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第七話 新たなる脅威

「いいのかよ火乃華(ほのか)。桐崎のアネゴがいないところでオレと会ったりして」

 放課後のひばり公園。呼び出されたマサキは、火乃華に向かって開口一番そんなことを言った。そして引き連れているのは、四人の元鳳連合(おおとりれんごう)メンバー。

「何も問題ねェだろ。なんで桐崎の許可が必要なんだ」

「そうかよ。オレなんか問題にならないくらい、信頼し合ってるんだな。良かったじゃねェか……」

 そう言って、目頭を押さえている。

「マジか……。火乃華さん、ホントに負けたんだな」

「しかも相手は女とは……」

 周りのメンバーも、マサキの誤解を真に受けてショックを受けている。

「相変わらず訳わかんねェな」

 火乃華は、呆れたように息を吐いた。

「とにかく、今日はアタシの特訓に付き合ってもらうぜ。報酬は何がいい」

「そんなものいらん。オレは火乃華に負け続けた、舎弟みたいなもんだ。頼みなら聞くさ」

「んー、そういうわけにはな……。じゃあ終わったらメシでも食いに行くか。奢ってやるよ」

「一緒にか? それは浮気にはならんか?」

「ならねェよ! さっさと始めンぞ!」


(おっと、火乃華さん? その言い方じゃまた誤解を広げますよ……?)

 燐は、ベンチに座ってパックのジュースを飲みながら一人と五人が相対するのを見ていた。

(ホノっちが特訓するなんて……。よっぽどこの前の『〈修繕者(リペアラー)〉狩り』に負けたのがこたえたんだなー)

 火乃華は、特訓には実戦形式がいいと言って、昔の喧嘩仲間を呼びだした。さらに、ハンデとして火乃華は左手を封印。攻撃は右腕のみというルールだ。名目上は、桐崎さんにリベンジするための特訓。本当の目的は、『〈修繕者(リペアラー)〉狩り』へのリベンジと『特殊性能』の開花だ。こんな荒っぽい方法で、上手くいくのかどうかは分からないが。

 燐は、昨晩のことを思い出していた。


 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「特殊性能は、どうしたら手に入りますか」

 桐崎さんが、真剣な目で刺刀(さすが)師範に尋ねた。

 彩芽(あやめ)という〈修繕者(リペアラー)〉狩りとの戦いの後、火乃華と桐崎さん、それに燐も同行して浮動流道場に集まっていた。

「前にも言ったけど、特殊性能は自分の戦い方や性格と深く結びついているの。手に入れるのに近道はない。地道に修行して自分の中にあるものを見つけるか、実戦の中で限界を超えて目覚めるか……どちらかね」

 師範さんは優しく答えるが、桐崎さんは納得行かないように俯いた。

「このままでは、わたしは人を相手に戦えません。早く成長しないと……」

 その言葉に、火乃華が顔をしかめた。

「おい。人を斬れないのは未熟とかじゃねェだろ」

「しかし……」

「アタシやアイツみたいに、人のことぶん殴ったりぶっ叩いたりできるヤツのほうが、どうかしてるんだよ」

「ホノっち、どうかしてるって自覚はあったんだ」

「殴るぞ」

「ひえー、どうかしてる」

 火乃華は燐を睨んだが、すぐに桐崎さんに向き直った。

「とにかく、アイツと戦うのはアタシに任せろ。そのためのペアだろうがよ」

 そう言うと白竜は、満足そうに頷いた。

 [[まさしくホノカの言う通りだ。それに、〈修繕者(リペアラー)〉はスグハとホノカだけではない。他の者たちも含め、あのアヤメというやつへの対策を練っているところだ]]

 それでも、桐崎さんは自分の力不足に落ち込んでいるようだった。火乃華よりもずっと強いはずなのに、それでも足りないなんて。そして火乃華のほうは、悔しそうだが同時に楽しそうでもあるのが燐にはよく分かった。


 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 火乃華が公園でマサキ達と特訓をしている頃。

 直刃(すぐは)は、道場で母である刺刀(さすが)と竹刀を持ち、防具を着けて向き合っていた。直刃は肩で息をしている。一方、母は涼しい顔で直刃を見据えている。

「はっ!」

 直刃は踏み込み、小手、面、胴、と続け様に打ち込んだ。だが、どれも芯を捉えない。母に軽く受け止められた。

「直刃、集中しなさい」

 名を呼ばれて、直刃はハッとした。自分が雑念にまみれていることに、言われて初めて気がついた。

「迷いは決して悪いことではないけど、集中するときは集中すること」

「……はい」

 母は、竹刀を下ろして柔らかく微笑んだ。

「休憩しましょうか」

 促され、二人は防具を脱いで正座で向き合った。直刃が呼吸を整えている間、母は無言で待ってくれている。脚から伝わる松材の床の感触は、ひんやりとしているがどこか柔らかくて、直刃はこの触り心地が好きだった。

「気にしているのは、特殊性能のことでしょう」

 隠しているつもりはなかったが、認めるのも悔しくて直刃は黙った。

「……少し、昔話をします。わたしが〈修繕者(リペアラー)〉だったときのこと」

 直刃は、今まで母が〈修繕者(リペアラー)〉だったときの話はあまり聞いたことがなかった。自分と同じく、刀を使っていたことと、特殊性能が氷を使ったものであることくらいだ。母は、躊躇いがちに一つ呼吸をして、話し始めた。

「わたし、小さい頃はセーラームーンに憧れていたの」

 ――いきなり、何の話だろう?

「でもね、知っているでしょう。中学の制服、百舌(もず)中はセーラー服じゃなくてブレザータイプ。わたし、それが悔しくて悔しくてね」

「母さん……何を」

 思っていた話と違って、直刃はその意図が掴めないでいた。

「それで、わたしが中学二年で〈修繕者(リペアラー)〉になったとき。その姿は……」

 母は、少しだけ恥ずかしそうに続けた。

「セーラー服だったの」

 直刃は、ぽかんとして何も言えなかった。母が軽く咳払いをした。

「んんっ。つまりね。自分の願いだったり、想い、生き方、そういうものが〈修繕者(リペアラー)〉としての形になるみたいなの。それは姿や武器だけじゃなくて、特殊性能にも表れてくる」

 母は〈修繕者(リペアラー)〉として、セーラー服で日本刀を振り回していたということだ。思わず想像してしまったが、すぐに打ち消した。

「……今、想像した?」

「……」

「……イタいわよね。若気の至りよ」

「……いえ、そんな……」

 今まで〈修繕者(リペアラー)〉姿のことを話してくれなかった理由が分かると同時に、自分のために恥を忍んで話してくれた母に対して、感謝の思いが溢れてきた。

「でも聞いて。当時の〈修繕者(リペアラー)〉には他にもセーラー服美少女戦士が何人もいたんだから。……これ、火乃華さんたちには言わないでね」

「も、もちろん言いませんよ。話してくれてありがとうございます。自分の願い、想い、生き方。見つめ直してみます」

 母はゆっくり頷いてくれた。


 しかし直刃も火乃華も、このときはまだ知らなかった。状況は変わりつつあることを。新たなる脅威の存在を。


 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「おっす、桐崎」

「おはよー、桐崎さん」

「……おはよう」

 火乃華と燐は、登校のバスに乗ってきた直刃に挨拶をした。

「あれ? オメェ……」

 火乃華が、驚いたように声を上げた。直刃に、白竜が付き添っている。正体を晒して大丈夫なのだろうか、と燐も思った。

 [[心配無用だ。空間に〈サダメ〉による処置を施している。今はボクの姿はスグハとホノカとリンにしか見えないし、会話も聞かれない]]

「……そんなことができんのかよ。便利だな」

「白竜から、重要な話があるとのことだ。早い時間のほうがいいらしいので、連れてきた」

「おゥ……。何だ? あのハンマー女のことか?」

 [[そうだ。先日のアヤメという〈修繕者(リペアラー)〉狩りだが――昨晩、他の〈修繕者(リペアラー)〉たちが始末した]]

「なっ……!」

 火乃華がギョッとして白竜に詰め寄った。

「始末って……殺したのか!?」

 直刃も、息を呑んで白竜を見つめている。

 [[いや、違う。〈修繕者の原石(リペアラーストーン)〉を回収したんだ]]

 火乃華が、ホッと息を吐いた。燐はまだ心臓がドキドキしているが、少しずつ落ち着いてきた。

「なんだ……物騒な言い方しやがって」

 [[すまない。人間は邪魔者を排除するときに『殺す』という手段が選択肢に入るらしいな。ボクたちからすればそれは発想にないのだ]]

「……そりゃ人間が悪ィよ。こっちこそ疑って悪かったな」

 火乃華が気まずそうに頭をかいた。

「それで、彼女は今どうしている?」

 直刃が尋ねると、白竜は答えた。

 [[〈修繕者の原石(リペアラーストーン)〉を失うと、自分が〈修繕者(リペアラー)〉だったことに関する記憶が抹消される。今日からは普通の日常生活に戻るだろう。キミたちのことも、すべて忘れているはずだ]]

「……そうか。倒さなくて良くなったのは吉と捉えるか」

 直刃は複雑な表情を抱えたまま俯き、火乃華は舌打ちをした。

「チッ……リベンジする前に片付けられちまったか。アイツとは、アタシが決着つけたかったな」

 [[放置するわけにはいかなかった。チャンスがあったのですぐに対処したのだ]]

「分かってる。しょうがねェよ」

 火乃華は歯痒そうに拳を握り締めている。

 ――勝てなかった相手に逃げられたみたいで、悔しいんだろな。

「しかしアイツは、何だって〈修繕者(リペアラー)〉狩りなんてしてたんだ? 石を集めて、何がしたかったんだよ」

 [[それについては、まだ完全には解明できていない。だが、伝えなければならない情報が二つある]]

「なんだ? それは」

 [[一つは、アヤメの仲間。〈修繕者(リペアラー)〉としてのパートナーだ。その者は取り逃がしてしまった。また、襲われる可能性があるので注意が必要だ]]

「……歴とした〈修繕者(リペアラー)〉のペアだったということか。白竜のような、サポートする存在はいないのか?」

 [[それも不明だ。心当たりがないわけではないが、まだそれは話せない]]

 白竜は、言えないことがある場合は『言えない』と正直に言う。責めても仕方がない。

「そっか、他にも敵の〈修繕者(リペアラー)〉がいたんだな」

 そう言った火乃華の声は、少し弾んでいた。直刃と燐がジトーッと見る。

「なんだよ?」

「ホノっち、戦いたいと思ってるでしょ」

「悪ィか」

「いや? やる気満々って顔、分かりやすいなーって」

「まったくだ……喧嘩馬鹿め」

 二人で言いたい放題言ってやったが、火乃華は気にしていない。

 [[もう一つの問題だ。こちらの方が、より深刻な問題だ]]

 白竜が水晶玉を掲げると、以前のように空中に映像が映し出された。

 灰色の亀裂――〈ホコロビ〉が、街の上空に無数に発生している光景だった。

「うわ……何これ、いっぱい……」

 燐は思わず声を上げた。直刃も、信じられないという表情で映像を見つめている。

 [[これは、予測イメージ映像だ。〈ホコロビ〉が同時多発的に発生し、〈修繕者(リペアラー)〉たちが対処しきれなくなる。一日で百を超える〈ホコロビ〉が発生するという予測もある]]

「百!? そんなの、どうやって修繕すんだよ……」

 [[〈ホコロビ〉は放置すれば膨らんでいき、〈ホロビ〉に至る。そうなれば、世界は崩壊する。この現象の名前は――〈ホロビノリュウ〉]]

「ホロビの、リュウ……」

 火乃華と燐、直刃はそれぞれにその言葉を繰り返した。

 [[ボクたちオーダードラゴンを統括する〈上役(うわやく)〉にも相談しているところだ。確証は持てないが近々この現象が発生する可能性がある。〈ホコロビ〉の発生頻度が上がっているのは、事実だ。キミたちも感じているだろう?]]

 確かに、ここ一週間で既に五回出動していると火乃華が言っていた。増えているのは、間違いないようだ。

 [[アヤメが〈修繕者(リペアラー)〉狩りをしていたことと、関連があるのかもしれない。〈ホロビノリュウ〉対策は、スピードが命だ。当番ではなくとも、常にいつでも出動できるように構えてもらいたい。この街には、キミたち以外にも〈修繕者(リペアラー)〉のペアがいる。危機的な状況になれば、皆で出動することになるだろう]]

「そいつらも、強ェんだろ。あのハンマー女を倒したってんだからな」

火乃華がニヤリと笑った。

 [[ああ。それぞれに優れた〈修繕者(リペアラー)〉だ。お互いの正体は明かさないため、会うことは避けるのが原則だが、緊急事態だ。そのときは協力して立ち向かってくれ]]

「……どちらにしろ、わたしも早く特殊性能を掴まなければならないな。相手が人間でないのなら、わたしも遠慮なく戦える」

「おゥ、相手が〈ハザマの存在〉なら、オメェの本領発揮だ」

「分かっている。偉そうに言うんじゃない」

 [[頼もしい限りだ。だが、油断はするな。〈ホロビノリュウ〉が本当に発生したとき、どうなるか……ボクにも分からない]]

「上等だ。来るなら来やがれ」

 火乃華と直刃がそれぞれに決意を固めるのを、燐は見守った。

 自分にできることは少ないが、この二人ならきっと大丈夫。火乃華が、やる気に満ちた顔で燐に向かって頷いた。


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