幕間 〈ホロビノリュウ〉
その日の下校後、家で宿題に取り組んでいた燐は小さな揺れに気づいた。
――地震?
そう思った瞬間、全身が泡立つほどの嫌な予感が走った。そう。この揺れを、燐は知っている。
スマホが鳴る。火乃華からだった。
「ホノっち!? もしかしてこの揺れって……」
『ああ、例のリュウってやつらしい。オメェは家で大人しくしてろ。〈ハザマの存在〉が出るかもしれねェからな。今からアタシが、ぶっ倒してくる』
「ねえ、ホノっち……」
『なんだ?』
「……気をつけて、ね」
『あァ。サンキュ』
それだけ言って、通話は切れてしまった。
燐は、宿題も手につかないのでリビングに行ってみた。
家族が見ているテレビでは、地震速報がずっと流れている。さっきから、この鳳市を中心に小さな揺れが頻発している。しかし、通常の地震と違って震源がうまく捉えられないそうだ。燐には分かっている。それは、〈ホコロビ〉の発生による地響きだからだ。『大規模地震の前兆じゃないか』などと無責任な発言をするテレビのコメンテーターもいる。まあ、ある意味では前兆というのも間違ってはいない。
後から白竜や火乃華に聞いた話によると――。
〈ホロビノリュウ〉現象によって大量発生する〈ホコロビ〉を、火乃華と直刃は個別で対処に向かっていたそうだ。また、他にも四人の〈修繕者〉と、さらに彩芽の仲間の〈修繕者〉が一人。最終的に、その七人で全長三十メートルはある〈ホロビノリュウ〉の本体を倒したのだそうだ。
突然、地響きが止んだ。夜の街は、不気味な静寂に包まれていった。
夜の九時を過ぎた頃、またスマホが鳴った。
『無事か?』
火乃華からの、シンプルなメッセージ。どうやら終わったらしい。火乃華も、ケガはないだろうか。すぐにでも、顔を見たくなった。
『何ともないよ。そっちこそ、今どこ?』
返信した瞬間、燐の部屋のベランダの窓が、コン、と小さく音を立てた。
外にいたのは、〈修繕者〉姿の火乃華だった。
「よォ」
「ホノっち……!」
火乃華は埃と汗にまみれていた。燐はクローゼットからタオルを出してきて、火乃華に差し出すと「サンキュ」と言って顔を拭いた。
「〈ホロビノリュウ〉ってやつは、倒したぞ。……アタシじゃねェけどな」
火乃華は自嘲気味に笑い、自分の手のひらを見つめた。
燐は、手を伸ばしてその手を覆うように包みこんだ。
「ホノっち、無事で良かった」
火乃華が、もう片方の手で燐の頭を撫でた。大きく、力強い。でも、温かい手だ。
「ん、無事だぜ。でもな、また一つ、大きな用事ができちまった」
そう燐に語る火乃華の顔は、またもや嬉しそうにワクワクしている。
最近はこんな顔の火乃華を見られることが多い。燐は、火乃華が〈修繕者〉になることができて本当に良かったと思った。いや、もしかしたらだからこそ火乃華は〈修繕者〉に選ばれたのかもしれない。そんな気がしていた。




