第一章二話『理論は正しい』
にゃーん
魔法使いが気絶して数分がたった。
チンピラたちは逃げて行ったようだった。
魔法使いは一切起きる気配はない。
放置するわけにもいかないから起きるまで待つことにした。
一時間ほど経った頃、倒れていた魔法使いの指先が、ぴくりと動いた。
「……ん……?」
小さく、かすれた声。
それから少し遅れて、まぶたがゆっくりと開く。
淡い金色の髪が石畳に広がり、白を基調としたローブはあちこち煤で汚れている。見た目は清楚で、どこか品のある雰囲気なのに、状況だけが壊滅的だった。
「……あれ? 私……魔術式、どこで……」
上体を起こそうとして、ぐらりと体が揺れる。
「あ、ちょ、待って! 無理しないほうがいいよ」
思わず声をかけると、魔法使いはびくっと肩を震わせ、こちらを見た。
その瞬間、彼女の視線が私の猫耳で止まる。
「……ね、猫……?」
「人だよ。多分」
一瞬の沈黙。
「……あ、えっと……助けて、もらいましたか……?」
おずおずとした声。
目ははっきり理知的なのに、状況把握が追いついていない感じがありありと伝わってくる。
「うん。気絶してたから、チンピラも逃げたし」
そう言うと、彼女はほっと息を吐いた。
「よかった……また街を半壊させたかと……」
また、という言葉に若干引っかかりつつ、彼女はゆっくりと立ち上がる。ふらつきはするが、姿勢は妙に綺麗だった。
「申し遅れました。私、王立魔術院所属のリリア・ルーシュです。一応、魔法使いです」
一応、に妙な重みがある。
「……あの、さっきの爆発って」
「失敗です」
即答だった。
「第三展開式を簡略化して魔力消費を抑えようとしたんですが、私の魔力量だと位相が安定せず……結果、ああなりました」
そう言って、黒焦げの壁をちらりと見る。
説明はやたら理路整然としているのに、内容が完全にやらかし報告なのが不思議だった。
「理論上は完璧なんです。本当に」
念押しするように言われて、思わず苦笑する。
「……ポンコツ魔法使いって呼ばれてる人?」
その言葉を出した瞬間、彼女はぴたりと動きを止めた。
数秒、沈黙。
それから、ほんの少しだけ困ったように笑う。
「……ええ。否定は、できませんね」
でも、その目はどこか悔しそうで、同時に諦めていない色をしていた。
私はその表情を見て、なぜか直感的に思った。
――この人、ただの失敗役じゃない。
そんな気が、はっきりとした音を立てて胸の奥に残った。




