遊び場争奪鬼ごっこ ~TAKEMINAKATA~
長かった。
「八千矛の 神の命は 八島国 妻まきかねて……」
ヤチホコは、朗々と、しかしどこか必死さを孕んだ声音で、古の恋歌を詠み上げた。
八十神隊詰所は、いつになく世話しない。
カクリヨと常世国への引っ越しが始まっていたからだ。
「なに、これ?」
カワノは、ヤチホコから突き出された巻紙を一瞥し、そう言った。
ヤチホコは、カワノを情熱的に見つめ返した。
「どうだろうか、ぬまっち? この、溢れんばかりの想い。シバ子ちゃんの魂を揺さぶると思わないか?」
鼻息をふんすふんすとさせながら、感想を迫る。
これは情熱的な、色っぽい話なんかではない。
カワノは、ヤチホコとの長い付き合いから、それを察していた。
「…いや思わないけど…なによ、この俺が貰ってやる感全推し? いいえ、ケッコーですって、あたしなら突っぱねます」
カワノは、心底呆れたように吐息をついた。
「この俺さまイケてるっしょ? て感じは、もはや不審者そのものよ。ヤチホコ」
編集長として任命されたカワノの目は、氷のように冷たい。
「そもそも、これを送ったら、ライブ会場への出入り禁止は免れないわね」
カワノは、ヤチホコの「黒歴史」になりかねない詩を指先で弾いた。
編集長としての断罪は、引っ越しの荷造りよりも迅速かつ無慈悲であった。
「そんなぁ~! 古風で高貴なアプローチだと思ったのにぃ!」
ヤチホコは、突き返された巻紙を両手で受け取り、この世の終わりのような声を上げた。
鼻息の勢いはどこへやら、耳まで垂れそうなほど肩を落としている。
「古風すぎ。高貴というより、独りよがりの押し売りよ」
カワノは、詰め込まれた段ボールの隙間から、冷静な言葉を投げかけた。
「シバが求めてるのは、そんな重たい執着じゃなくて、もっとこう、爽やかな声援なんじゃない?」
「爽やかな声援……『シバ子ちゃん、今日も尊いッス!』みたいな感じっスか?」
ヤチホコは、即座に脳内変換を試みた。
その豹変ぶりに、カワノのジト目はさらに深くなる。
「……語彙力が死んでるわね。いいから、その不審者ポエムは封印しなさい」
カワノは、ヤチホコを指差し、そう言った。
★ ◆ ★ ◆ ★
「「つまんねえよ……そんなの……」」
出雲八重垣郊外。
そこに特別作戦名称・カクレルから、逃れている子供がふたり。
ギンとキンだ。
作戦名称・カクレル。
妖魔や神々を強制的に、葦原中津国からカクリヨに送還する大事業だ。
既にナキメは、当局に連行されている。
ここも時間の問題だろう。
「見逃してくれよ総隊長」
そこに、ひとりの少年が、ふたりに声をかけてくる。
振り返ったギンとキンは身構える。
その少年は少年神である総隊長にそっくりだったからだ。
キンが直球で懇願すると、少年は、首を横に振った。
「ぼくは少彦名じゃありませんよ? ぼくの名前は、タケ……」
少彦名とは別人であると主張するが、ギンは聞く耳を持たない。
「俺はカタってんだ。こいつは妹のミナ」
キンはシレっと偽名を使って自己紹介。
「おまえも研鑽足りないんだろ? わかるぜ……葦原中津国は、最高の研鑽場だ……つまんねえよ、つまんねえ……そうだろう?」
そう言ってキンはタケに同意を求める。ギンもウンウンと頷いている。
タケと名乗りかけた少年は苦笑し、ギンとキンに合わせることにした。
「……確かに、ここはとても面白い場所だね」
タケは、ギンの言葉を噛みしめるように呟いた。
その瞳には、総隊長とはまた違う、深く静かな知性の光が宿っている。
キンは、タケのどこか浮世離れした雰囲気に、わずかな違和感を覚えた。
「お友達になって、もっと面白いことを教えてくれないかな? カタ」
タケは、人懐っこい笑みを浮かべてギンに手を差し出した。
その無垢な誘いに、ギンとキンは顔を見合わせる。
連行されるまでの短い時間、新しい「友達」との最後の研鑽が始まろうとしていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「決定に従えないなら、斬って捨てるまでだ。わたしはおかしなことを言っているか? カヅチ……」
冷徹に言い捨てるカトリに、カヅチはピリついた眦を向けていた。
艦橋は少し緊迫していた。
普段はチャラついているカヅチが、対峙する女神カトリに向けて声を荒らげて噛みつく。
「相手はガキふたりだろうがッ! あんたのそういうとこが嫌で、俺は剣を捨てたんだよッ!」
この女神は、天上界最強の剣の遣い手であるフツ、正式名称、経津主命の妻だ。
そして、カヅチの母親でもある。
冷たい刃のような母親の言葉に、カヅチの不満が爆発していた。
「ツクヨの悪いとこだけ似ちゃったかぁ……」
クロは嘆息し、その様子を眺めていた。
「あいつも剣にこだわりありすぎだよねぇ」
少彦名も、同じように吐息を漏らす。
「総隊長も反対だな。相手は子供だ……スサがさっそく接触したようだし、斬って捨てるって、カヅチ、おまえの母ちゃんサイコパス?」
呆れてツッコミを入れる少彦名に、カヅチも激しく同調した。
「もっと言ってやってくださいよ、総隊長!」
カヅチは虎の威を借りるようにして、さらに声を張り上げる。
「殺すとは言っていない。言うこと聞きたくなるようにするまでだ。そう言っている」
カトリはにべもない。
彼女はただ、教育方針が極端にスパルタなだけであった。
その徹底した実力行使の構えに、周囲は引き気味だ。
「まあいい。カヅチ、おまえちょっと、キンとギンのふたりの回収をしてこい」
クロは投げやりに、任務を丸投げした。
「そんでカトリ、長官代理命令だ。おまえカヅチのサポートをしろ。やり方は任せる」
この険悪な親子を組ませるという暴挙に出る。
「伯父御さまがおっしゃるなら」
カトリは恭しく頭を下げ、その命令を受諾した。
「要らねえッス。俺ひとりで十分だ」
カヅチは不機嫌そうに舌打ちを漏らす。
そのまま、足早に艦橋を後にした。
★ ◆ ★ ◆ ★
「おらガキどもッ! もう諦めてお縄につきやがれッ!」
出雲八重垣郊外へと飛翔鰐を走らせ、カヅチは苛立ちに恫喝した。
追尾してくる母親のカトリの飛翔鰐がきても、カヅチは頑なに口をきかない。
そんな息子の様子に、カトリはどこか楽しげに苦笑していた。
「虎先鋒ッ!」
逃走を続けるギンが、振り返りざまに仙術を発動させた。
激しい突風がカヅチを襲うが、カヅチは大楯の神器でそれを鮮やかに往なす。
その隙を逃さず肉薄し、ギンの手首に手錠を叩き込んだ。
「やけに素直じゃねえか?」
続いて、神妙に観念するキンにも手錠を掛ける。
あまりの手応えのなさに、カヅチは怪訝な顔を隠せない。
その直感は、すぐに最悪の形で的中した。
「「着脱ッ!」」
キンとギンの手首が、袖ごと不自然に外れた。
「「凍結ッ!」」
切り離された偽物の手首を起点として、カヅチの腕が瞬間的に冷凍される。
「「行くぞッ! タケッ!」」
驚愕するカヅチを置き去りにして、キンとギンはカヅチの乗って来た飛翔鰐を強奪した。
後部座席へタケを飛び乗らせ、エンジンを全開にする。
「ウケイをしようぜカヅチ? 俺たちが逃げたところまでが、俺たちの研鑽場だ」
奪った飛翔鰐の上で、ギンが不敵に笑いながらウケイを持ちかける。
ウケイという言葉も、スワという土地の名前も、先ほどタケに教えてもらったばかりだ。
「俺たちの研鑽場の名前はスワ。俺たちは、そこから出ねえ!」
「こんの悪ガキどもがぁ! 待ちやがれッ!」
腕の凍結を強引に解除してカヅチが吠える。
しかし、強奪された飛翔鰐は、既に遥か遠方の空へと消えかけていた。
その軌道は出雲を飛び出し、地球の裏側さえ目指すかのような勢いだ。
「乗りなさい」
カトリが隣へ滑り込み、息子に飛翔鰐に乗るよう促した。
カヅチは髪をひと掻きして大きな吐息をひとつ。
屈辱に顔を赤くしながらも、カヅチは母親の飛翔鰐の後部座席へと座った。
「捕まえたら、ただじゃおかねえ……」
カヅチは母親の腰へとしがみつき、前方を睨みつける。
カトリは不敵な笑みを浮かべ、アクセルを限界まで捻り込んだ。
反重力の咆哮が上がり、母子の飛翔鰐が光の尾を引いて加速する。
逃げるタケ、ミナ、カタの三人組は、重力を無視した軌道で大陸を横断していく。
山の間を縫い、海原をかすめ、大峡谷を全速力で滑走する。
追うカトリとカヅチは、最短距離を計算して空間を跳躍するように追い縋る。
スワという名の研鑽場へ至るまでの、壮大な鬼ごっこ。
地球全土を舞台にした、親子と悪ガキたちのデッドヒートが幕を開けた。
★ ◆ ★ ◆ ★
艦橋のモニターには、地球規模で繰り広げられた壮大な鬼ごっこの俯瞰図が映し出されている。
それを眺めるクロと少彦名の口許には、隠しきれない悪い笑みが浮かんでいた。
ふたりの邪悪な企みに、スセリは心底呆れたようなジト目を貼りつける。
『スサ、その辺でいいんじゃねえか?』
クロは、飛翔鰐に乗るタケことスサに、幕引きを委ねた。
スワという名の研鑽場は、いまや葦原中津国、すなわち地球全体へと拡張されている。
飛翔鰐から飛び降り、猛疾駆で詰め寄るカヅチ。
その足元を狙って、ギンが叫んだ。
「虎先鋒ッ!」
放たれた突風の妨害を、カヅチは必死に踏ん張って耐える。
その後方から、カトリが悠然とした足取りで、ゆっくりと近づいてくる。
「タケッ! 旗さしてッ!」
キンは、精一杯の声を張り上げて懇願した。
「なあ、俺たちから、研鑽を、研鑽場を奪わねえでくれッ! 武塔神の神さまなんだろう?」
子供たちの涙目の訴えは、冷徹な神の心を揺さぶるに十分な破壊力を持っていた。
『だってよスサ、いや葦原中津国長官殿?』
クロは無線越しに、スサへフラッグを立てるよう促す。
スサは、今さらながら地図の事実に気づいた。
南方の地名は、既にサノと名付けたはずだ。
ここに残った『ス』の字が刻まれたフラッグを突き立てれば。
地図上には、『スサの輪』という言葉が、聖なる境界として刻まれることになる。
「「タケ……」」
キンとギンの、縋るような視線に射抜かれ、スサは天を仰いだ。
「あぁ~、もうッ!」
スサはついに陥落した。
地面に力強くフラッグが突き刺さり、ウケイが成立する。
それと同時に、『スサをギャフンとさせたらクロの勝ち』という、もうひとつのウケイもまた成立したのだ。
『ウケイは俺の勝ちだぜ? これで俺は、幽冥主宰大神ってわけだ』
無線越しに、クロの勝ち誇った声が響き渡った。
『やってくれましたね。幽冥主宰大神のクロ』
スサは苦笑混じりに、艦橋のクロへと言葉を贈った。
★ ◆ ★ ◆ ★
「神無月には出雲八重垣に帰ってくること。それが条件だ」
艦橋に合流した子供たちに、クロは苦笑しながら説明する。
子供は、キンやギンだけではなかった。
ヤカミの娘のミイや、白兎小隊のタマモたちの姿もある。
研鑽足りない妖魔や、血気盛んな若い神たちだ。
「困ったことがあったら各地に強い神々の窓口を設けてある。そこのカトリや、カヅチなんかがそれだ。俺もと言いたいところだが、俺、出雲から離れられねえんだよな」
クロがそんなことを言い掛けると、スサはすかさずジト目を貼りつけた。
「なにを言ってるんです、クロ。東国のスサノオは、クロたちの担当ですよね? ぼくは、ソミン拠点を滅ぼしてないし、他にもぼくの名前を騙って色々とやってくれましたよね?」
スサは逃げ道を塞ぐように、淡々と事実を突きつける。
「クロ。ぼく西国だから……」
少彦名は、巻き込まれる前に緊急離脱した。
「お義父さま。ヤサカにスセリも参ります」
嫡妻のスセリもまた、涼しい顔で緊急離脱を決める。
「夜之食国長官から伝言です。『逃がさねえ』とのことです」
ここで夜之食国駐留武官のミイが、決定打を放った。
東国に留まる神々には、古い神々が大勢いる。
ツクヨも東国に封じられ、さらに東国のスサノオ役まで押し付けられたクロを待っていたのは、恐るべき腐女子さまたちであった。
『『『『腐腐腐腐……』』』』
彼女たちに包囲され、クロは絶望に顔を歪める。
「ノ、ノォォォォォッ!」
艦橋に、クロの悲痛な悲鳴がどこまでもこだました。
斯くして、記紀神話をベースにした物語は、これにて一応の幕となる。
お楽しみいただけたのなら、なによりだ。
~完~
ホント長かった




