【第2話 血の封印、綻ぶ】
その夜、千歳は熱にうなされていた。
夢とも現ともつかない感覚の中で、遠い声が響く。
——“君は、器として選ばれた”
——“彼に与えることで、君は失う”
目を覚ますと、額には冷たい布。
そっと手を伸ばすと、或がそこにいた。
「……先生、ずっとここに?」
「放っておけるはずがないだろう。君の“鍵”が暴走しかけていた」
或は静かに語る。
「神尾の家系は、かつて“式神封印”を代々担っていた。君にはその血が流れている」
「だから、私が器に……?」
「君には霊力の“器”としての構造が刻まれている。そして、私——“或”という存在は、
君の力を受けることでしか、この現世にとどまれない」
千歳は目を見開く。
「じゃあ、私が先生を助けたことは……」
「“契約”だ。無意識のうちに、君は名を与え、私をこの場に留めた」
静かに、或の指が彼女の髪に触れる。
優しく梳かれる感触に、思わず身体が熱を帯びる。
「……もし、君がそれを拒むなら、私は今ここで消える」
その言葉に、千歳は即座に首を振った。
「嫌です、先生……いなくならないで」
その瞬間。
部屋の結界が裂ける音が響いた。
黒い靄が押し寄せ、闇の中から現れたのは、異形の影。
「また来たか……“襲名鬼”」
或の顔が鋭くなる。
千歳は咄嗟に術符を構えたが、手が震える。
或が静かに彼女の耳元で囁く。
「落ち着け、君ならできる。君は、神尾の娘だ」
その言葉が、千歳の中に灯をともした。
——私が、やらなきゃ。
千歳の符が輝き、封じの文字が空を舞う。
襲名鬼が苦悶の声を上げ、霧へと散る。
だが、その刹那。
千歳の背に、激痛が走った。
振り向いたとき、或の手が彼女の額に触れ、何かを吸い上げていた。
「……先生?」
「……すまない、少しだけ、君の力を借りた」
頬が熱を持ち、胸が高鳴る。
その瞬間、千歳はようやく気づいた。
——自分が、彼に、惹かれていることに。