【第7話 白狐、月下に吠ゆ】
夜の第三封域に、異様な気配が満ちていた。
月が雲間から覗くとき、千歳の背で白狐の尾が膨れ上がり、うなりを上げる。
「……何か来る」
或は即座に結界を展開し、千歳を背後に庇った。
「下がっていろ。今回は……少し危険だ」
空気が歪み、闇の中から黒衣の男が再び現れた。
その手には、血で濡れた封符。
「君の“呪の核”、今宵こそいただく」
千歳は叫んだ。
「やめて! 先生を——或を傷つけないで!」
その瞬間、白狐の霊核が共鳴する。
千歳の叫びとともに、無数の光が第三封域の空に舞った。
「彼女の式神が、暴走しかけている……?」
黒衣の男は一歩退き、或の手に宿る光を見つめた。
それは古き陰陽師だけが使う、失われた“月読の呪”だった。
「……ああ、思い出したぞ。君は、あの夜の子か」
意味深な言葉を残し、黒衣は再び霧の中に姿を消した。
戦いは、回避された。
だがその夜、千歳は強く実感する。
自分はもう、ただの生徒ではいられない。
月明かりの下で、或はぽつりとつぶやいた。
「君の“叫び”が、式神を強化した。……君には、想像以上の素質がある」
千歳は頬を染めながら、そっと目を伏せた。
「先生が傷つくくらいなら……私が戦います」
その決意は、もはや生徒のそれではなかった。