ウケイ国 ~SUKUNAHIKONA~
白虎嶺を後にしたみんなの足取りは重かった。理由は、
「なあ、これ取っちゃダメ?」
「「似合ってんぜカヅチ」」
禿げ鬘帽子をかぶったカヅチを、みんなが揶揄うから。それと、
「掴め」
「イダダダッ!」
カワノのお怒りが、冷た過ぎて怖いため。
怒っている。それなりに強い異能を持つカヅチが能動的に動いていれば、出雲は因果を変えなくても済んだはずだ。カワノは、ただ能天気なわけじゃない。
鬱蒼と茂る樹海は陽の光を遮り、なお薄暗い道が続く。
足元には朽ちた木の根が絡みつき、時折、梢を渡る風の音に混じって、獣のうなり声のようなものが聞こえるが、みんなの背筋を冷たくしたのは、冷たなカワノの制裁だ。
「もう許してあげなよ」
小さな瞳が上目遣いにお伺い。ギンが怒りを冷ますように諌める。空気が悪い。嫌だ。
パチンと指をひと鳴らし。カワノは嘆息。カヅチの金箍の戒めを解く。
「わかったわよ。でも、河童は取っちゃダメ」
「え~。カヅチ可哀想じゃん」
ギンの擁護に、カヅチは、
「え、えぇ娘や…」
感涙。
「ミナ。そいつモテんだぜ? 黙ってればだけど」
イワノは密告。開示された情報に、
「じゃあ駄目!」
ギンはノーを突きつける。ギンの手の平返しに、
「う、裏切り者ぉ…」
カヅチは涙目。
険しい山道を下り終えると、突如として視界が開け、広大な草原が目の前に広がった。
どこまでも続く緑の絨毯は、風のいたずらに波打ち、その向こうには、紫色の霞をまとった山脈が連なっている。目指しているのはウケイ国。そこへと続く道なのだろうか、カワノは遥かな地平線を見つめた。
ここで、
「全員、整列ッ! 駆け足だッ!」
鬼教官が合流する。チヨである。ヤマツミ、正式名称、大山祇の妻であり、ゴズ捜索任務の総監督である。因果の変更にチヨ、正式名称、木花知流比売は、能天気たちの鬼教官となっていた。亥の化身であるチヨは、褐色の肌をしたホリの深い面立ちの野性的な美女だ。服装は才色兼備女史然とした白を基調とした大事業淑女服を着ている。シャツの色は濃青。足下は、乳白色の婦人靴だ。ふたつ名は、八束の亥チヨ。神の爪が八束だった頃についたヤンチャなふたつ名だ。いまは十束。神の爪の異能をすべて使える強力な神さまだ。
事代主隊の四人は、過酷な訓練に条件反射。全速疾駆でビシリと整列。
「長官代理殿から話は、聞いている。まったく義伯父御殿の厄介事引寄体質ときたら…」
開口一番、チヨは愚痴をこぼす。
「この先の村で一泊だ。土地神に話はつけてある。それと、そこの禿げ鬘帽子。今度は、ことだまを違えるなよ? 明日は総隊長が視察にくる」
カヅチに釘を刺し、鋭い眦をキンたちに向け、無言で説明を促した。
「現地案内人のホウ、ミナ、ナキメ、美猴王です。みんなご挨拶なさい。粛清られる前に…いっ痛ぁ~いっ!」
余計な一言にカワノの額にデコピンを叩き込み、
「事代主隊総監督のチヨです。こいつらが意地悪したら、このチヨに密告りなさい。粛清るから」
屈んでキンとギンの視線にあわせて、ご挨拶。鬼教官殿の意外な母性に、迂闊な軽口を叩かぬように、お口をチャック。
「意外っスね。教官殿が子供に優しいとかって…」
出来なかった。空気読めないが約一名。ヤチホコだ。
「ミナです。偽名です」「ホウです。偽名です」「ナキメと美猴王…」
四人は良い子?のご挨拶。嘘はついてない? チヨは、子供たちの清々しい無邪気を微笑い、
「カワノ。先の戦闘で失点は?」
獰猛に問う。
「や、ヤチホコでありますッ!」
カワノは売る。仲間を。ガシリとヤチホコの肩を鷲掴み、
「来い。特別訓練だ」
チヨは獰猛な笑みを湛え、
「えっ、ちょぉおっ、い、いやぁぁ~ッ!」
ヤチホコの後ろ襟を掴むや広野にぶん投げる。広野の星となったヤチホコにみんなは合掌。
★ ☆ ★ ☆ ★
夕闇が迫る頃、一行は小さな村に辿り着いた。勿論、そこにヤチホコの姿はない。
素朴な家々が寄り添うように建ち並び、村人たちは旅の事代主隊を温かく迎え入れてくれた。囲炉裏を囲んで温かい粥をすすり、一夜の休息を得たみんなは、夜明けと共に再び旅路についた。ここで、ヤチホコがボロボロの姿で合流する。
ふっかつのことだまが発動し、一人の少年が合流する。
総隊長である。ギンはモジモジ。
「付き合ってくださいッ!」
オヤクソク。総隊長は吐息をひとつ。
「そう言うのは、もう少し大きくなってから。いまはユックリ学びなさい」
大人な対応。姿は少年でも総隊長は大人なのだ。
「ちぇー」
ギンはシュン。総隊長はギンから見れば、同世代の好みの男の子だ。仕方がない。
「シバは、恐らく大きな街にいる。異世界転生の基本と言えば組合と『なんかしちゃいました?』だからね」
総隊長は、ギンを流して、みんなが疎いであろう中二を解説。
道中を中二談義をしながら、再び険しい山岳地帯へと足を踏み入れた。ごつごつとした岩肌がそそり立ち、息を切らしながら一歩ずつ高度を上げていく。深く切れ込んだ谷底からは、奔流が岩を削る轟音が絶えず聞こえ、足元を覗き込むと、吸い込まれそうな深い淵が広がっていた。
しばらくほども進むと荘厳な城壁が見え始めた。陰影が浮かび上がり、その威容は遠くからでも明らかだった。出雲に近い。つまりは、超過文明違反である。
「あれがウケイ国だよ。ギャンブル狂いの武塔神たちが集う街。代表は大六天。俺たち子供のヒーローさ」
得意気に説明するキンに、
「ハハハ」
総隊長、乾いた笑み。みんなは、神代七代のコロク、正式名称は面足尊であることを知らない。そのふたつ名が大六天であることも。せいぜい、強い小っさな爺さんと言う認識だろう。
巨大な石造りの門が、まるで巨大な口を開けて待ち構えているようだった。門の表面は長年の風雨に晒され、ところどころ黒ずみ、苔むしている。重厚な鉄製の扉は閉ざされ、表面には無数の傷跡が刻まれていた。門の上には、見慣れない紋章が誇らしげに掲げられている。門前には、様々な人々が行き交っていた。妖魔や仙人も混ざっている。埃っぽい旅装の商人たちが、荷車を引いて列をなしている。腰に剣を差した屈強な男たちは、門兵に何かを告げ、中へと入っていく。中には、物珍しそうに門を見上げる子供たちの姿もあった。
門の脇には、粗末な造りの露店がいくつか並び、焼けた肉の匂いや香辛料の匂いが風に乗って漂ってくる。
門兵たちは、退屈そうに槍を構え、出入りする人々を監視している。時折、彼らの間で低い声の会話が交わされるのが聞こえた。
「常世国暫定代表の少彦名だ」
総隊長が、勾玉を掲げて、門兵に告げると、人々は一斉に平伏う。思わずにみんなはポカン。
「ここは、常世国傘下の街だよ。いま出雲で推進している大計画の一環さ。だから、違反じゃない」
ポカンとするみんなに、総隊長は解説。
奉らう人々を措き、悠然と街へと踏み入った。
ウケイ国に入ると、いきなり熱気が肌を刺すようだった。街中にギラギラした電飾が輝き、けたたましい喧騒が耳をつんざく。あちこちから嬌声や怒号、コインがぶつかり合う音、そして景気のいい音楽が洪水のように押し寄せてくる。
道の両脇には、絢爛豪華な装飾が施されたカジノが軒を連ね、その入り口では、妖艶な虎耳の女性手配師や、いかにもやり手そうな仙人風の客引きが、獲物を求めるようなギラついた視線を投げかけている。中に入れば、さらに熱狂的な賭け事の渦が広がっているのだろう。
街を歩く冒険者たちの姿も、どこか浮足立っている。一攫千金を夢見る者、腕試しに興じる者、あるいは単に刺激を求める者。彼らの目は、欲望の色に染まっているようだった。毛並みの良い狐耳を生やした美女が、高そうな宝石をいくつも身につけ、勝ち誇ったように笑っている。ボロボロの衣をまとった仙人が、手にした大金で豪遊しようと意気込んでいる。
街の空気は、金と欲望の匂いで満ちている。一瞬で富を得られるかもしれないという高揚感と、全てを失うかもしれないというスリルが、人々の心を掻き立てる。まさに狂熱の熱狂がそのまま形になったような、そんな街だった。一瞬のロマンを追い求めるような光が宿っている景色もチラホラ見える。ほんのり甘い香りが混じり合った淡い恋の予感が、人々の心を浮き立たせ、砂糖菓子のような甘さが加わったような香りが漂っていた。
妖艶な姿の虎耳手配師に、鼻の下を伸ばすキンとカヅチの金箍を、
「掴め」
「「イダダダッ! ジェ、嫉妬かよぉ?」」
カワノは無慈悲に絞め上げる。
「うっさい卑猥河童ッ!」
苛立ちを鼻息に捨て、
「総隊長。ここは…」
カワノが教育上よろしくないと言いかけると、
「大六天見参ッ!」
街の辻で、突如、開催される英傑劇。仮面に身を包んだ英傑は、勿論、大六天ことコロクじゃない。
英傑の参上に、キンとギンとナキメのオメメは興味津々。
「行ってヨシッ!」
総隊長は許可。三人は満面の笑顔で英傑劇へと群がった。
「ここは、良くも悪くも夢の国なんだよ。目クジラをたてるなカワノ」
総隊長は苦笑しながら、カワノを宥めた。
総隊長は、英傑劇の人集りにチラリ。ウズウズしている人影を捕捉。標的だ。
「ヤチホコ。鉾を貸せ」
総隊長はそう言って、ヤチホコから鉾を受け取り、
「変えるぞ?」
短な言葉で有無を問う。ヤチホコ、転瞬の迷いもなくコクリ。
ヤチホコの鉾の先がクルリと丸まり、得物としての殺意が除かれる。
「銘は如意棒。好戦的な面構えのわりに、丸いおまえにピッタリだろ」
ウズウズな標的が、英傑劇に参戦しようとしている。総隊長は目でそれを伝え、如意棒を手にしたヤチホコは、獰猛に嗤うと吶喊する。
「カヅチ、イワノ。ヤチホコを補助だ。出雲八重垣八十神隊改め、出雲八重垣大黒天隊の名に懸けて捕らえろ」
総隊長、シレっと組織名を名称変更、
「な、なにその中二な、名称?」
そう中二な感じに。引くつく声音にカワノ。
「言ってる場合かッ! ゆけぇい大黒天別動小隊、事代主隊よッ!」
総隊長、勢いで中二案を押し通す。
好戦的で獰猛な笑みを湛えて、ヤチホコはシバと戦闘を繰り広げる。如意棒に得物が変わったことで、相手を殺めることも傷つけることもなくなった。憂いが消失したのだ。足枷の外れたヤチホコの技は、八十神隊の誰より冴えている。次々に突きや蹴りを繰り出し、雷撃を放とうとするシバの動きを封じて行く。一方で、
「「なにその中二ッ?」」
カヅチとイワノは、総隊長にジト目を貼りつけ、不平不満。さすがに分が悪い、総隊長、
「ぼくらの黒歴史を、みんなでワリカンにしてくださいッ! お願いしますッ!」
開きなおって、直球な懇願。
勿論、みんなは、
「「「断固拒否ッ!」」」
それである。断固拒否の表明がされると、
「クッ、殺せッ!」
シバは、クッ殺。ヤチホコの圧勝だったようだ。
「殺さねえよ? また戦ろうぜ?」
獰猛にして爽やかな笑みを湛えてヤチホコ。倒れたシバに手を差し伸べる。本物の英傑の参上に、子供たちは、喝采な歓声。
シバ、ここで悪い笑み、
「旦那さまのバカぁ~ッ!」
差し伸べられた手を握るや雷撃を流し込む。
これにはみんな、
「「「「おまえ、どこの鬼娘気取りだよッ!」」」」
総出でツッコミ。戦闘狂ヤチホコは、髪までプスプス。斯くして、シバの姿は雑踏に消えた。