【第5話 白狐の夢、黒衣の影】
夜が明けても、千歳の中で何かが変わっていた。
体の奥に熱を感じ、視界の端には白く尾を揺らす影がちらつく。
それは、或との契約によって宿された式神の気配だった。
「もう……一人じゃない」
自室の鏡に映る自分の姿が、少しだけ大人びて見えた。
だが、登校したその朝。
第三封域の門前で、異様な気配が千歳を包んだ。
「……この匂い、血?」
結界の内側に、黒い衣をまとった人物が立っていた。
顔は隠され、手には錆びた数珠。
「名を捧げし器よ。次の“封”を渡してもらおうか」
声は低く、どこか或に似ていた。
だが、その存在はまるで違う。
「あなたは誰?」
「君が“誰かの名”を呼んだ瞬間から、私は目覚めた」
それは或の“兄弟子”を名乗る者、かつて呪術の禁忌に触れ封じられた男だった。
「或を縛る鎖が、君の中にある。……私にはそれが必要だ」
敵か、あるいは過去の遺恨か。
千歳は呪符を構えたが、黒衣の男はすでに姿を消していた。
そして、或の言葉が思い出される。
——「君はまだ、何も知らないな」
本当に知らなかったのは、或の過去か、自分の血か。
あるいはその両方か。
だが今、千歳の背には白狐の影が宿る。
決して逃げることはできない——そう、心に刻まれていた。