第五話 噛み合わない二人
[[スグハ、ホノカ、出動頼む]]
頭の中に、白竜の声が響いた。修繕活動の初出動だ。
冴島火乃華と桐崎直刃が〈修繕者〉になってから、三日が経っていた。
火乃華は、前までほど学校で直刃に話しかけることはなくなった。直刃が嫌がるからというのもあるが、一度手合わせして実力の差を理解したというのも大きい。今はとにかく、自分と向き合う段階。〈修繕者〉の話は学校ではできないし、火乃華もそれでいいと思っている。
ただ、もっと直刃と戦いたい。もっと強くなりたい。その気持ちは大きくなるばかりだった。そんな中での、白竜からの出動要請だった。
「来たか」
自分の部屋で寝転がっていた火乃華は、すぐに立ち上がった。手のひらをゆっくり握りしめ、心で念じる。次に手を開いたときには、白く輝く〈修繕者の原石〉がそこにあった。再び石を握りしめると、応えるように激しい光を発し、体全体を包みこむ。逆立つ髪に、赤いメッシュ。拳にフィットしたナックルグローブ。ベアトップの上に短いジャケット、そしてファイヤーパターンの施されたスウェット。〈修繕者〉の姿に変身した火乃華は、窓から飛び出した。
[[百舌町、うずら公園付近。大きめの〈ホコロビ〉が発生している]]
「よっしゃァ!」
変身すると、身体能力がケタ違いに上がる。屋根から屋根へ、飛び移りながら現場に向かう。幅跳びにすると十メートル以上は跳べるし、衝撃に対する体の耐久も上がる。
これが結構、楽しかった。夜風を切り裂いて跳躍する。普通じゃ絶対にできないことだ。体を動かすのは気分がいい。
現場に着くと、直刃と白竜が先に来ていた。
「遅い」
「悪ィな」
既に変身していた直刃は、目を合わせることもなく刀を構えている。視線の先には空間の亀裂。そこから溢れ出る、灰色のモヤ。周囲に、〈ハザマの存在〉が三体いた。
「下手に飛びかかるなよ。一体を相手している内に他のモノに背後を取られるぞ」
「舐めンなよ。三体くれェで下手打つかよ」
「わたしが〈ハザマの存在〉を相手しているうちに、〈ホコロビ〉を修繕しろ」
直刃が冷静な顔のまま言った。
「はァ? 指図すんな! アタシにもやらせろォ!」
火乃華は、〈ハザマの存在〉に飛びかかった。自分でも驚くほどの速度。爽快だ。
「あっ、おい!」
直刃の声が後ろから聞こえたが、無視して突撃する。
「おらァッ!」
一体目を、拳で殴打する。モヤが霧散して、三分の一くらい飛び散った。感触は硬いとも柔らかいとも言い難く、白竜が『物質ではない』と言った理由もよく分かった。続け様に二発、三発とお見舞いすると、〈ハザマの存在〉はバラバラと砕けて散っていく。調子はバッチリだ。力を持て余すこともなく、上手く動けている。火乃華は、グッと拳を握り直した。
「仕方ない……わたしが〈ホコロビ〉を……」
火乃華が〈ハザマの存在〉を引きつけているうちに、直刃が〈ホコロビ〉に近づいて刀を向けた。刀から、青白い光が放たれる。〈ホコロビ〉の隙間が閉じていき、まるで傷口が塞がるように修繕されていく。
「はあッ!」
火乃華は、その間に二体目を葬った。白竜が近づき、飛散したモヤを水晶玉の中に取り込んでいく。〈ツクロイの力〉とやらに変換するために必要なのだと、火乃華は前に教えてもらった。
残り一体――と思ったら、直刃の刀が一閃していた。三体目が、斬り裂かれて弾けた。
「……終わったな」
直刃が刀を納めると、チンと高い音がした。
鮮やかな太刀筋だった。隙のない最低限の所作で、相手を葬った。その技量は認めざるを得ない。しかし、火乃華はすぐに頭を振った。
「おい! アタシがやるはずだったろ!?」
「効率の問題だ」
「チッ……物足りねェ」
火乃華は、不満そうに拳を手のひらに打ち鳴らした。もっと戦いたかった。
「オメェ、アタシを信用してねェだろ」
「そういうわけではない。ただ、無駄な動きが多い」
「無駄ァ?」
「そうだ。もっと冷静に戦え」
「冷静に戦ったら、つまんねェだろ」
火乃華が言うと、直刃が呆れたような顔をした。
「おまえというやつは……」
[[二人とも、落ち着け]]
白竜が割って入った。
[[今日は初陣だ。上出来だった]]
「白竜……」
[[だが、スグハの言うことも正しい。もう少し連携を考えた方がいい]]
「連携って言われてもなァ」
火乃華は頭をかいた。
「アタシは、自分のやり方で戦いてェんだ」
「わたしの指示を少しは聞け」
「オメェに指示されたまま動けって? ハッ、ゴメンだな」
火乃華が笑うと、直刃は睨みをきかせてきた。
[[……とにかく、今日はこれで終わりだ。二人とも帰って休むといい]]
火乃華と直刃は、互いに顔を背けた。
まあ、こんなもんだろ、と火乃華は思った。別に連携なんてなくても、何とかなる。それでいいじゃねェか。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽
一週間ほど経った。
その間に三度〈ホコロビ〉の修繕に出動した。
本来は週に一度程度の頻度で出動するはずだったが、火乃華と直刃が早く慣れるために望んだのと、例の『〈修繕者〉狩り』のせいで手勢が不足しているのもあり、多めに行くことになった。
しかし火乃華と直刃の連携は一向に良くならない。いや、連携なんてものは存在しないと言った方がいい。
お互い、勝手に戦っている。それでも、〈ホコロビ〉の修繕と〈ハザマの存在〉の退治は成功している。
火乃華の拳と、直刃の刀。個人の能力が高いから、何とかなっているだけだ。
ある夜。
「右から来るぞ!」
「分かってらァ!」
火乃華は、右から来る〈ハザマの存在〉を拳で弾き飛ばした。
「おまえ、もう少し警戒しろ」
「オメェがごちゃごちゃ言うから、気が散るんだろうが!」
二人は、背中合わせで〈ハザマの存在〉と戦っていた。
傍からは息の合ったコンビに見えるだろうが、その実まったく噛み合っていない。バラバラだ。
「あと一体ずつ、何とかなるだろ!」
火乃華は、〈ハザマの存在〉に突撃する。戦いの高揚感は、得難いものだった。
直刃も、危なげなく刀で斬り払う。
〈ホコロビ〉は、直刃が修繕した。
「……終わった」
「ふー、いい汗かいた」
火乃華が満足そうに体を伸ばしていると、直刃が睨みつけてきた。
「おまえは、戦いというものを何も分かっていない」
「はァ? 偉そうなことばっかり言いやがって! そもそも、アタシは別に困ってねェ」
「何だと……?」
直刃が、信じられないという顔をした。
「こうやって戦ってりゃだんだん勘も冴えてくるし、実際〈ハザマの存在〉も問題なく倒せてる。じゅうぶん楽しいだろ」
「楽しい……」
直刃が、深くため息をついた。
[[スグハ、ホノカは実戦で成長するタイプだ。今はこれでいい]]
白竜が、なだめるように言った。
「しかし……」
[[足りないのなら、キミが補ってやれば良い。連携は、あくまでも底上げでしかない。一朝一夕では逆効果だ。今のところ、個人での戦闘能力としては申し分ない。ただ、もし例の『〈修繕者〉狩り』が現れたら注意が必要だ]]
直刃は気を引き締めたが、火乃華の方はと言うと、早くそいつと戦いてェな、と思っていた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「ふァああ……。眠ィ……」
火乃華は、大きなあくびをしながらバスに乗って登校していた。〈修繕者〉の活動は夜が多い。〈ホコロビ〉は夜に発生しやすいと白竜が言っていたが、理由は忘れてしまった。ともかく、言われたら行くだけだ。
隣りにいる燐が火乃華に話しかけた。
「ねえホノっち、桐崎さんとは上手くいってる?」
「全然だ。アイツ、融通が利かねェ」
「あははっ。その調子じゃ、全然みたいだねー」
バス停に着くと、直刃が乗ってきた。
「おっす、桐崎」
「……おはよう」
直刃は、軽く会釈をした。
最近、一緒にバスに乗ることが増えてきた。別に約束したわけじゃない。
バスが動き出すと、燐が小声で言った。
「桐崎さん、ちょっと心開いてる気ーしない?」
「そうかァ?」
「だって、前は完璧シカトだったじゃん」
言われてみれば、確かに前よりは態度が柔らかくなったように思う。
まあ、〈修繕者〉として一緒に戦ってるからな。
バスが学校に着き、三人で降りた。
校門に向かって歩いていると……。
「火乃華ァァッ!」
聞き覚えのある大きな声に振り返ると、見覚えのある男の顔があった。
ツンツンに立てた緑色の前髪と、肩まで伸ばした襟足。
耳には小さなピアスが光っている。
火乃華よりも十センチは高い、筋肉質な巨体。
着ている作業着には、そこかしこに塗料が飛び散っている。
「あァ? なんだ、マサキか」
火乃華は、意外な人物の登場に驚いた。
中学の時、〈鳳連合〉のヘッドをやってたヤツだ。
卒業式の日に最後まで粘って火乃華と戦い、そして負けた。確か卒業以来、足を洗って親の塗装屋でマジメに働いているはずだが、何故こんなところにいるのだろうか。
「懐かしいツラじゃねェか。どうした?」
火乃華が聞くと、マサキは何やら興奮した様子で直刃を指差した。
「テメー! そこの桐崎って女に負けたらしいじゃねェか! そいつと、つ、つ、付き合うことになったのかよ!?」
マサキは頬を紅潮させて、言葉を詰まらせながら叫んだ。
「何言ってんだ?」
火乃華は、目を丸くした。訳が分からなかった。
燐が小声で呟いた。
「やば……あのウワサ、まだ生きてたんだ」
直刃が、冷たい目でマサキを見た。
「何だこいつは?」
「知り合いだ。中学の時の」
火乃華が説明すると、マサキがさらに興奮した。
「そいつをパートナーに選んだってことなのかよォ!? 火乃華ァ!?」
「パートナーって……」
火乃華は、少し考えた。
確かに、直刃とは〈修繕者〉のペアを組んでる。そういう意味ではパートナーか。
「まァ、そうだな」
火乃華が答えると、
「やっぱりかァァァッ!!」
マサキが、絶叫した。
「おい、何を言ってる!?」
「ホノっち!? 色恋に疎いのは知ってたけどさぁ!?」
直刃と燐が、慌てて火乃華を責め立てた。
「ん? 何だよ?」
火乃華はまだ状況が理解できなかったが、マサキは言葉を続ける。
「おい燐! 火乃華は『自分より強いヤツとしか付き合わない』んだよな!?」
「はァ? 誰がそんなこと……」
火乃華が言いかけると、燐がわざとらしく咳払いをした。
「ゴホン、ゴホン。あー、そんなこともあったよーな、なかったよーな……」
(……燐、オメェか)
火乃華がジトッと睨むと、燐は目を逸らした。
「つまりだ! テメーが桐崎に負けたってことは、そいつと付き合うってことだろ!?」
「いや、だから何を……」
「待て」
直刃が、口を開いた。
「わたしが、こいつに勝った? それはどこで聞いた話だ」
「剣術道場に通ってる弟が、稽古が休みなのに間違えて行った日に……たまたま見たんだとよ。火乃華が桐崎に吹っ飛ばされて負けたってな!」
「……ああ、あのとき見られていたのか。迂闊だった……」
直刃は、額に手を当てて落ち込んでいる。
「わたしとこいつは、道場で手合わせをした。それだけだ」
「それだけって……火乃華は負けたんだろ? しかも、『付き合ってくれ』って言ってたらしいじゃねェか!」
マサキが火乃華に詰め寄った。
火乃華はそのときのやり取りを思い返していた。
「今度はアタシの全力をオメェに叩き込んでやる。だからよ、少し付き合ってくれや」
「……勝手にしろ、馬鹿め」
「ありゃァ、稽古に付き合うって意味で……」
「とにかく!」
マサキが、直刃に向き直った。
「桐崎! いや、アネゴと呼ばせてくれ! アネゴ、火乃華を幸せにしてくれよな!」
「やめろ、妙な呼び方をするな!」
直刃が、困惑した顔で抗議した。
「火乃華はいいヤツなんだ! ちょっと乱暴だけど、根は優しいんだ! だから、大事にしてやれよ!」
「おい……」
火乃華は、もう説明する気も失せてしまった。
「それと!」
マサキが、涙目になった。
「オレも、いつかは火乃華に勝つつもりだった……そしたら、オレが……オレが……」
「何泣いてんだ」
火乃華が言うと、マサキは鼻をすすった。
「うう……火乃華……。悔しいが祝福するぜ……」
「マジで話聞いてねェなオメェ」
直刃が、頭を抱えて唸っている。
「わたしは目立ちたくないと言ってるのに、どうしてこうなるんだ……」
「はは、ドンマイだな」
「笑ってるんじゃない! おまえのせいだぞ!」
「はァ!? アタシのせいか!?」
「当然だろう! 他に誰がいる!」
その時、チャイムが鳴った。
「あ、やば! 遅刻する!」
燐は叫びながらダッシュで校門を通り抜け、我関せずと言わんばかりに校舎に向かっていった。
「じゃァな、マサキ。よく分かんねェが元気だせよ」
火乃華も、マサキの肩を叩いて校舎へ向かった。
直刃も後を追う。
「幸せになァァァ! 火乃華ァァァ! アネゴォォォ!」
マサキの絶叫を背中に受けて、火乃華は「やれやれ」と苦笑し、直刃は大きくため息をついた。
(アタシ、悪くねェよな? どう考えても燐とマサキのせいだろうが)
そう思いながら、『アネゴ』の横顔を見ると眉間に皺を寄せて顔を俯いている。
直刃の珍しく感情的な顔が見られて、火乃華は少し嬉しくなった。




