第三話 選ばれた戦士たち
「おまえら、何してるんだ……」
桐崎直刃さんが、学校から帰ってきた。部活が終わったのだろう。
浮動流剣術道場では、桐崎さんのお母さんである桐崎刺刀師範のもと、冴島火乃華と鈴林燐がお稽古体験をしていた。
師範さんは、無邪気な笑顔で桐崎さんを迎えあげた。
「直刃、おかえりー。お友達来てくれたよ」
「ただいま帰りました。いや、お友達じゃありません。どうしてここにいるんだ、おまえら」
桐崎さんは母親に向かって丁寧に帰宅の挨拶をした後、すぐに火乃華に向かって毒づいた。火乃華が気にする様子もなく、馴れ馴れしく挨拶をした。
「おっす、ジャマしてるぜ」
「ジャマするんじゃない。母さん、勝手に上げないでくださいよ」
「あら、ここはわたしの道場なんだから、誰を上げようとわたしの自由でしょう」
「くっ……」
師範さんに涼しい顔で正論で返され、言葉に詰まる桐崎さんはちょっと珍しい。いつもはクールだけど、母親には弱いのかもしれない。
「もし門下生になってくれたら、直刃の弟子になるかもしれないのよ」
「へー、桐崎さん師範代なの?」
「へェ。オメェの弟子になる気はないけど、手合わせできるなら門下生になろうかな」
「やめろ、虫唾が走る」
「ふふ、仲の良いお友達が出来たみたいで嬉しいわ」
「どうしてそう見えるんです!?」
桐崎さんは、終始母親に翻弄されている。可愛いとこあるじゃん、と燐は思った。いや、師範さんが強かすぎるのかな。
日も暮れかかり時間も遅くなってきたので、この日はお暇することになった。火乃華は不満そうだが、粘っても桐崎さんは勝負してくれそうにない。
「じゃあ、また来てくださいね。火乃華さん、燐さん」
師範さんは笑顔で見送ってくれたが、桐崎さんは顔を背けて一人で素振り稽古を続けていた。
「そうそう。火乃華さんに良いことを教えておきますね」
門から出ようとする火乃華を、師範さんが呼び止めた。
「危難は殺気のある相手だけではありませんよ。それに訓練次第で殺気は消すことも出来ます。上を目指すなら、知っておいて損はないと思いますよ」
そう言われた火乃華は、目を見開いて答えた。
「……なるほど。肝に銘じておく」
「直刃と、仲良くしてやってくださいね」
師範さんは嬉しそうに手を振った。
帰り道、燐は聞いてみた。
「ねえ、ホノっち。師範さんが言ったのって、何の話かな?」
「さァな……。でもやっぱり、あの人も相当強そうだ。桐崎が『水』なら……師範サンは『氷』だな。今度は、手合わせ頼んでみるか」
燐は、火乃華の目が輝いているのを見て嬉しくなった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽
火乃華と燐は、昨日に引き続きこの浮動流剣術道場に来ていた。
この日は稽古のある日だった。道場には桐崎さん以外に高校生以上はいないらしく、珍しがって小学生や中学生の練習生たちが火乃華の周りに集まっている。
「バンチョーねーちゃん、オレと勝負しろー!」
「ダメだよ! あたしがしゃていになるんだから!」
「おいおい、十年はえーぞオメェたち」
火乃華がカラカラ笑いながら頭を撫でると、みんな嬉しそうにした。火乃華には妹がいるからか、年下にやたらと懐かれるのだ。ちなみに、『番長』というのは燐が勝手にそう紹介したら、定着してしまい火乃華に怒られた。
燐は道場の端っこに正座して、見学していた。燐は背が低いため、小学生にも完全に舐められていた。さっきは竹刀を持って構えてみたところ、それだけで『下手くそ』と笑われてしまった。師範さんが笑顔で嗜めると、すぐに謝ってくれたけど。すごい怖がってたな、あの子……。
「おまえら、また来たのか……」
部活から帰ってきた桐崎さんが、道場の入り口でため息をついた。それでも、しっかり一礼してから足を踏み入れるのはさすがだ。
師範さんは、楽しそうに桐崎さんを迎えた。
「直刃、おかえりー。火乃華さんたち、今日も来てくれたわよ」
「ただいま帰りました。……はぁ。もう好きにしてください」
桐崎さんは母親に向かって諦めたように呟いた。
「おっす、桐崎」
火乃華が軽いノリで挨拶をする。
「……」
桐崎さんは、一瞥だけして何も言わなかった。
受け入れてくれたわけではないが、反発することもしない。そんな感じだ。
桐崎さんが道場生に指示している間、師範さんが見学している燐にお茶を持ってきてくれた。
「火乃華さん、本当にいい子ね。練習生たちも楽しそうだわ」
「あの、月謝とか払わなくていいんですか?」
燐は、お茶にお礼を言ってから少し気になっていたことを聞いてみた。
「お試し期間ということで、今はいいですよ。それに――」
師範さんが、火乃華を見つめた。
「火乃華さんには、才能があるの。だから、わたしの方から頼んで来てもらいたいくらい」
「才能、ですか?」
「ええ。体の使い方、反応速度、そして何より――覚悟」
師範さんが、意味深に微笑んだ。
「もしかしたら、それが一番大切かもしれません」
「……?」
燐にはよく分からなかったが、師範さんは何か特別なものを火乃華の中に見ているようだった。火乃華のことを認めてもらえるのは、燐にとっても自分のことのように嬉しかった。
道場生を教えていた桐崎さんがチラリと火乃華を見たが、すぐに視線を外して稽古に戻った。
(桐崎さんは、ホノっちのことどう思ってるのかな? 前ほど拒絶はしてないみたいだけど……)
▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽
何日か、そんな日が続いたある日のこと。
授業を終えて、火乃華と燐は道場に向かおうと学校を出た。するとバス停で、桐崎さんが先に待っているのを見つけた。
「あ、桐崎さんだー」
「……」
桐崎さんは、軽く会釈だけして顔を背けた。
「おゥ桐崎、道場だろ? 一緒に行こうぜ」
火乃華が声をかけた。
「……勝手にしろ」
拒否はされなかったので、火乃華たちは、桐崎さんの後ろに着いてバスに乗り込んだ。
「今日は部活はいいのか?」
火乃華が尋ねた。
「おまえには関係ない。母から大事な話があると言われている」
桐崎さんは、そう答えただけでそれ以上は何も言わなかった。
百舌町でバスを降り、住宅街を抜けて坂を上る。森に入れば道場までもう少しだ。
その時――。
桐崎さんが立ち止まった。その顔は緊張し、冷や汗を滲ませている。
「どうした? ……ん?」
火乃華が尋ねた瞬間、どこかで地鳴りのような低音が響いた。燐は最初は地震かと思ったが、地面ではなく空気が揺れているような感覚を覚えた。
「まさか……こんなときに……」
桐崎さんが何かを言いかけた時、それは起こった。
空間に亀裂が走った。
「え……?」
燐は目を疑った。上空、四~五メートルくらいだろうか。森の木の枝から少し離れた何もない空中に、ガラスが割れたようなヒビが入っている。クモの巣とか、そんなものじゃない。
そこから、灰色のモヤが湧き出してきた。煙のようにも見えるが、もっと濃くて広がり方も不自然だ。
モヤが触手のように伸び出し、触れた木の枝が崩れた。
触れたところから、灰色の物質に変わってサラサラと飛散していく。
「なんだ、こりゃァ?!」
「なに、これぇぇっ!」
火乃華と燐が、思わず声を上げた。見上げながら、燐は足が震えた。何か分からないが、本能的に危険を感じる。
「逃げるぞ!」
桐崎さんが叫び、道場のある方向に向かって走り出した。燐と火乃華も、慌てて後を追う。
「桐崎、あれ何なンだ!?」
「今は説明している場合じゃない! とにかく触れるな! そうだ、母さんに連絡を……!」
桐崎さんがバッグからスマホを取り出そうとしたが、焦りのためか手から滑り落ちてしまった。
「しまった!」
拾おうと、戻って屈んだ桐崎さんに、灰色の触手が襲いかかった。
「危ねェ!」
火乃華が飛び出し、桐崎さんを突き飛ばした。
そして触手の前に立ちはだかる。
「ホノっち!」
触手が、火乃華の腕に触れた。
「ぐあああっ!」
火乃華の腕が、黒く侵食されていく。
灰色の物質が、皮膚を這うように広がる。
「おい!」
桐崎さんが、叫んだ。
「馬鹿な、どうして庇った!?」
「うるせェ……!」
膝をついた火乃華が、苦痛に顔を歪めながらも桐崎さんを見上げた。
「オメェがケガしたら……アタシと戦えねェだろ……!」
「……!」
桐崎さんの目が、見開かれた。
その時、突然青白い光が現れた。直径五十センチくらいの光の玉が、ふわりと近づいてきて桐崎さんの目の前に止まった。
再び現れた謎の存在に、燐は理解が追いつかない。
光の中には、小さな……ドラゴン!?
全体的に白っぽい色で、目は深く吸い込まれるような濃紺色。角や翼、胴体に青い模様がついている。ぬいぐるみくらいの大きさだがちゃんとした生き物のようだった。
「白竜!」
桐崎さんが、その名を呼んだ。この存在を知っているんだろうか。燐には、もう何が何だか分からなかった。
[[スグハ、これを使え]]
頭の中に、声が響いた。ドラゴンが発した声?のようだ。
[[サスガには悪いが、仕方ない。緊急事態だ]]
ドラゴンが持っている青く透き通る水晶玉から、光る石が浮き出てきて桐崎さんの手に渡った。
「……分かった」
桐崎さんが、覚悟を決めた表情で石を握りしめる。
石が光を発する塊になり、形を変えた。桐崎さんの手の中で伸びて、それは一本の棒に……いや、刀になった。
刀から、光が表面を覆って桐崎さんの手、腕を伝い、全身に広がる。
桐崎さんを包み込んだ光が収まると、そこには――。
一言でいえば、剣客姿の桐崎さんがいた。
腰には刀を携え、脇差もさしている。ポニーテールに、刀の鍔のような飾りがついている。
着物をたすき掛けにして、肩には家紋のような紋様。袴の下には足袋を履いている。
「桐崎さん……?」
燐は呆然と呟いた。
「桐崎、オメェそれ……」
痛みで朦朧としながら、火乃華も疑問を口にする。
「白竜、こいつを頼む」
桐崎さんは負傷した火乃華をドラゴンに任せて、刀を抜いた。刀身が淡く輝きを帯びているように見える。
刀を脇構えにしたまま、灰色のモヤに向かって走った。
「ふっ!」
一閃。
上空にいた灰色のモヤが、飛び上がった桐崎さんに斬り上げられて真っ二つになった。
と言っても、燐には飛び立つ瞬間は見えなかった。気がついたら桐崎さんが上空にいて、左右に分かれたそれが粉々に霧散していくのが見えただけだった。
しかし、モヤはもう一体残っていた。それは燐のいるところに近づいてくる。
「ちょ、ちょっとヤダーッ!」
燐は慌てて走ったが、足がもつれて転んでしまった。
(ヤバい、逃げなきゃ……!)
起きあがろうとしたが、灰色のモヤが迫ってくる。
「くっ、もう一体いたか!」
桐崎さんが、向き直ろうとしたその時。
桐崎さんの刀に嵌め込まれていた光る石が、強く輝き始めた。
「何だ……っ!?」
石から、もう一つの石が生まれた。
それは宙に浮き、素早く飛び立った。その方向には――火乃華がいた。
腕の痛みで俯いている火乃華の手に、吸い込まれるように収まった。
「何だ、これ……?」
火乃華が、苦しそうに戸惑いながら石を見つめた。
[[その石を握れ]]
ドラゴンの声が響いた。
[[キミに資格が認められたようだ]]
「資格って……クソッ、何が何だか分からねェけど……!」
火乃華が、石を強く握りしめた。
光が火乃華を包み込んだ。
その光が収まった時、そこには新たな戦士がいた。
「あ、アタシも変わっちまったぞ……?」
火乃華が自分の姿を見下ろした。
髪はいつも以上に逆立ち、赤いメッシュが入っている。
拳には、頑丈そうなナックルグローブ。上半身はベアトップの上に短いジャケット。ゆったりしたスウェットパンツにファイヤーパターンの柄がついている。靴はゴツいスニーカーだ。
灰色のモヤの触手が伸び、燐に襲いかかった。
「うわあーっ!」
「おらァッ!」
いつの間にか、燐とモヤモヤの間に来ていた火乃華の裏拳が、触手を弾き飛ばした。
さらに火乃華は突進して、本体に向かって拳を叩き込む。
「燐に何してやがんだコラァ!」
連続で繰り出される拳が、モヤをどんどん飛散させていく。
「はあッ!」
最後の一撃で、モヤは完全に消えた。
火乃華が、息をつきながら拳を見つめた。
「何かすげェな?」
[[素晴らしい……]]
ドラゴンが、感嘆の声を上げた。
[[初めて相対する〈ハザマの存在〉をいとも容易く倒すとは……]]
桐崎さんが、驚いた顔で火乃華を見ていた。
「まさか……わたしがおまえと……」
その言葉には、驚きと複雑な思いが含まれているような気がした。
ドラゴンが火乃華に近づいた。
[[腕を見せてくれ]]
「おゥ……」
黒く侵食されていた部分は、まだ残っている。
[[今、治療する]]
ドラゴンが持つ水晶玉が輝きを放ち、青白い光が火乃華の腕を包んだ。
「すまない、わたしのせいだ」
桐崎さんが、心配そうに近づく。
「いんだよ、んなことは」
光に包まれた火乃華の腕が、だんだん元に戻っていく。
「なァ、桐崎」
「……何だ?」
「何なんだ? このドラゴンは? あのモヤモヤは? アタシやオメェの変身は? 何が起こってるんだ?」
「……」
桐崎さんが、少し考えた後答えた。
「母のところに行こう。全部、そこで説明する」
「……分かった」
ドラゴンの治療が終わった。火乃華が腕を確認すると、完全に元通りになっていた。
桐崎さんが、安堵の息を吐いた。
変身が解けて、二人とも普通の姿に戻った。
「んじゃ、行ッか」
二人が道場に向かって歩き出したので、燐も慌てて後を追った。
燐も頭の中は混乱していた。でも、一つだけ分かっていること。
それは、火乃華と桐崎さんが何か特別な力を手に入れたということ。そして、これから大変なことになっていくんだろうな、という予感だ。




