第四話 〈修繕者〉
「……というわけで、私・桐崎直刃と、こちらの冴島火乃華は、〈修繕者〉になりました」
ここは、浮動流剣術道場。正座する刺刀師範の前に、こちらもまた正座するのは桐崎直刃さん。その隣に、胡座で座っている火乃華。燐はその後ろに、ちょこんと正座している。そして桐崎さんが『白竜』と呼んでいたドラゴンも、火乃華と反対側の桐崎さんの隣に座って……もとい、浮かんで師範さんと相対している。
師範さんは大きく息を吸って、それからゆっくり吐いた。珍しく動揺してるようだ。でも、それを感じさせないところは落ち着きのある師範さんらしい。
「三人とも、まずは無事で何よりです」
そう言って、三人を見渡した。
「火乃華さん。燐さん。いろいろと驚かせてしまい、すみません。大丈夫でしたか?」
「確かにビックリはしたけど、大丈夫だぜ」
「あ、あたしも、ケガとかはしてないです」
師範さんは少し安心したように頷いた。
「直刃は既に知っていることですが、今からお話しします。白竜、説明を」
師範さんが促すと、ドラゴン――白竜が前に出て火乃華と燐に向かった。
[[改めて自己紹介しよう。ボクは〈オーダードラゴン〉。サスガやスグハは『白竜』と呼んでいる。好きに呼んでくれればいい。世界の秩序を守るために、〈修繕者〉と共に戦う存在だ]]
頭の中に直接響く声。燐は、この不思議な感覚にまだ慣れない。しかし、世界の秩序を守るって……? いまいち、何をすることなのかよく分からない。
[[まず、〈ホコロビ〉について説明する]]
白竜が水晶玉をかざすと、プロジェクターのように空中に映像を映し出した。
灰色の亀裂。さっき、森で何もない空間に浮かんでいたものと同じだった。
[[世界は、様々なルール――〈コトワリ〉によって成り立っている。重力などの力場や時間の流れ、物質の構成。それらが正しく機能することで、世界は秩序を保っている]]
「〈コトワリ〉……」
燐は呟いた。
[[しかし、時にそのルールに乱れが生じる。それが〈ホコロビ〉だ。それは視覚的には、空間に出現するヒビ割れの形で表れる]]
映像の中で、亀裂が広がっていく。そして、灰色のモヤが湧き出した。
[[〈ホコロビ〉から溢れ出るのが、〈ハザマの存在〉。キミたちが今日戦ったあの灰色のモヤだ]]
「あのモヤモヤか……」
火乃華が、一度傷ついた自分の腕を見つめた。
[[〈ハザマの存在〉は『物質』ではない、とても不安定な存在だ。混沌と秩序の狭間の存在。触れたものは秩序を乱され、物理法則の埒外となってしまう。そうなると物質は、秩序を保てなくなり崩壊してしまう]]
映像の〈ホコロビ〉が触手を伸ばし、ビルが崩壊していく様子が映し出された。燐は、火乃華の腕が黒く染まっていったのを思い出して身震いした。
[[放っておけば、〈ホコロビ〉は大きくなり、やがて〈ホロビ〉という現象に至る。そうなれば、すべての物質は混沌の海に溶けて流れていく。それは、世界の崩壊を意味する]]
「世界が……崩壊?」
燐が、思わず声を上げた。
[[そうだ。だからこそ、〈ホコロビ〉を修繕しなければならない。それができるのが、〈ツクロイの力〉]]
白竜が持つ水晶玉が、青く輝いた。
[[〈ツクロイの力〉は、〈ホコロビ〉を修繕し、〈ハザマの存在〉に秩序を与える。その力を扱えるのが――]]
「〈修繕者〉、ってわけか」
火乃華が、腕を組んだ。
[[その通り。〈修繕者〉は、〈ツクロイの力〉を込めた武器で〈ハザマの存在〉を中和し、ボクはそれを回収して〈ツクロイの力〉に変換する]]
「アタシの拳とか、桐崎の刀がその武器ってことだな」
[[その通り。そして、〈修繕者〉はキミたちだけではない。この街に、何人かいる]]
「へェ、他にもいるのか。強ェのか?」
火乃華が興味深そうに言った。
[[ただし、誰がそうなのかは言えない。〈修繕者〉同士でも、互いの正体をむやみに明かすことは避けている]]
「なんでだ?」
[[日常生活を守るためだ。キミたちも、学校で普通に過ごしたいだろう?]]
「まァ、そりゃそうだけど」
師範さんが、口を開いた。
「……わたしも、かつては〈修繕者〉でした」
燐と火乃華が驚いて師範さんを見た。
「白竜と共に、戦ってきました。でも、今は引退しています」
[[サスガは優秀な〈修繕者〉だった。しかし、一人で戦い続けることはできなかった]]
「一人で……?」
火乃華が尋ねた。
「ええ。〈修繕者〉は本来、二人一組で戦うのが基本なの。それは精神的な支えとしても、修繕活動のリスクヘッジのためとしても。でも、わたしにはパートナーがいなかった」
[[サスガは強すぎた。誰も組むことができないほどに。孤高の戦士だったのだ]]
師範さんが、直刃を見た。
「だから、直刃には同じ思いをさせたくなかった。パートナーを見つけるまでは、〈修繕者〉にしないと決めていたの。……ここまでは、直刃にも既に話していました。今日、直刃には火乃華さんをパートナーに誘うのはどうかと提案するつもりでしたが、まさかこんなことになるなんて……。火乃華さん、本当にごめんなさい。もちろん、直刃と相談したあとにあなたにも話をするつもりでした」
「アタシは構わねェよ。強ェやつと戦えそうで、願ってもないことだ」
火乃華はこともなげに言った。
[[すまない、サスガ。ボクの勝手な判断だ]]
「白竜、あなたは素直に謝れば許してもらえると思っているフシがあるわよね……」
師範さんの体から、冷たい空気が流れて来ているような気がして、燐は背すじがゾクッとした。
[[うう、すまない……]]
直刃が師範さんに向かって、静かに頭を下げた。
「母さん、すみませんでした。勝手に先走り、言いつけを破ってしまいました。それはわたしの判断でもあります」
師範さんが、優しく微笑んだ。
「いいのよ、直刃。いいパートナーが見つかったのなら、結果オーライよ。火乃華さん、直刃をよろしくお願いします」
そう言って、火乃華を見つめて深々と頭を下げた。
「おゥ、任せとけ」
火乃華が力強く答えたが、桐崎さんは静かに口を開いた。
「……待ってください」
火乃華と師範さんは、桐崎さんを見た。
「わたしは、こいつと組むつもりはありません。母さんのときと同じで、きっと足手まといになるだけです」
そう言う桐崎さんの声は、少しだけ震えているように感じた。
「足手まといだァ? ……ハッ、言ってくれるじゃねェか」
火乃華がゆっくりと立ち上がる。その瞳には、怒りというよりもむしろ、待ち望んでいたものを見つけたような熱が宿っていた。
「じゃァ、アタシと勝負しろ。アタシが足手まといかどうか、その体で確かめりゃいい」
「……やめろ。おまえじゃ相手にならない」
「やってみなきゃ分かんねェだろ!」
二人は道場の中央で対峙した。
火乃華は拳サポーターをつけた拳を構え、桐崎さんは竹刀すら持たず、ただ静かに立っている。
「おい、剣使わねェのか」
「……戦うまでもない」
火乃華が踏み込む。
素早く突進し、鋭い一撃を放つ。しかし、桐崎さんはわずかな半身の動きと手刀による捌きだけでそれをかわした。
打っても、蹴っても、桐崎さんの体には指一本触れられない。
水面に映る月を掴もうとするかのように、火乃華の攻撃はすべて空を切り、桐崎さんは呼吸一つ乱さず、ただ「いなす」ことに徹している。
火乃華の心に火がついたようだ。
「舐めてんじゃねェぞ……桐崎ィッ!」
火乃華は一度距離を取り、声を張り上げた。最大出力で、全身を震わせている。
「おらァァッ!」
火乃華が、目にも留まらぬ踏み込みで桐崎さんの懐へ。
その瞬間――。
桐崎さんの目つきが変わった。
火乃華の体が、弾き飛ばされた。
空気が震えるほどの鋭い衝撃音と共に、桐崎さんの掌底が火乃華の胸元に炸裂した。
ただの突きではない。相手の勢いを利用して、衝撃を一点に集中させた痛恨の一撃。
「がはッ……」
火乃華の体が、まるで大砲で撃たれたかのように後方へ吹き飛んだ。床の上を数メートル転がり、壁際でようやく止まった。
「ホノっち!」
燐が悲鳴を上げた。人間がこんなに吹き飛ぶのを、燐は初めて見た。それに、火乃華が負けるのも。
桐崎さんは、倒れている火乃華を見て顔を真っ青にした。
「大丈夫か!? ……くっ、だから言ったんだ! おまえとわたしでは……」
駆け寄って抱き上げようと腕を伸ばす桐崎さん。しかし、その手が止まった。
「……あはッ、ははははッ!」
倒れた状態から顔を上げながら、火乃華が笑っていた。口の端からは一筋の血が流れている。それでも火乃華の瞳は、かつてないほど輝いている。
「やっぱり……強ェじゃねェか。ははッ、今の、全然見えなかったぜ……!」
「おまえ……なんで笑って……」
「オメェ、手は出さないつもりだったんだろ。でも反撃せざるを得なかった。アタシの実力、わかったんじゃねェか」
火乃華は、震える脚でゆっくりと立ち上がった。
「なァ、桐崎。アタシがもっと強くなりゃ、オメェも遠慮なく打ち込めんだろ? アタシが、オメェの全力を受け止められるようになってやるよ」
桐崎さんは呆然と立ち尽くしていた。
「そんで、今度はアタシの全力をオメェに叩き込んでやる。だからよ、少し付き合ってくれや」
拒絶しても、吹き飛ばしても、火乃華の『炎』は消えるどころか、さらに激しく燃え盛る。
「……勝手にしろ、馬鹿め」
桐崎さんは、ふいと背を向けて火乃華から離れた。
「ホノっち、嬉しそう……」
燐は思わず口がニヤけた。あんな火乃華は初めて見た。そんな嬉しそうな火乃華を見て、燐は自分までワクワクしているのを感じた。
道場の隅で、白竜と師範さんがその光景を静かに見守っていた。
「いいコンビになりそうね」
師範さんの顔は晴れやかだった。
一息ついて、白竜が話を再開した。
[[さて、もう一つ重要なことがある]]
白竜の声が、少し重くなった。師範さんと桐崎さんもこれから話す内容を知っているようで、顔が曇った。
[[最近、この街で〈修繕者〉たちが何者かに襲われている]]
「襲われてる?」
火乃華の表情が引き締まった。
[[ああ。複数の〈修繕者〉が襲撃を受け、〈修繕者の原石〉――キミたちが変身のときに使うあの石を奪われている]]
「誰が襲ってるんだ?」
[[分からない。だが、相手も〈修繕者〉と同じような力を持っている。おそらく、我々の〈ツクロイの力〉を狙っているのだろう]]
「なんのために?」
[[それも不明だ。だが、危険なのは確かだ。キミたちも、十分に気をつけてほしい]]
燐は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
〈修繕者〉になったばかりの二人が、そんな危険な相手と戦うことになるかもしれない。
それが、とても怖かった。
「……分かった」
火乃華が、真剣な顔で頷いた。
「アタシらは、その〈ホコロビ〉ってのを直しながら、襲ってくるヤツがいたら、そいつもブッ飛ばす。それでいいんだな?」
「おまえというやつは……」
桐崎さんが、少し呆れたように言った。
「だがまあ……間違ってはいないな」
[[頼もしい限りだ]]
白竜が、満足そうに言った。
[[では、今日はこれで終わりにしよう。また〈ホコロビ〉が発生したら、ボクの方から連絡する]]
「おゥ」
「分かった」
こうして、二人の〈修繕者〉ペアが誕生した。
これから起こることに対する不安はあるが、火乃華の輝く瞳を見ていると、楽しいことのような気がしてくるから不思議だ。




