キンとギン ~KOSHINONUNAKAWAHIME~
部屋に備え付けられた、扇情的な間接照明に手を伸ばし、耳に触れた物音の元に向かう。早朝だ。起床には、ちと早い。ヤチホコやイワノなら早朝から稽古をしていそうだが、イワノは、隣で浅く寝息をたてている。カワノは、元々、戦える。支援的な神術で敵を眠らせたり、混乱させたり、惑わせたり。うん。地味だが、使い方次第では、じつに強力だ。
研鑽の積み直しで、体術もそこそこだ。タツキが動いていないことから、脅威ではないだろう。
「なにをしている?」
基地から、こそこそと逃げようとしている影に声を落とす。背丈は子供。ミイくらいの背丈。人の子ならば十歳前後か。一人はネコ科の仙人なのか、猫耳の少女で、もう一人は翡翠色の髪をした少年だ。食べ物が入った袋を抱えている。
「お、お代なら払ったぜ? タツキってのに見つかるとまずいんだ。見逃してくれよ。ネエちゃん」
「仲間が外で待ってんだ。頼むよ姐さん」
吐息をひとつ、
「汝を包み、安息へと誘え」
短な祝詞。眠らせる。
オバさん呼ばわりしなかったから、タツキに突き出すのはやめてやる。浮浪児は、五十年のやり直しで、劇的に減ったはずだ。勿論、神州九州でも。とすると、
「家出かな…」
考えられるのは、その辺り。気になる単語は、
――仲間が待ってんだ…
それだ。いずれにしても、神州九州での事情は疎い。現地の案内人も必要だ。これでも取り締まる側の神さまだ。指輪を二つ外し、
「金箍が戒め頭を掴め」
また短い祝詞。これでも神さま。理不尽なのは仕方がない。指輪は、祝詞に広がり、ふたりの頭にピタリと嵌まる。この神器の名を金箍。呪文を唱えると頭を締め付ける『イダダダ』なアレだ。
「現地の案内人、ゲットだぜッ!」
一人、ガッツポーズをして振り返ると、
「わ、忘れてッ!」
稽古に起きてきたイワノとヤチホコのふたりと目があった。カワノは赤面。ふたりはニヨニヨ、
「「朝から癒される~」」
カワノは案内人のふたりを抱えて部屋に戻る。
タツキにふたりの事情を聞くと、白兎小隊が哨戒中に発見けて、仙人であることから保護に踏み切ったようだ。一宿一飯の礼に、キチンと掃除をし、どこかで仕入れた乾貨と熊の毛皮を置いて、食べ物を拝借していたところをカワノが見つけたようだ。
ふたりとも、動きを妨げぬよう、くすんだ藍や茶の、ざっくりとした綿麻の服を身につけている。 裾を紐で縛れるズボンに、足元は何かの革を鞣してこさえた長靴。旅人であることは確かなようだ。長靴がその証である。
「名前が、ミナにホウね」
「偽名のようです。ですが、無理に聞きだすのは…」
情報連携中に、タツキは難色を示す。子供に負荷を掛けることは、鬼子母神として看過できない。本来であれば案内人とすることすら反対だ。
「大方、出生地が南方なんでしょう。子供の考えそうなことよね~」
あっさりと偽名の由来を看破するカワノに、タツキは脱帽。
「カワノさまに…」
「子供なんて産んでないわよ。ただ周りが子供ばかりだから、わかるのよ。わかっちゃうのよ。いやぁ~。あたしの独自性がぁ~。能天気共に侵食られていくぅ~」
カワノはウガァ。頭を激しく振り乱す。
「良いお母さまになれますねカワノさまは…」
タツキは苦笑。
「そんな予行演習したくねえわ」
タツキの苦笑に、カワノは苦笑。今、とても重要なことに気がついた。この遊撃小隊。歯止め役が不在である。ここで、
「「神術とか反則じゃんか」」
少年少女が目を覚ます。猫耳少女の名を青龍のギン。翡翠色の髪をした少年の名を朱雀のキン。そう遊撃小隊四神の放蕩息子たちだ。
「どちらがミナで、どちらがホウ?」
カワノ、視線をふたりの高さに合わせて問う。
ふたりは、
「「さいっしょは石拳。ショッ、ショッ、ショッ!」」
雀拳。
「っしゃあッ!」
キンが勝鬨。ギンはガクリと肩を落とす。
「ミナです」
胸を張ってキン。
「…ホウです。そこのカマ野郎の妹です」
しょんぼり答えて意趣返し。タツキとカワノは苦笑をひとつ、
「隠すつもり皆無ですか。掴め」
呆れて答えて、キンに向けて祝詞を発動。忽ち、
「イダダダッ!」
「あなたがホウで、あなたがミナちゃんね?」
金箍で、キンの頭を締め付け、
「そうですねホウ? お兄ちゃんでしょ?」
ふたりの偽名を付けかえる。キンはコクコク首肯し承諾。ギンはミナの偽名に満面の笑顔。
「良いお母さまになれますよカワノさま」
タツキは断言。
「もういーよ。それで…それでホウにミナ、あなたたちにお願いがあります。神州九州を案内してもらいたいの。案内人をよろしくね」
ここでカワノは黒い笑み。自身の米噛をツンと突いて強権発動。ふたりはコクコク首肯し、
「「ご依頼承りましたー。武塔神さま!」」
良い子のお返事。
「カワノよ。ホウにミナ。遊撃小隊を紹介って、仲間がどうこう言ってたよね」
思い出したように尋ねる。
「ああ、忘れてた。いやぁ仲間ってか、なんつうか…」
キンの歯切れの悪い言葉を、
「なんか、変な姐さんに懐かれて困ってんだよ。そこの卑猥河童はお乳に釣られて…」
「ち、違ぇしッ! 硬派ッスから自分っ!」
うん。また一癖も二癖もありそうだ。キンは慌ててギンの言葉を遮るが、そんな、お年頃だ。異性に興味津々なのは仕方がない。
「硬派か。そうか残念だ。お兄さん、とても残念だ」
ここで、ハラシコ。正式名称、葦原色許男神。忽然と女子部屋に顔を出す。美丈夫なのに、好色な女好きである彼は、自分に嘘をつく者が嫌いである。
「どっから湧いた?」
「申し訳ありませんカワノさま。封印が甘かったようです」
ジト目を貼り付けるふたりを措き、
「いいか少年。今だけだ。その姿だからこそ、お風呂でお乳を凝視が許されんだぞ?」
悪行に誘惑。
「た、確かに…」
キンは惑乱。
「卑猥河童…」
ギンはジト目を兄に貼り付ける。
「さあ、お乳の保護に向かうぞ義兄弟! ちなみにその姐ちゃん美人?」
「うん普通」
「普通かぁ~。まぁ、お乳はお乳だ。行くぞホウッ!」
そう言ってハラシコは、キンを伴い動き出す。彼は下衆いだけではない。キンとギンが、遊撃小隊四神の者だと見抜いている。そして、コタン襲撃事件の際に、一人だけ難を逃れた敵が居たことも。
良かった隠れた頭脳派がちゃんといた。歯止めでなく、暴走寄りだが。
「じ、自由か? 打ち解けんの早すぎだし」
「心のお年が近いのかと」
疲れたように嘆息するカワノに、タツキは綺麗な言葉で補正。
「精神年齢子供って言っていいのよ?」
そう言ってギンを伴い、イワノたちの元に向かった。
★ ☆ ★ ☆ ★
ソミンの目と鼻の先にある山。龍穴近くの山だ。滝の裏に洞穴。ハラシコがキンに案内されて来た場所には、ちょっとした居住空間が設けられていた。そこに幾人かの猿神たちと、革鎧を身につけた女が一人。予想の通りに、難を逃れた敵だ。
「お兄ちゃん!」
と、キンに抱きつく女は、普通。と言うより美人さん。
「美人じゃん」
ポソリとハラシコ。以前に対した時と違って、媚びたような険はない。だから、そう思うのだろうか。
「ただいまナキメ。いい子にしてたか? 美猴王。こいつちゃんとしてた?」
キンは、意外にお兄ちゃん。猿神の頭目である美猴王に尋ねると、美猴王はコクリと首肯する。
「身内は控え目に言うもんさ。母ちゃんが言ってた」
ハラシコに答えるキンに苦笑し、
「なあ、こいつって、たぶん、ここいらの武塔神だろう? 蟠りはねえのか?」
ソミン拠点とコタン拠点は対立していた。因果が書き換わったところで、それは変わらない。キンとて、そこに思うところがない訳じゃない。が、
「今は身内だ。しょうがねえよ」
カラリと割り切り、
「それにお乳大きいし」
そう言って濁した。ハラシコは苦笑し、ここで、
「えっ、違、違うぜ? ソミンの武塔神? なんだよそれ?」
キンは今更に取り乱す。
「別にどうもしねえよ。朱雀の金角。青龍の銀角がミナちゃんで、おまえがホウでもかまわねえ。俺たちには案内人が要るし、四神の放蕩共の保護も俺らの役目だしな」
ハラシコはぶっちゃけ、懐から、ふたりの絵姿を取り出し差し出した。ただ、
「母ちゃんに置き手紙くらいはしてやんな」
そこは、ピシャリと釘を刺す。
☆ ★ ☆ ★ ☆
組手で撃ち合うイワノとヤチホコを見て、
「なんで鋼線遊戯?」
ギンはポソリと疑問を溢した。
「けっこうな負荷が掛かるのよ。あれで」
カワノは解説。緩慢な動作に撃ち合うふたりの動きは、一秒を百分の一にしたほどか。姿勢を維持するにも相応な負荷が掛かるに違いない。さすがは神さまだ。いわゆる太極拳の挙動に近い。
「カワノは武塔の神さまなの?」
「そうね。出雲八重垣八十神隊の神さまよ。だから敬いをこめてカワノさんって呼んで欲しいかな」
そう言ってカワノは、ギンの頬をムニィとする。
「カワノたちは、神州九州でなにするつもりさ。また塩を独り占めにするの? それとも子供を拐って勾玉に変えるの?」
ムニィとされたまま、ギンは鋭く確かな眦に質す。
「牛を探してるのよ。ゴズって名前の天上神。それから、天上神も土地神も違反が認められれば、適宜、取り締まる。少なくとも、君が見てきた天上神たちとは違う。それだけは誓って違うと言っておく」
そこでパンと柏手ひと叩き、
「イワノ、ヤチホコ。ちょっと聞いて」
ふたりの稽古に割り、
「さっきも言ったけど、案内人のミナ。見た通り仙人。この子たちが悪さをしたら教えなさい」
米噛をツンと指差し、ギンを紹介。
「ウチはイワノ。こっちの脳筋が」
「ヤチホコだ。脳筋じゃないから。事務方もできるから」
ヤチホコ。正式名称は、八千矛神。好戦的な顔つきの青年の姿をしているが、筋骨隆々と言う訳ではない。どちらかと言えば線は細く、いわゆる細マッチョな美丈夫さんだ。
「南の国のミナです。特技は…」
ここでギン。拳を握り。
「虎先鋒ッ!」
仙術を繰り出し、ヤチホコに仕掛ける。突然の暴挙にヤチホコは慌てることなく、あっさり往なし、
「腰が入ってない。あと構えはこう」
具体的な武術指導。一方でギン。赤面し、
「違、違うの…こ、これは…そ、その…つきあってくださいッ!」
ペコリとお辞儀し、手を差し出す。どうやら一目惚れしたらしい。この想定外に、
「良かったじゃねえか色男」
イワノはニヨニヨ。カワノは、
「遊撃小隊内の恋愛は厳禁です。私生活は持ち込ませません」
ドライに対応。告白られたヤチホコは、
「だってよミナっち。でも、ありがとよ」
爽やかな大人対応発動。あっさり振られたギンは、
「ちぇー。わかったよぉ~」
シュン。ここで、
「おう。お乳連れてきたぞ~」
キンとナキメを伴いハラシコが合流。キンの肩には小さな猿神の美猴王が乗っている。
「ほら、おまえの分」
キン、しょんぼりしているギンに茅の輪を差し出す。母の玄武から預かってきたものだ。置き手紙で済ませるつもりが、滝の隠れ家をあっさり特定されていたとは想定外もいいところだ。
「なんだよ。これ?」
「これがないと拠点に入れないんだと」
キンは雑に説明。自身の腰に結んだ茅の輪を指差し、妹に装着を促した。茅の輪を装備し、ギンの目にはハラシコが。
「南の国のミナです。特技は、虎先鋒ッ!」
突然、撃たれた仙術を難なく凌ぎ、
「つきあってくださいッ!」
ペコリとお辞儀し、手を差し出すギンに、
「交代でッ! 童女好じゃないんで!」
ハラシコ、実に直球。大人げない。
カワノは嘆息する。この遊撃小隊も、出雲と変わらず能天気ばかりであるからだ。