未来視の姫 ~SUHIDININOKAMI~
雷撃を受けたヤチホコは、髪が逆立ち、顔は煤で少し黒くなっている。しかし、意外にもケロリとした表情で、痺れた手をさすった。
「やるじゃん、あの娘。なかなか骨のある攻撃だったぜ」
獰猛にニヤリと笑うヤチホコに、カワノは呆れたようにため息をついた。
「まったく、戦闘狂は…平気なの?」
「おうよ。これくらい、いつものことだ」
ヤチホコはそう言うが、その目は明らかに楽しんでいる。戦闘狂の血が騒いでいるようだ。
「まず、顔を拭け…」
そう言ってカワノ、ヤチホコの煤けた顔を手巾で強目拭く。気分は母親である。
「も、もぉ~、なにやってんのさ四人もいてッ?」
総隊長。憤然である。シバの姿が雑踏に消えて、雑踏失踪だから当然だ。
群衆は、先ほどの騒動に一瞬ざわついたものの、すぐにウケイ国の喧騒に飲み込まれてしまったようだ。シバの姿は、どこにも見当たらない。
「あの勢いで逃げれば、すぐに見失いますよー、しょうがなくない?」
カヅチが、先ほどまでシバがいた辺りを見つめながら他人事に呟くと、
「旋回鳥回転脚ッ!」
総隊長、滞空するようにカヅチの腹から顔にかけて強目回し蹴り。カヅチ、轟沈。フンと苛立ちを鼻息に捨て、
「まあ、いいさ。どうせまたどこかで顔を出すでしょ…」
キンとギンは、まだ英傑劇の方に気を取られているようだ。カワノが声をかけると、二人は、慌てて駆け寄ってきた。
「ねえねえ、今の見た? すっごかった!」
ギンが目を輝かせながら言う。キンも興奮した様子で頷いている。
「「「「さすが、大黒天隊ッ!」」」」
子供たちにとって、シバの雷撃やヤチホコの演武のような動きが、英傑劇の一部に見えたのだ。
「「「やめてください! お願いしますッ!」」」
カワノたちは、子供たちに懇願。
「なんだ? その中二?」
ヤチホコは、キョトン。
「許すッ! 呼べッ!」
総隊長は、悪い笑みに、既成事実を積み上げる。
☆ ★ ☆ ★ ☆
ウケイ国の喧騒は夜になっても衰えることを知らなかった。ギラギラと輝く電飾飾りのもと、キンとカヅチは虎耳の手配師がいるカジノに興味津々で吸い寄せられそうになる。
「掴め」
カワノの冷たい一言と、耳に響く金箍の締め付け音が、二人の足を現実に引き戻した。
「ジェ、嫉妬っスか、カワノさん?」
カヅチが涙目で抗議するが、カワノは冷たい視線を送るだけだ。その後ろでは、ギンがポツリと呟いた。
「卑猥河童」
みんなとは少し離れて、総隊長は賑わう人混みの中に、どこか寂しげな佇まいの女性を見つけた。紫色の瞳が印象的な、美しい顔立ちの姫君。なぜ情報を? 総隊長だからだ。女性の表情には深い憂いが漂っている。彼女こそ、隣国から来たカッサンドラ、ふたつ名はパンドラだった。
宇比地邇神ことウラシマと、妖艶な年齢不詳の美女、オトヒメこと須比智邇神の娘である。聞けば、異能や神の爪は、箱に封じられているらしい。
パンドラは、人混みの中でもひときわ目立つ存在だったが、周囲の喧騒とは隔絶されたような雰囲気をまとってた。時折、何かを予見するように顔をしかめるが、その言葉を誰かに伝える様子はない。
――彼女が、パンドラか…
総隊長は、静かにその姫を見つめていた。
「どうかしましたか、総隊長?」
カワノが訝しげな表情で問いかけると、
「う~ん? 行くよ大黒天隊」
「「「「それやめてください! マジ、お願いですからッ?」」」」
ウケイ国の夜はまだ始まったばかりだ。それとは別に、総隊長は着々と既成事実を積み上げる。
賑やかな通りを歩いていると、キンが突然立ち止まり、興味津々とした瞳で何かを見つめた。
「ねえ、あれ見て? 美味しそう!」
指さす先には、湯気を上げる屋台があり、見たこともないようなカラフルな団子が串に刺して売られている。
「ちょっと、寄り道しても良いッスか?」
カヅチも興味津々といった様子で、鼻をヒクヒクさせている。
「ちょっとだけよ」
カワノは嘆息、子供たちのウズウズした様子に少しだけ歩みを緩めた。総隊長は、視線でパンドラの動線を捕捉する。
屋台に近づくと、甘い香りが鼻をくすぐる。キンとギンは、それぞれ違う色の団子を一つずつ買い、頬張り始めた。
ギンは、
「ん~!」
キンは、
「味の直球勝負やぁ~」
美食評論。
二人の笑顔を見て、カワノも少しだけ心が和んだ。カヅチも、何やら香辛料の効いた肉の串焼きを満足そうに頬張っている。
そんな時、総隊長がふと、近くの暗い路地に目をやった。そこには、先ほど見かけた紫の瞳の姫君、パンドラが一人、寂しげに佇んでいた。周囲の喧騒とはまるで別世界のようだ。
総隊長は、そっと彼女に近づき、獰猛な笑みを湛えて声をかけた。
「気づいてて、気づかないフリとか余裕じゃんか?」
「変えられない未来なら見えない方がいい…出雲八重垣八十神隊総隊長少彦名。あたしになんの用?」
悪びれることなく、パンドラは口を開く。先ほどの寂しげな憂いを帯びた眼差しが、嘘のよな乾いた視線。少彦名は、この視線の意味を知っている。絶望と諦観だ。この瞳をしていた親友を慰めていたから。
「禁断の箱を開いて…」
少彦名の言葉に被せるように、
「断る」
低い声音にパンドラは即答する。ふたつ名の由来は、禁断の箱の守護者からきている。
「神代から人の世に移る準備が…」
また、言葉を被せようとするパンドラに、
「ヨぉガフレイルッ!」
少彦名、フレイルビンタ。容赦がない。ヨガフレイルは、釣竿の先に付いた鯛を象った神鋼輝石製の分銅が付いた強力な武器だ。
乳房にフレイルビンタを受けたパンドラは、涙目に踞ってる。
「女子の乳房にビンタって…」
「おまえ女神じゃん。ならばヨシッ!」
「いいわけあるかッ?」
噛みつくパンドラに、
「なら、ウケイをしようぜ未来視の姫? どうせ、このままじゃ平行線だ。ぼくが勝ったら、禁断の箱の封印を解いてもらう」
少彦名は、ウケイを持ちかける。
「あたしが勝ったら?」
まだ痛みに涙目のパンドラに、
「カヅチをやろう」
少彦名、人身取引を持ちかける。ここで当事者、
「なんて?」
キョトン。
「カヅチ? 誰よ? ん? あの人の孫? 顔は面影があるわね…」
未来視に情報を得たパンドラ、獰猛に笑って、
「乗ったぁ! 好きにしていいのよね?」
乗る。ウケイに。
「ああ、煮るなり焼くなり好きにしな」
総隊長、不穏。当事者は、
「だ、だから、なんて?」
狼狽。
「総隊長命令だ。拒否は認めないッ!」
総隊長は、狼狽を棄却。
「え、ちょぉ、総隊長? ん、その美女ちゃん、に、うん。バッチコォーいッ!」
カヅチ。状況を把握し安請け合い。
「あら、可愛らしい禿げ鬘ね。それに似てるわ怨敵に。嬲りがいがある…」
パンドラは、獰猛で嗜虐的な瞳を輝かせて、ペロリと舌舐り。カヅチ、身の危険を感じ、
「どゆこと? 総隊長ッ?」
「ツクヨとなんかあったらしいよ」
総隊長、情報開示。
「じ、祖父ちゃ~ん!」
カヅチは、悲鳴。
「ウケイの方法は?」
当事者を措いて、話は進む。
「未来が変われば、君の憂いは失くなるんだろ? ヤチホコとイワノを貸してやる。この二人が、君の見た未来を変えたならぼくの勝ち、ダメなら、カヅチを好きにしなよ…」
総隊長は雑。カヅチの扱いが。
「あたしの未来視は絶対よ? 神さまに――」
今度は、パンドラの言葉を、
「ぼくは君と違って諦めないし、変えられない未来に絶望しない」
ピシャリと被せる。
「変えてやる。過去も未来も変えてやる」
獰猛に嗤う総隊長。ここで、
「「「「え、じゃあ黒歴史も変えてください御自分で」」」」
事代主隊は異口同音。
「衝撃的二重基準ッ!」
総隊長。制裁発動。
みんなは、屈んで躱すが、身体を起こすや、
「「「「いッ痛ぁ~いッ! 総隊長、これ人に向けちゃ駄目なヤツぅ!」」」」
オヤクソク。からの、
「「あんたら神さまじゃん」」
「ならばヨシッ!」
様式美。総隊長、パシリと二重基準を掴むや、キンとギンの手を様式美にハイタッチ。
「「「「二重基準は、総隊長だよ!」」」」
事代主隊は、不平不満。ここで、
「それで、なにをすればいいんです?」
カワノの眦に力がこもる。能天気に見えて総隊長がやると言ったら必要なことだからである。声音は、厳かなものに変わっている。
「この未来視の姫は、ウケイ国の隣国の姫だ。国の名は亡霊の国トロイア。定期的に滅びる。彼女はそのたび――」
ここで、言葉を未来視の姫が引き受ける。
「卑猥いことされて殺される。もう慣れたわよ…あたしは、亡霊たちの慰み者、永遠のね」
過酷な境遇を、さらりと流す未来視の姫ことパンドラ。ここで、
「「措け」」
イワノとカワノ冷たな声音に、会話からパンドラを措く。
「怒るな女子ズ。過去も未来も変えてやれるって、証明してやれ…そこのイジケ虫にな…」
総隊長、無駄に不屈の抵抗。獰猛に嗤う。実績がある。過去を強調する。
「おい、さりげに黒歴史ぶっ込んだぞ? この永遠の少年…」
総隊長は、少年神、永遠の少年である。カヅチのツッコミに、
「竜巻旋風掌ッ!」
総隊長、カヅチの頬の高さで竜巻旋風掌。ヌイグルミの時のノリでやっているが、
「痛い痛い痛ぁ~い」
少年の姿で、これをされると割りと痛い。
「未来視の姫の予言に、トロイアの亡霊たちは耳を傾けない。未来視の姫の異能で亡国を回避させれば、ぼくらの勝ち。できなければカヅチをやる。気負わずやれ…」
総隊長は、アンマリ。
「気負ってッ! 全力で気負ってッ!」
カヅチは悲鳴。
「え、俺が撃退するんじゃ駄目なんスか?」
ヤチホコは、脳筋。脳筋なヤチホコに、
「いいよ」
パンドラは了承、
「ただし、神の異能は封じる。それ――」
「いいッスよ」
ヤチホコ。脳筋に制約を受け入れる。
「「じゃあ」」
ここで、キンとギン、
「俺もッ!」「あたしもッ!」
面白そうな冒険に参戦。
「ま、負ければ…死ぬんだよ? 亡霊になるんだよ?」
パンドラは狼狽と警告。
イワノは嘆息、
「チビたち脳筋に預けられっかよ…」
不承不承に参戦。
「まあ祖父ちゃんの変わりに殴り砂袋になるのヤだし」
カヅチも参戦。
「達する。事代主隊、これより作戦名称未来視の姫救済を開始する!」
カワノが作戦の開始を宣言して参戦した。
「ゆけぇいッ! 大黒天隊、別動小隊事代主隊よ」
総隊長は、既成事実を積み上げ、
「「了解! 総隊長ッ!」」
キンとギンはノリノリだ。
「「「「それやめてッ! マジでッ!」」」」
四人は悲鳴と懇願した。