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第二話 剣客少女・桐崎直刃

「なァおい。おいったらよー」

 冴島(さえじま)火乃華(ほのか)が、前を歩く桐崎(きりさき)直刃(すぐは)さんに声を掛けている。(りん)はその様子を見ながら、すぐ後ろをついて歩いている。

 昨日、火乃華がバスで見かけた『面白いヤツ』の正体が彼女だったことが分かり、興味を持っているようだ。

 桐崎さんは完全に無視を決め込んで、帰るために校門へ向かっていた。歩くのに合わせて、腰まで届く長いポニーテールがリズミカルに左右に揺れている。


 ――剣道部エースとの試合を終えた後。

 火乃華と燐は、桐崎さんの名前を聞いた後、剣道部を見学することにした。


 ちなみにエースさんはそのまま早退してしまったが、明日以降は真面目に練習に出ると約束してくれたようだ。火乃華と再戦するためにも、しっかりと鍛錬を積みたいとのことである。

「良い流れじゃねェか。いつかリターンマッチがあることは決まったわけだ」

 燐は、入学以来久しぶりに火乃華の嬉しそうな顔を見た。


 火乃華と燐の見学中、桐崎さんは黙々と練習していた。

 その様子は、燐が見ても特筆すべき点はなく他の部員と変わらないように見えたが、火乃華はじっくり見入っていた。『強さがよく見えない』と言っていたのはそういうことなんだろう。


 部活が終わり、火乃華が桐崎さんに話しかけた。

「アンタ昨日、バスで痴漢を捕まえてたよな?」

「知りません」

「なんでウソつくんだよ。アタシも同じバスにいたんだよ」

「人違いです」

「……まァいいや。アタシと手合わせしてくれよ」

「しません」

 けんもほろろである。桐崎さんはそれ以上答えることもなく帰り支度を進めていた。火乃華と燐は、そのまま帰る桐崎さんに着いてきたというわけだ。


 ――そして、今に至る。

 バスでもしつこく話しかける火乃華だが、桐崎さんは無言である。どちらも頑固だ。


 バスが停まった。桐崎さんの降りるところだったらしく、出口に向かう前に振り向き言った。

「わたしはおまえがキライだ。自分を誇示するような力の使い方をするおまえが」

「……じゃあ、アンタの力は何のためにあるんだ?」

「言う必要はない」

 ピシャリ、という音が聞こえたような気がした。それはバスの乗降口が閉じる音ではなかったはずだ。

「ホノっち、フラれちゃったね~」

「おもしれェ。何が何でもアイツと戦ってみたくなったぜ」

 火乃華が構えば構うほど桐崎さんは冷めてるようにみえたけど、やる気を出してくれたみたいでよかったかな、と燐は思った。


 ――翌日。

 昨日に引き続き、火乃華は桐崎さんに付きまとった。クラスは違うので、休み時間になると真っ先に桐崎さんのクラスに向かい、

「桐崎ィ~」

「おーい桐崎」

「昼はどうすんだ?」

「今日ヒマか?」

 などと話しかけている。桐崎さんは、無言を貫いている。

 火乃華は見た目こそコワいが、気の良い性格で周りに迷惑をかけるタイプではないことは入学してからの数週間でみんな知っていた。

 そんな火乃華にいきなり目をつけられ、心配というよりも『桐崎直刃って何者?』という空気が形成されつつあった。


 昼休みになると、桐崎さんは話しかけてきた火乃華を人の少ない校舎裏に連れ出したので、燐もついて行った。

 桐崎さんは睨みを効かせて静かに言った。

「いい加減にしろ。わたしは目立ちたくないんだ。人目を引くおまえが話しかけてくると、迷惑だ」

「やっと返事してくれたな」

 火乃華はただ嬉しそうにしていた。(こた)えない様子を見て、呆れ返った桐崎さんは燐に向かって頼み込んだ。

「こいつ、きみなら何とかできないか?」

「ムリ。桐崎さん、気に入られてるよ」

「嬉しくない」

「アタシと勝負してくれよ」

「勝負したとして、わたしが勝ったら諦めるのか? どうせ何度も逆襲しにくるんだろう。だったら相手するわたしが損をするだけだ」

 火乃華が負けるところは見たことがないけど、たぶんそうするだろう。桐崎さん、分かってるなーと燐は思った。

「おいおい、勝てるつもりなのか? ずいぶんな自信だな」

「挑発のつもりか? その手には乗らん。とにかくわたしに付きまとうのをやめろ」

 桐崎さんが振り返り戻ろうとしたとき、叫び声が聞こえた。

「冴島ァ!」

 ガラの悪そうな生徒が五人ほどやってきた。その中の一人が叫んだらしい。燐には見覚えがあった。入学式の日に火乃華に突っかかり、ノックアウトされた金髪の男子生徒だった。

「この前はよくもやってくれたな。覚悟しやがれ!」

「なんだァ……? 誰だオメェら」

 火乃華は覚えていないようで、まるで不審者を見るような目だ。

「……くそっ、ナメやがって! お前ら行け!」

 金髪はリーダー格らしく、部下らしき四人がまず飛び出した。武器こそ持ってはいないものの、既に戦闘態勢のようだ。火乃華と桐崎さんの二人に向かって襲いかかった。

「くっ、やはりおまえに関わっても碌なことがない。わたしを巻き込むんじゃない」

 燐はというと、五人が現れて嫌な予感がした瞬間に早々に近くの柱の陰に隠れていた。武闘派じゃないので、いつもこうやって危機を逃れて来たのである。


 一人の男子生徒が、火乃華に殴りかかってきた。

 彼女は上半身を反らしてそれを難なく躱した。カウンターで頭突きを食らわせると相手は校舎の壁に激突し、ずるりと崩れ落ちた。

 続けて襲いかかるもう一人の攻撃をいなしながら、火乃華は隣の桐崎さんを横目で観察している。

 二人同時に殴りかかってきた相手に対して、桐崎さんは足さばきを使い見事に躱している。上半身にブレがない。

 そして当たらない攻撃を繰り出すことで焦りと怒りと疲れを感じて雑然としてきた二人の足を払い、転ばせてしまった。

 その隙に桐崎さんは、これ以上関わりたくないと言わんばかりに走り去った。

「あっ、待てよ桐崎!」

 火乃華は、桐崎さんの方を見たまま相手の顎に裏拳を当てて追いかけた。

 脳を揺さぶられたその相手は、糸の切れた操り人形のように膝をつき、お尻、背中までゆっくりと倒れ込んだ。頭は床に打ってなさそうである。

 一人残されたリーダー格の金髪は、二人が去っていくのをわなわなと震えながら見ていた。

「ふ……ふざけんじゃねぇ~!」

 燐は、その様子を柱の陰から見ながら思った。

(あたしも戻りたいんだから、お前も早くどっか行け~)


 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「どーすんの? 桐崎さん、付きまとっても勝負はしてくれそうにないよね」

 放課後、部活の時間になったが火乃華は教室から出ず、考え込んでいた。

「昼に見たアイツの身のこなし、やっぱりタダ者じゃねェぞ。戦ってみてェな」

「そんなホノっちに、良い情報があるんだ~」

「何だ?」

「桐崎さん、家が剣術道場やってるんだって。えーっと名前は『浮動流剣術道場』。さっきスマホで調べてみたけど、場所は(おおとり)市内の百舌(もず)町」

「なんだ、アタシらの住んでる雲雀(ひばり)町のお隣さんじゃねェか。よーし、今日寄ってみるか」

 そういえば、昨日桐崎さんが降りたバス停は百舌町だった。あそこで降りればいいんだ。


 剣術道場に着いた。住宅街から少し奥まって、坂を登った先に山を切り開いて建てたであろう和風の道場だった。周りは木に囲まれ、防音の効果がありそうだ。外観から判断するに、内部の広さは剣道の試合場がふたつ分くらいは入りそうだ。表には木製の両引き戸。そして『浮動流剣術道場』と書かれた看板が掲げられている。

 桐崎さんは部活中だから当然いないけど、道場を見学することにした。

「こんにちはーっ」

 燐は道場の戸を軽く叩き、挨拶をした。

 火乃華もさすがに道場破りの真似事はしないだろうけど、この場は燐が応対するのが良いと判断した。

「はいはい、こんにちは」

 引き戸が開かれ、出てきたのは袴姿の女性剣士だった。髪こそショートだが、どう見ても桐崎さんそっくりだ。お姉さんだろうか。

「道場の見学をさせてもらいたいんですけど、いいでしょうか?」

 燐が尋ねると、

「その制服、もしかして直刃(すぐは)のお友達? 娘がお世話になってます~」

「あ、お母様でしたか。お若いのでお姉様かと……」

「やだわぁ、そんなこと言って~」

 見た目はそっくりだが中身はかなり違うようだ。とても社交的で人懐っこい、可愛らしいお母様だ。

「でも今日は水曜日だからお休みなんですよ。火曜、木曜、土曜がお稽古の日です。教え子は少ないんですけどね。せっかくだから、少し見ていく?」

 道場に入ると、木の香りが鼻をついた。剣道場特有のカビ臭さ?汗臭さ?のようなものは感じられなかった。全体的に和の装いではあるが、ザ・剣道場のイメージのような神棚が祀られていたり床の間に掛け軸があったりすることはなく、キレイな床板のほかはシンプルなものであった。

「遅れましたが、自己紹介しておきます。わたしは浮動流剣術師範、桐崎(きりさき)刺刀(さすが)といいます」

 火乃華と燐も名乗ると、師範さんは話を続けた。

「間違われやすいんだけど、うちは『剣道』を教えているわけじゃなくて、『剣術』道場なんです。だから剣道連盟とは無関係だし、段位も形式的なもので正式なものじゃありません」

「へェ、どうして?」

 火乃華が尋ねた。

「うちは歴史だけは結構長くて、代々剣術でやってるから先代だか先々代だかも『剣道』へのお誘いがあったんだけど、断ったの。今はわたしが師範だけど、教え子たちには体を動かす楽しさと、上達することの大切さを知ってもらうことを目的にやっています。もちろん、『道』じゃないからと言って礼儀をおろそかにしているわけではないですよ。……さて、お話ばかりもなんですから、少し実践してみますか?」

「おゥ、楽しそうだな」

「やってみたーい!」


 道場の一角に、不思議な場所があった。

 三メートル四方のスペースに、天井(五メートルくらいの高さ)からウレタン製の柔らかいボールが紐でぶら下がっている。全部で十個くらいだろうか。紐の長さは様々で、ボールが頭の高さになるものから腰の高さになるものまである。

 そして、中央の床に粘着テープでバッテン印が付いている。

「これは教え子たちにも人気の稽古です。印のところに立つと、紐で吊るされたボールで囲まれた状態になります」

 師範さんが、そこに立って竹刀を構えた。そして、自分で合図を出した。


「始めっ!」


 バシッ! バシバシッ!


 四方八方にあるボールを、順に竹刀で弾いていく。

 すべてを弾くと、最初に弾いたボールが振り子のように戻って来る。

 それをさらに竹刀で弾く。次が戻ってくる。弾く。次。弾く。

 紐の長さの違いや弾く強さ、ボール同士の衝突によってボールの動きはどんどん乱雑になる。

 しかし師範さんは、ミスすることなくすべてを弾き返していく。

「自分の体に当たってしまうとミスです。ミスするまでやるか、時間を決めて最後までミスしないように弾き続けます。始めは数を少なくして、慣れてきたら増やしていきます」

 涼しい顔のまま、師範さんは説明している。その間、顔はずっと話しかけている燐たちの方を向いていて、一つ一つのボールの方を見もしない。

「はい、一分」

 そう言うと師範さんは、竹刀でボールの勢いを殺して一つずつ順に静止させていった。

 なにげに、それが一番スゴイんじゃないかと燐は思った。

「昨日の、飛んできた竹刀を見ないで受け止めたワザだな」

 火乃華が、燐にだけ聞こえるくらいの声で言った。そして師範さんには、

「桐崎……直刃(すぐは)サンも、これ得意なの?」

 と訊いた。

「ええ。直刃は、目隠ししたままでもできるんですよ」

「見ないでできるんですか!?」

 燐はつい驚いて大きな声を出してしまった。

 師範さんは娘の自慢話なので、少し嬉しそうだ。


 まずは火乃華がやってみることにした。最初なのでボールは五個に減らした。

 武器を使ったことがほとんどないため、竹刀の持ち方が様になっていない。

「では、始め!」

 師範さんの合図で一分のタイマースタート。

「ふッ!」

 五個のボールを弾き、戻って来るボールをさらに弾き返す。

 師範さんと違って目で追っているので、ボールの数は少ないのに(せわ)しなく見える。

 師範さんほど動きが洗練されていないということだろう。

 三十秒ほど続いたが、最後は後ろから来るボールが肩にぶつかってしまった。


「ふうッ……。難しいモンだな。五人以上を相手したことはあるんだけど、殺気がこもってない攻撃は察知できねェ」

「上手いですよ。初めてでこれなら、練習すればどんどん上達すると思います」

 師範さんは褒めてくれている。やっぱり火乃華にはその手のセンスがあるんだろうと、燐も嬉しく思った。


 次は燐が挑戦した。運動の類いは苦手なため、ボールは三個にしてもらった。もちろん火乃華以上に竹刀を持つのは慣れていない。

「始めっ!」

 師範さんの合図でまず正面のボールを叩く。

 そして横にある次のボールを叩く……ことができない! 照準が合わず竹刀が上手く当たらない。何度かの空振りの後、やっと当たったと思ったら、最初に打ち出して戻ってきたボールが燐の側頭部にポコンと当たった。

「そこまで」

 師範さんの無情な声。最低記録を更新した。

「アッハッハッハッ、いいぞ燐。ナイスナイス」

 爆笑しながら燐を褒めてくれる火乃華。

「練習すれば、燐さんもきっと上手くなりますよ。火乃華さんが上手すぎるんです」

 微笑みながらフォローしてくれるのは師範さん。

「いやぁ、あたしはこの手のセンスはからっきしでして……」

「ところで師範サン、質問なんだけど」

「何でしょう」

「これって何を想定した訓練なんだ? 明らかに対人戦じゃない。動物? 虫? いや、もっと……」


 そのとき、ガララッと引き戸の開く音がした。

「おまえら、何してるんだ……」

 道場の入り口には、引きつった顔の桐崎直刃さんがいた。


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