……だったんだ」
「水臭ェだろ? 助けが欲しいなら、言えってんだよな。でもまァ、切羽詰まってたってことだ。責めてもしょうがねェ。とにかく、アタシら青のコスモスの〈修繕者〉みんなで、黄のコスモスを助けに行くことになったんだ」
「えっ……ホノっちも?」
「あァ。あっちにも〈ホロビノリュウ〉が出るってんなら、今度こそアタシの手で倒すチャンスがあるかもしれねェ。それに、彩芽のヤツにリベンジするチャンスもな。だからよ、ちょっと行ってくる」
そう言う火乃華の顔は、期待でいっぱいだった。別の世界なんて、よく分からないところに行くっていうのに、微塵も不安を感じさせない。
火乃華は、黄のコスモスに行く前に直刃と改めて決着をつけたいのだろう。出発は、今夜だと言っていた。コスモスを行き来するにあたって時間の流れは無視できるらしく、燐の感覚からすると行ってすぐ帰ってくるように見えるのだという。火乃華自身もよく分かっていないようだったが、燐も言われたまま、そういうものなのかと受け入れることにした。
火乃華は直刃に向かって言葉を返した。
「アタシは悔しいんだよ。昨日の〈ホロビノリュウ〉との戦いでは、他のヤツにトドメを取られちまってよ」
直刃は、呆れたように息を吐いた。
「各々の武器の相性として最善の作戦だった。そこに不満はない」
「そんな相性なんか関係ねェくらい強ければ、アタシが倒せたんだ」
「わたしは、自分が未熟であることを理解している。昨晩は出来ることの範囲でやり切ったつもりだ。だが――」
「?」
「おまえとの勝負は受けて立とう。放課後、道場でな」
「そうこなくっちゃな!」
火乃華が拳を突き出しグータッチを要求したが、直刃はフイと横を向いてしまった。でもその横顔には、僅かに笑みが浮かんでいたように見えた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽
放課後の浮動流剣術道場に、火乃華と直刃、桐崎師範、白竜、燐が集った。燐は道場の端で正座して、三人を少し遠いところから見ていた。
師範が、火乃華と直刃に向かい合った。
「二人とも、どんな勝負をするのかしら?」
火乃華が真剣な目で答える。
「〈修繕者〉として、本気で桐崎とぶつかるつもりだ」
師範が直刃の顔を見ると、直刃も頷く。
「わたしも、それで構いません」
師範は少し笑って、二人に言った。
「道場の中で暴れられては困ります。外でやりましょう」
道場の裏手にある森に少し開けた場所があった。土の地面に多少の雑草は生えているが、決闘にはおあつらえ向きの広さだ。
二人は納得した様子で、準備運動を始めている。
「ここなら、思う存分戦えるでしょう。白竜、もしものときは怪我の治療をお願いね」
[[承知だ。だが、あまり〈ツクロイの力〉を無駄遣いしたくない。できるだけ怪我をするな。周りの損壊もだ]]
「約束はできねェな」
火乃華はそう言って、目の前で拳を握りしめた。手のひらから、白い光が溢れ出す。開くと、輝く石がそこにあった。
その石をもう一度握りしめると、さらに輝きを増し、火乃華の体全体を光が覆う。
光が消えたとき、そこには〈修繕者〉姿の火乃華が立っていた。
逆立つ赤いメッシュの髪。拳にフィットしたナックルグローブ。ベアトップに、短い丈のジャケット。ファイヤーパターンのスウェットパンツ。
同じく直刃も、変身を完了していた。
たすき掛けにした着物姿で、腰には二振り、打刀と脇差を差している。長いポニーテールの結び目には、刀の鍔のような飾り。肩には家紋。そして足袋を履いている。
「しゃァッ!」
火乃華が、手のひらに拳を打ちつけた。
直刃が、深く呼吸をした。
師範が尋ねる。
「合図は?」
「いや、いい。これはアタシら二人の勝負だ」
火乃華が腰を落として構える。
「いつでも来い」
直刃が打刀の柄に手を掛ける。
師範は、小さく頷いて燐の横に着いた。
「行くぜ!」
火乃華の足元が爆ぜ、大きく飛びかかった。
いつだって、火乃華は先手を取る。全身で戦いに飛び込んでいくんだ。
「おらァッ!」
火乃華が、獣のような勢いで放った第一打。
直刃は抜刀と共にその拳を防いだ。
周囲に、衝撃波が広がった。木々が揺れ、葉が舞い散る。
一瞬、二人が硬直する。
互いの視線が交差する。
火乃華の二撃目が、直刃のボディを狙う。
直刃が後退し、引き小手を狙う。
手を引き戻し、一回転して裏拳。
鞘を引き上げ、それを受ける。
隙を見て直刃は、距離を取った。中段に構え、牽制する。
火乃華は近づこうとしたが、警戒して踏みとどまった。
――すごい。
燐は呼吸もまばたきも忘れていたことに気づき、一つ息を吐いた。
刀の内側に入りたい火乃華。入ってしまえば、今度は距離を取られないようにする。刀の間合いで戦いたい直刃。火乃華が入ってこようとするのを防ぐ。二人の距離の詰め合いが、目にも止まらぬ速さで行われた。
〈修繕者〉の能力による拳の強化によって、刀に斬られることはない。しかし分かっていても、立ち向かうのは至難。それは過去の喧嘩でバットや棒切れを相手にしてきたことによって培われた度胸だ。
直刃が構えを上段に変えた。攻撃体勢だろうか。
「……行くぞ」
「おゥ!」
火乃華は威勢よく構え、待ち受ける。
直刃が、トン、と一歩踏み出した。
そう思った瞬間、火乃華の目の前で刀が振り下ろされていた。
――今、音聞こえた?
無音に感じられるほどの滑らかさ。清流のような静かな動き。
火乃華は本能的回避によってバックステップしたが、バランスを大きく崩した。
二の太刀。刀を切り返し、火乃華の避けた方へ切り上げる。捉えられたと思ったが、咄嗟のバク転でまた僅かに逃れた。
さらに連続する斬撃を、火乃華は大振りながらもすべて紙一重で躱していく。
その様子に、燐は少し違和感を感じた。
――桐崎さんほどの強さで、一度もホノっちに当たらないなんてこと、あるかな? もしかして、わざと外してる……?
前に聞いたことがある。直刃は、〈修繕者〉狩りを相手に斬りつけることができなかったと。
「おい桐崎ィ! 遠慮なんかすんじゃねェぞ! アタシはオメェに斬られたって死なねェ!」
火乃華が躱しながらも煽り立てると、直刃は一度離れた。そして表情を変えることなく答えた。
「……そんなことは分かっている。おまえの身体的な、それに精神的なしぶとさはな」
「褒めても何も出ねェぞ」
そう言って火乃華は手招きした。
――ああ、何て楽しそうなんだろう。
火乃華は、〈修繕者〉になってからずっと、本当にいつも嬉しそうだ。
直刃に、彩芽。他の〈修繕者〉。そして、黄のコスモス。待ち受けるこれからの戦いは、きっと更なる喜びを火乃華に与えてくれるのだろう。そして、そんな火乃華を見られることこそが燐にとっても幸せだった。
二人の攻防が、変わってきた。直刃が距離を取ろうとしても、火乃華はすぐに追い詰める。躱す先に、回り込んでいる。まるで動きを読んでいるみたいだ。
「〈修繕者〉になってからよォ、どんだけオメェの戦いを見てきたと思ってんだ!」
火乃華は、直刃の動きの癖を掴んでいた。戦いのことになると頭の回転が何倍にもなるのは燐も知っていたが、ここまでとは。
火乃華の拳が、直刃の頬を掠めた。そして激しさを増す攻撃は、止まらない。
「おららららァァッ!」
直刃も反撃するが、刀は空を斬るばかりだ。
ついに、火乃華の右ストレートが直刃の胸元を捉えた――。
「もらったァ!」
カチン。刀が鞘に納められる音。
小さな音なのに、やたらと高く響いた。直刃が最後に振るった刀は斬るためではなく、納刀するための動きだったのだ。
その瞬間に現れたのは、細く伸びる青白い光の線だった。それは地面や空間を起点に無数の糸を張り巡らせ、火乃華の体に巻きついて、拳は直刃の体に当たる寸前で止まっていた。
「捕らえたぞ」
直刃が、落ち着いた声で静かに言った。
「特殊性能……!? 直刃、いつの間に……」
戦いが始まってからずっと静かに見ていた師範が、初めて声を出した。
「体が……動かねェ」
火乃華は逃れようともがくが、完全に捕らえられている。
「それはわたしの振るった剣先の軌跡だ。糸状の結界を空間に配置し、納刀すると実体化する」
直刃は、ゆっくりと火乃華に近づきながら脇差を抜いた。そして、火乃華の胸元に突きつけた。
「勝負ありだな」
「……まいった」
すると結界はスッと消え、火乃華の体が解放された。
火乃華は全身から力が抜けたように、その場で膝をついた。
「ああ……負けたァ!」
そして上を向けた顔は、どこか満足そうだった。
「追いついたと思ったら、また前に進んでやがった。オメェ、やっぱスゲェよ」
悔しさより、喜びの方が大きそうな顔。それは、挑戦し甲斐のある直刃を誇らしく思う気持ちも含んでいそうな気がした。
「……そう簡単に追いつかれてなるものか。だが、ここまでとは思わなかった」
「アタシも、特殊性能ってヤツを手に入れねェとな。そしたら、もう一回勝負だ」
「……いいだろう」
二人は向かい合って笑っていた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽
一騎打ちの後、汗を拭いて少し休憩したら出かける準備をした。約束の時間は午後八時。すずめ公園に、他の〈修繕者〉たちと合流して行くらしい。
「ホノっち。行ってらっしゃい」
「おゥ。まァ、すぐ帰ってくるんだけどな」
「桐崎さん、ホノっちをよろしくね。迷惑かけると思うけど」
「……よろしくされたくはないが、致し方ない」
「心配すんな、アタシは面倒見は良い方だ」
「逆だ、たわけめ」
そんな二人を見守るように、師範は薄く笑った。
「直刃。それに火乃華さん。あなたたちなら、きっと大丈夫。でも本当に危ないときは、無理をしないこと。それも強さですよ」
「はい、母さん。行ってきます」
「サンキュ、師範サン!」
[[スグハ、ホノカ、気をつけてくれ。今回の件はボクの領分を超えているため同行できない。だが、アヤメは〈コスモスオーブ〉を持っている。〈サダメ〉を使い便利なことができるだろう]]
「わかっている。今日の勝負、見届けてくれて助かった。ありがとう、白竜」
「サンキュな、白竜」
直刃と火乃華は道場を出た。両引き戸を開けると一度振り返った。
「んじゃ、行ってくるわ」
火乃華は、まるでコンビニにでも行くかのように軽く言い放った。
戦いのために。黄のコスモスのために。強くなるために。色んな理由があるけど、火乃華はいつだってそれを真剣に楽しんでいる。これから起こるのは、楽しいことだけじゃないだろう。それでも、火乃華は楽しむことができる。燐にはそんな確信があった。
だって、直刃の剣と火乃華の拳が、同じ方向を向いて進み出したのだから。
――スラッシュ&ストライク!! ―喧嘩少女と剣客少女が魔法少女になったら― 序章完




