大黒さまとサンタクロウズ
天鳥船の艦橋に、ふたりの機敏な肥満体たちが呼び出されていた。
彼らの足は天鳥船の艦橋の床を、ほとんど音もなく踏みしめた。
「おまえらふたりに任務を与える。いいか、これは真に重要な任務だ。失敗は許されない」
一見するとクロのようだが、すぐにクニタマ、モノモチはスサだと見抜いた。
「「なんスか、長官? 長官代理の真似ですか?」」
クニタマ、モノモチはスサだと見抜いたことを、わざとらしいほどに伝えた。
見抜かれたスサは、肩をすくめる。
「もう。クロっぽいと思ったんだけど。でも任務は本当ですよ。じゃあ、これを渡しておきます」
そう言ってスサは、機敏な肥満体たちによく似合う赤い服を差し出した。
そして、白い鬘。白いつけ髭。赤い帽子も渡してやった。スサの企みは完璧だった。
「クロとのウケイ。なんか負ける気がするんですよね~。でも、それだと悔しいから仕組んでやろうと思いまして」
スサにしては、珍しく消極的な対策だ。
――ギャフンとさせたら俺の勝ち
クロには、まだまだ隠し球がある。テラス、オーゲツ、ウカノが3人掛かりで退ける神代七代たちの一番弟子だ。
だから保険が必要だ。スサは、クロの底力を誰よりも識っていた。
「弱気じゃないッスか長官? でも、長官代理をギャフンと言わせるってのもおもしろそうッスね」
クニタマは悪い笑みを浮かべ、真新しい赤い服に袖を通した。
「そう言えば、長官代理ってコーラ好きッスよねぇ~」
モノモチも同じように服に袖を通す。
「総隊長は、スプラッシュなソーダが好きだ!」
そこに緑の服に、緑の帽子を被った総隊長が現れる。
総隊長は、音もなく登場した。
「「ああ、ゴリネエさまのスプラッシュソーダね~。わかります」」
機敏な肥満体だけに、ふたりの食のこだわりは強い。ただし、そのこだわりはジャンクフード寄りだ。
「師走の24日は、スプラッシュボーヤと呼べ。おまえたちには、山田九郎と三田九郎と言う姓と名をやろう。ふたりあわせてサンタクロウズだ。大黒天隊別動隊だ」
スプラッシュボーヤこと総隊長は、バンと空中に映像を映し出す。
「おまえたちには、これに乗って葦原中津国中の良い子たちに贈り物を配ってもらう! いいか、配達は20時以降。夜更かしする子はスルーだ」
スプラッシュボーヤこと総隊長は、映し出された新型飛翔鰐トナカイをさして、ミッションを説明した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「総隊長は行かないんスか?」
天鳥船の巨大な格納庫に呼び出された大黒天隊を代表してアナムチが尋ねると、総隊長はやれやれをして、その理由を口にした。
「ウカノが門限を18時にするから無理だ。朝帰り? それをするなんてとんでもない!」
総隊長は、あくまで門限厳守の姿勢を崩さない。
「総隊長、常世国暫定代表ッスよね~」
大黒天隊は、総隊長に容赦のないジト目を貼りつけた。
彼らの眼には、最高幹部のくせに家庭の事情を優先する総隊長への、強い非難が込められている。
「竜巻旋風掌ッ!」
総隊長は、その非難を物理的な技で一蹴する。
「「「痛い痛い痛い」」」
容赦がない。その攻撃はまるでやつあたりだ。
「総隊長は、少年神だから贈り物を貰うがわだ。おい、そこのおまえ」
そう言って総隊長は、ヤチホコを指さし、指名されたヤチホコは自身を指さし一歩前に出る。
「ちょっとジャンプしてみろ」
総隊長がそう言うと、大黒天隊は断固拒否した。
「「「恐喝ダメ絶対ッ!」」」
その声は、格納庫に響き渡る。
「ちぇー。ケチー。大人のクセにー」
不貞腐れたように総隊長がそう言うと、間髪入れずに反撃のツッコミが返ってきた。
「「「あんた、この場で最年長ッ!」」」
息のあった返しに、総隊長は、更に怒りを募らせた。
「スピニングバード回蹴り」
総隊長は、やつあたりの回し蹴りを炸裂させた。
「「「痛い痛い痛い」」」
容赦のない攻撃に、大黒天隊は半泣きになりながら、その場から逃げるように飛翔鰐トナカイに乗り込んだ。
そして、急ぎ足で天鳥船から発進した。
◆ ★ ◆ ★ ◆
一方で火焔山を進むカワノたちは、迷子のゴズと遭遇していた。
「ゴズさん。神鋼輝石どすこいで防いだから大丈夫ですよぉ」
クシナがゴズを宥めるが、ゴズはギャン泣きだ。
「ウソだ! クシナちゃんはウソをついてる! オラ、会わせる顔がねえだ。大事な戦友を跳ね殺しちまっただ!」
どうやらゴズはクシナを高天原で跳ね殺してしまったと、強く思い込んでいるらしい。
「なんスか。大義叔母さま。このめんどくさい、めんどくさい、大きいですね?」
人の姿に化けたゴズは雌牛神。ゆえに巨乳だ。カヅチの視線は巨乳に貼りついてる。
カワノは、予備の金箍を取り出すと、ソッとゴズに被せた。
カワノは吐息をひとつ。
「掴め」
祝詞で起動。忽ち、カヅチの悲鳴が響き渡った。
「イダダダッ! ぬまっち! 嫉妬強くね?」
ウズメは、服から張り裂けんばかりの胸元に顔を顰めた。
「なってないわ。次は内臓でも見せるつもりぃ?」
ウズメは、冷ややかな視線を浴びせる。
「お見苦しいものを、申し訳ないだ。クシナちゃんらは慎ましいからな。申し訳ないだ」
ここでゴズは毒。その無邪気な一言は、女神たちの神経を逆撫でた。
「「「ああぁん!?」」」
女神たちの不興を買う。その場に女子の序列争いの気配を感じ取り、カヅチは一瞬にして物陰に隠れた。
「聞こえなーい。聞こえなーい。聞こえなーい」
カヅチは、耳を塞いで、その場から意識を遮断した。
そこは元総隊長。第一世代のウズメをも降し、獰猛な笑みを湛えて、ゴズを肩に担ぎ、ウズメとカワノのふたりの襟首を掴んで引摺り、カワノは続けた。
「お胸は大きさじゃありませんよ? ゴズさん。そうですねウズメ先生、カワノ…」
クシナがむぅむぅと言って戻ってきた。カヅチはコクコクと頷いて従った。いや、奉らうた。
この中で、十代中盤の容姿のクシナが一番小振りだ。
クシナはカヅチに『ふっかつのことだま』を起動させ、扉を潜ると出雲八重垣に帰還する。
「あれ、大叔父さま。なんで大伯父御の格好してんです?」
帰還したカヅチは、目の前にいるスサに尋ねる。
「ご苦労さまカヅチ。でもどうして、ぼくだってわかったんですか?」
スサが疑問に思うのは当然だ。クロはスサに取り込まれて顕現した、鏡像複製のような存在だ。それゆえにふたりの容姿は酷似している。
「いや、大伯父御は、誰がどう見ても魔王じゃないッスか? それも大魔王……」
簡潔にして辛辣な答えを返すカヅチに、
「掴め」
容赦なく祝詞が発動する。
「悪質なデマを拡散させんじゃねえ」
クロだ。その冷徹な声は、格納庫に響き渡る。
「事代主隊、カワノ、カヅチ両名。ただいま任務完遂し、帰還致しました」
カワノが敬礼し報告する。カヅチは痛みに踞っている。
「スサ。ゴズを引き取れ。おまえと相性がいい」
クロは有無を言わさぬ声でスサに振り、振られたスサは、
「建速須佐之男命が命ずる。汝が名は『牛頭天王』と『健速素盞嗚尊』を習合せし新たなる異能となれ。清き心と強き血潮。荒ぶる神よ、ここに『御子の御霊』を奉ず。疫病退散の功徳を抱く神仕い『牛頭』よ」
スサはゴズを神仕いとして引き受けた。
★ ◇ ★ ◇ ★
作戦会議室に集められた残留組に、新規の組織構想が説明される。
「歳神隊?」
クロとスサは、その名とともに組織の青写真を広げた。
「なんか、大黒天隊がいねえが、まあいいや」
クロは、そう言いながら、肩をすくめる。
「アナムチの神仕いや、さっきスサの神仕いになった……」
クロの視線が、ゴズの巨乳に、本能的な磁力に引かれるように貼りつく。
嫡妻であるスセリが、その視線を見逃すはずがない。
「クロ?」
スセリは、有無を言わさぬ厳しいジト目を貼りつけ、言葉の先を促した。その圧力は長官代理の妻に相応しい。
「そこのゴズとかで編成する。俺たちは基本的にカクリヨにカクレル」
クロは咳払いをして、一度態勢を立て直す。
構想は明確だ。
「神代を閉ざし、人の世に移行させる」
クロの言葉には、時代の転換期を担う指導者としての重みが感じられる。
「その際の連絡班だな」
クロは、改めてその役割を定義した。
「十二支の動物神たちで構成します」
スサが、クロからバトンを受け継ぐように、詳細を語り始めた。
「猿はウズメの旦那さま?である美猴王が内定しています」
スサの口ぶりは、すでに組織の立ち上げに必要な事務手続きが完了していることを示唆している。その手際の良さはさすがである。
その最中、作戦会議室の扉が開き、テラスとツクヨがやってきた。
ふたりは、フライドチキンとフライドポテトを、山と積んで抱えている。
「おいおい、なんのパーティーだよ?」
クロが、その豪勢なジャンクフードの山を指さして尋ねる。
「Merry Christmas!」
そう言い放ち、赤い服を着たモノモチが、景気の良い音を立ててクラッカーを鳴らして登場する。
続いて、少彦名が緑色の服を着て、同じくクラッカーを鳴らして登場した。
「新しい祭りです。きっと世界で一番信じられる神さまになるでしょうね」
スサは、この異文化の祭りの意義を真剣な表情で説明する。
「これが大黒天隊と習合したサンタクロウズです」
そして、スサは誇らしげに新たな別動隊を紹介した。
「少彦名は、この日だけはスプラッシュボーヤになる」
その宣言とともに、七面鳥の丸焼きを抱えたオーゲツが入ってくる。
オーゲツは、スプラッシュソーダをコップに注ぎながら、室内にその存在を誇示する。
いつも以上にフリルがうざい派手なドレスを纏ったオーゲツに、クロが容赦のないツッコミを入れた。
「フライドチキンにフライドポテトあるじゃんゴリネエ。あと、その服目にいてえ」
クロの言葉は、妹の旦那であっても遠慮容赦がない。
「いいのよこれで」
ゴリマッチョの身体に似合わない、可愛らしい仕草でオーゲツがウインクをかます。
「食べきれないほどのご馳走を並べて、みんなで騒ぐのよゲン兄さま」
オーゲツは、心の中身が乙女であることを、改めて強調した。
次々に並べられる料理の量を目にして、さすがのクロも一瞬、胸焼けを覚える。
「ケーキにプレゼント。義伯父御さま」
ウカノが、焼きたてのピザを切り分けて差し出す。
「ピザもどうぞ」
オーゲツもウカノもウケモチの神だ。
彼らが作り出したご馳走を、旨そうに食べてくれれば神威が増す。
このクリスマスの豪勢なご馳走は、ウケモチの神々への敬いなのだ。
「そうだぜゲン兄。社会にゃ遊びが必要なんだよ」
そう言い放ち、ツクヨはサンタミニスカートに身を包んだ白兎小隊を、優雅な仕草で作戦会議室に招き入れる。
白兎小隊たちの衣装は、ツクヨの「趣向」が色濃く反映されている。
「いや、おまえの趣味だよね?」
クロは、その個人的な趣味を隠そうともしないツクヨに、即座にツッコミを入れた。
「ツクヨ。ジャンル孫だからな?」
テラスは、姉として、弟の越えてはいけない一線について釘を刺す。
「お姉ちゃんの言いたいことわかるよな?」
テラスは、強いジト目を貼りつけた。
「ジャンル孫に手ぇ出すかッ!」
ツクヨは心外だと言わんばかりに激しく否定する。その否定の裏には、「一歩手前までは楽しむ」という確固たる信念が垣間見えた。
クロは吐息をひとつ。もう議論に付き合う気はない。
「アメノシタツクラシシオオカミウツシクニタマノミコトが命ずる」
クロは、長官代理の権能を最大限に解放した。
「サンタクロウズを大黒天隊と習合せよ」
最大級の言霊を発動させて、「サンタクロウズ」という新たな神格が神代に確立した。
ヤカミは、何の予兆もなく神術を発動させる。
そして、この場のすべての女性たちを、サンタミニスカートの衣装へと強制的に変身させた。
この悪意に満ちた不意打ちに、八十神隊に所属するスセリとカワノは、即座に苦情を申し立てた。
「「ちょっと課長?」」
ふたりの声には、怒りと呆れが半々に混じっている。
だが、ヤカミには痛くも痒くもない。
ヤカミは、身重であるという、動かしがたい最強の盾を持っている。
「あたし妊娠中」
ヤカミのこの一言で、彼女だけは、この悪戯の対象外であることも示された。
それ故に、ヤカミはいつも通り、厚顔無恥でいられるのだ。
一方で、高天原長官であるテラスと、ウケモチの神であるウカノは、このヤカミの悪戯に一切動じなかった。
まるで、最初からこうなることを知っていたかのように、泰然自若としている。
やがて、突然の衣装替えに驚いていた神々も、この場を楽しみ始め、騒ぎ始める。
スサは、クロに開始の号令を促す。
「さあ、始めようか」
クロは、最高の指導者として、この宴の始まりを告げた。
「メリークリスマス! 存分にジャンクフードと、この奇妙な祭りを堪能し、騒ぎ明かそうぜ!」
彼の号令とともに、天鳥船の作戦会議室は、神代の終わりに現れた、新しい時代の混沌たる宴に飲み込まれた。




