第1話 目覚め
「気がつきましたか、美紀さん。」
うっすらと目を開けた美紀に士郎が静かに声をかける。
「(美紀?…体が…うまく動かないわ)」
「あぁ、無理にしゃべろうとしなくて大丈夫ですよ。意識が戻って本当に良かった。」
ゆっくりと目だけを動かしてここが何処かを確認する。白い天井、消毒液の匂い。ここは病室のようだ。頭がガンガンと痛む。まるで何かに打ち付けられたような衝撃があった感じがする。何があったんだっけ。
「君たちは事故に遭ったんだ。」
傍らに立つ士郎が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。士郎はワタシの夫で脳外科医だ。結婚して三年になるが、最近は夫婦らしい会話もめっきり減ってしまっていた。
「君たちの乗っていた車は病院の駐車場のフェンスを突き破って海に転落してしまい、たまたま休憩中でそれを見ていた僕が駆けつけて何とか二人を車の外へ出せたんだけど…。」
士郎の声がそこで詰まる。
「…二人共、頭に強い衝撃を受けていて開頭手術が必要だった…。」
あぁ、それで頭が少しスースーするのね。仕方ないわよね、命には変えられないもの。髪の毛はまた生えてくるだろうし、そんなに気にしなくて大丈夫よ…って、それにしては士郎があまりにも沈痛すぎる感じなんだけど。夫婦仲が微妙だったとはいえ、自分の妻がこんなことになって気持ちに変化があったってことなのかしら。
「君は意識を取り戻したけど…真紀は多分もうダメだ…。」
は?
ちょっと待って。
どういうことかしら。
真紀がもうダメって、死んじゃうってこと?
え?真紀が!?死んじゃう!?
あれ?そう言えば、さっきワタシに美紀って呼びかけてたわよね?
え??ワタシは真紀じゃないの!?
ワタシはいつから双子の妹の美紀になったのかしら。ってそんなわけないじゃない。
ワタシは真紀よ。
でも、ワタシが真紀なら美紀はどうなっちゃったのかしら。
真紀と美紀は双子の姉妹だ。
当然のように姿かたちはそっくりで、髪型や洋服なども敢えて同じにしていたから、幼稚園、小学校、中学校、高校の友人でも見分けがつかないどころか、父ですらよく間違えていたものだ。
大学に入ってようやくそれぞれの生活環境に違いが出てきたこともあり、父はようやく真紀と美紀を間違えなくなっていたが、そんな父も二年前にあっさりと死んじゃったわ。心筋梗塞だったらしいわ。それなりに高齢だったし、若い時からの不摂生もたたったのかもしれないわね。
父は四十七歳の時に女子大生に手を出して妊娠させるとちゃんと責任を取って直ぐに籍を入れたそうだ。その女子大生がもちろん真紀と美紀の母親なのだが、当然母の両親とはひと悶着あったらしい。ま、ここでその全てを語る必要はないわよね。
母は…って思い出話に耽っている場合じゃないわ。
士郎は真紀のことを美紀って呼んで、真紀はもうダメだと言った。
このカラダは美紀のものってことなのかしら。
確かめようにもカラダの自由がきかなくて目に映る範囲のものでは判断しようがないわ。
本当に美紀のカラダだとすると意識は真紀だっていうのはおかしいわよね。
SFとかじゃあるまいし、真紀と美紀の意識が入れ替わったなんてことはあり得ないんだけど、実際にこうなってるわけだし…。
事故の後遺症かなんかで記憶が混濁していて、ワタシは美紀なんだけど真紀だと思い込んでる…っていうのも違う気がするわ。
ワタシは真紀よ。これは間違いない…はず。
だって、美紀に対する怒りがワタシの中に根強く残ってるんだもの。
美紀は小さい頃から真紀のモノを何でも欲しがった。双子だから同じものを好きになるのはしょうがないって思うけど、美紀はそれだけじゃなかった。
美紀は真紀の好きになる男の子をいつも奪おうとした。真紀の振りをして近づいて「〇〇くんにキスされちゃったぁ~」なんて言ってくるのはしょっちゅうだった。キスくらいで済んでるうちは可愛い方だったわね。「〇〇くん、美紀のカラダの方が好きなんだって、ごめんね」って言われた時には唖然としたもの。どうせ美紀が真紀の振りして肉体関係を迫っただけでしょ。…だって、〇〇くんとは一回もエッチしてなかったもの。もっと過激なこともあったけど、その話はできればしたくないわ。なんにせよ、こんな感じでずっと美紀には彼氏を奪われまくってきたわ。
そう、士郎も。




