ワリカン ~IZANAKI~
やっべ、作品タイトルZとDを間違えた!
イズモの中枢に建つ、巨大な塔の更なる中枢にて、厳かな声音で、
「ご存知の通り、私は順番を過った。勝てなかったのです。あの時の私は。まだ若く、そして、妻である――」
挨拶をするナキの言葉に不穏を感じ、
「テラス」
クロは警戒。草薙剣を、鞘ぐるみに腰から引き抜き壇上に投げつける。
「ナミさんの可愛らしい魅…」
草薙剣の一撃に沈黙したナキの演説を、
「父と母は順番を過った。礼節、通すべき筋は大事だ。だが、それが全てではない。我らは先に地脈を動かした――」
テラスは、澄まし顔に引き取った。
少彦名に壇上から引き摺り下ろされたナキに、
「恥ずかしい黒歴史を子孫に語んなや」
クロはピシャリと戒め、腰に草薙剣を佩く。吐息をひとつ、
「カグっち、ヤマツミ。筋を後回しにして龍を呼び起こした。そこは、ごめんなさい。葦原中津国に必要だったんだ。埋めあわせには足りないかもしれんが、一席を設けた。挨拶はそこそこに、ぼちぼち始めよう。父さん、乾杯の音頭を」
トリをナキに渡し、
「太陰太極の象りが結ばれ、葦原中津国の諸問題のひとつが片付きました。それでは乾杯!」
ナキがグラスを突き上げると、
「「「「乾杯」」」」
八十神たちは唱和。会食が始まる。
◆ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ◆
ここで交代した主人公を紹介しておこう。濃紺の隊服を礼装の代わりにし、壁に凭れてグラスの葡萄酒をひと舐めしている彼女の名をカワノ。八十神隊の隊長を勤めることが能う猛者でもなく。能天気たちを纏めあげるだけの統率力もない彼女が主人公だ。沼系女子、正式名称は高志沼河姫。そう国譲りの神話に出てくる神さまの御母堂さまだ。もっとも、今は未婚で子もいない。
隊長でも副官でもなかった彼女であったが、役職がついていた。
――事務方筆頭代理主担当
略して事代主。と言う役職に。つい先刻。
丸投げしてきた怨敵が曰く、
『あたしはクロとカクリヨの調整作業があるの。第6小隊隊長命令よ。ヤカミやウカノさんたちは、トコシヨの調整作業があるから遊撃小隊に加えないようにね』
とのこと。
カワノは、グヌヌとする。思い出しグヌヌである。
怨敵は、要領がいい。気がつけば長官代理夫人におさまり、スサ長官の娘になっている。元々、スサ長官の嫡流のお嬢さまで、兄と義姉は、八十神隊の双璧である。
つまり、
「持つ者めぇ~」
それである。持つ者に役職を振られ、面倒と能天気共を押し付けられたのである。気に入らないのは、怨敵が事務方筆頭を名乗っていることだ。事務方の仕事で後れを取ったことはない。もっとも交渉ごとには、ドSなスセリには及ばないが。あと武力は大きく離された。元々、身体能力至上主義の嫡流だ。
「ぬまっち~」
頰袋いっぱいに食べ物を詰め込んで話しかけてくるのは、イワノ。成長したのは、ちょっとの事務能力の向上と、大幅な武力の向上。正式名称、伊和大神。武闘派女子だ。
「食べながら喋らない」
そう言ってカワノは、手巾で口もとを拭いてやり、ピシャリと叱りつける。
「ぬまっちの分も、もらってきたんだ。一緒に食べようぜ」
ニシシとイワノが勧めてくるのは、チョコレートソースを纏った筍の水煮。悪ふざけの産物だ。
「さあ、みんなの元に行き渡ったようですね。一息に食べて、先達のやり残しをワリカンにします。大丈夫。不味いものじゃありません」
クロの声が響き渡り、チョコノコをみんなでパクり。
「「「「いッがッ! お口えっぐッ!」」」」
口の中は無駄にイガイ。そしてエグい。聞いてた段取りと違っている。会場にみんなの悲鳴が響き渡る。一方で、
「無し寄りのアリだな」
とテラス。
「筍死んでますぜ?」
とヤマツミ。
「ウツシ。ズルはいけないよ。そうか、私は好きだが?」
と、ナキ。チョコノコ(水煮灰汁抜き版)をシャクシャク。
「くっ、敵は事実婚だけじゃ…痛い痛い…ちょ、ポカポカしないで!」
クロの両サイドで少彦名とスセリが涙目で、くるくるパンチ。エグいらしい。
「さあ、これでワリカンです。葦原中津国を良い国にしましょう!」
涙目で呻く八十神隊を措き。スサが会見を締めくくる。
口直しに用意された桃のゼリーを一口パクりとし、
「いいの?」
カワノは、視線をくるくるパンチでクロを責めるスセリに向けてイワノに尋ねた。イワノがクロに惹かれていたのは周知のことだ。武闘派女子の恋心は、短な時間でクロのような恋愛若葉印に響くものではないらしい。
「ん? そりゃあ悔しいけどさ」
取分形式の焼鳥取置台は、焼鳥逢引の約束を反故にしたクロからのお詫びだ。焼鳥を貪り食うイワノは、
「やっぱ、クロさまには、スセリみたいのが似合ってるよ」
色気より食い気らしい。いや、
「じゃあ、泣かないでよ…」
違うらしい。そう言ってカワノは、ポーチから手巾を取り出し、イワノにそれを差し出した。
「やっべ、七味かけすぎた。やっべ…」
手巾は使わず、イワノは袖に涙を捨て、そんなイワノにカワノは嘆息。
「事代主として、イワノをゴズ保護任務の遊撃小隊に任命します」
こうした時は、涙と同じくして時間が必要だ。そう判断し役職権限をカワノは行使する。
「コトシロヌシ?」
「事務方筆頭代理主担当。略して事代主。さっき長官代理夫人に振られた役職です」
そう言ってカワノは、隊服の左襟につけた事の字を象った襟章を提示する。一方で、スセリはあれで人気者。焼鳥に七味をかけすぎた失恋者が、約四名。ハツにネギマを貪り食い、
「「「「やっべ、七味かけすぎた。やっべ…」」」」
辛味に涙の理由を覆い隠す男共に吐息をひとつ。
「事代主として任命します。ヤチホコとハラシコを遊撃小隊に任命します」
措かれたミモロとニタマは、
「「えっ? 俺は?」」
困惑。
「イズモを空にできないの。それに二人は立て続けだからねえ」
意味深な視線を、ヤチホコ、ハラシコに貼り、困惑する二人をカワノはバッサリ切り捨てた。二人は得心。ここでイワノ、
「ああ、課長の時な~」
逆撫で。二人の感情を深く抉る。どうやら課長ことヤカミに懸想していた黒歴史があるらしい。その課長は、物憂げな面持ちに壁に凭れていたが、ああした表情の時は、おおよそロクでもないことを企んでいるに違いない。
「盛るか? ムナゲに盛って眠らせ…」
予想は的中。ここで総隊長、
「竜巻旋風掌!」
異能で割り箸を竹トンボに変え、ヤカミに向けて撃ち放つ。竹トンボはヤカミの頬の前で滞空。ペシペシと羽の先で竹トンボびんた。
「痛い痛い痛いッ? お、夫の前で辱しめる…」
ここで、ウカノ。ヤカミの肩を鷲掴み。
「それ以上は、あたしのエベっさんが穢れる。お黙ろうな? なっ?」
低い声音で恫喝。ヤカミは悲鳴。
「夫に眠り薬盛ってどうするつもりさ?」
総隊長、呆れて吐息。
「「たっだれてんなぁ~」」
ウカノと総隊長は、ヤカミの思惑を推察して異口同音。勿論、ネタに過ぎないのだともわかっている。
「ご、誤解だよぉ~、ス…」
ここでスセリが制裁発動。ヤカミを吊り上げ、
「因果切れても、兄妹ですからね。お義姉さま?」
本気で釘。スセリの兄は、アナムチ。正式名称、大穴牟遅である。因果が換わっても、兄妹で卑猥な情事などお断りだ。
「ギブギブギブ。わか、わかったから…」
スセリの腕を本気でタップ。ヤカミは全面降伏。
桃のゼリーを一口パクり。
「じゃあ、格納庫に集合で」
カワノは短く纏める。イズモで調整作業する係でなくて、心底よかったと沁々思う。全体的に濃くなっている。スセリに制裁発動は、なかったはずだ。ヤカミもあそこまで露骨な卑猥い発言は、しなかったはずだ。つまり、能天気具合が進化している。葦原中津国の中で神州九州こそが安全地帯だ。思い立ったが吉日、
「カワノ事代主遊撃小隊は、これより神州九州に入ります」
メソメソする三人に向き、脱兎の離脱を下知。理解の追い付かない三人の襟首を掴んで天鳥船の艦橋に向かう。
八十神隊は、歴代の集大成として刷新された。それは即ち、歴代の集大成の能天気具合が強力化されたと言うことだ。高天原長官殿のテラスは、大概、脳筋で能天気だ。夜之食国長官殿のツクヨは、脳筋でないが、大概、チャラ男で適当な能天気だ。さらには、八雲で隠されていた先達たちも、大概、脳筋か適当かの能天気共だ。
ここに居ては毒される。能天気共に。事務方筆頭スセリの判断は、正しい。カワノは振り返り、事務方筆頭殿に最敬礼。
「「ぬまっち?」」
キョトンと自身を見つめる、ミモロとニタマと言う尊い犠牲を捧げ、
「ゆ、赦せ…」
目尻に涙を滲ませ、カワノは強力化能天気共が醸す強化版混沌から離脱した。中津国の良心であるために。
◇ ★ ★ ★ ★ ◇
ソミン拠点に降り立つと、辺りは暗がりに包まれていた。白兎小隊は、主に神州九州を中心にして、哨戒任務に就いていた。
カワノの姿を見つけ、
「ぬまっちのオバさーん」
白兎小隊隊長のタマモが手を振ってくる。
「せめて、カワノさんにして…」
オバさんと言う単語は、概ね禁忌だ。先日の祭りの白兎小隊事件で学習してくれなかったらしい。
「お戻りなさいませカワノさま」
恭しく、頭を垂れて出迎えるタツキに、
「状況の報告をお願い」
襟章を翳して、情報連携。この襟章も神器の一種だ。ソミン拠点に設置されたイズモの白兎小隊の基地の管理責任者がタツキであり、教育担当が、ソミン拠点のキテイ組合組合長のキテイである。襟章からの情報から、カワノが神州九州での八十神隊最高位であることをタツキは認証し、
「違反者ゼロ。周辺勢力に動きなし。龍脈は安定しておりますカワノさま」
タツキは短く情報共有。
「少し休みます。探索は明日の――」
カワノが下知すると、
「かしこまりました。カワノさま」
恭しく頭を垂れてタツキ。案内されるままに進むと、扉がふたつ。男部屋と女部屋かと思いきや、扉を開き、即座に閉ざす。
「タツキ。あなたに新しい名前を贈りましょう。課長に汚染された駄目なタツキ。略してダツキ。ところで、この部屋以外は?」
部屋の中には、大きな寝台が一組。且つ壁紙は薄い桃色。照明は薄暗く扇情的な輝きを湛えている。つまり、子供部屋ではなく、子――おっと、この先は、ご想像に委ねよう。
「ですが、スセリさまからのご依頼は、『昨夜は、おた』」
「わーわーわーッ!」
タツキの言葉を、顔を赤らめカワノは遮り、ここで、ハラシコ、悪い笑み、
「どうしたんだよカワノのオバさん」
キョトンとするタマモに、ポソリと耳打ち、
「なんだよ、そんなことかよ?」
タマモはサバサバと嘆息。扉を開くやカワノとイワノを引き入れ、
「交ざるかい?」
ヤチホコ、ハラシコに妖艶な挑発。タツキは、そんな養女の頬をムニィ。
「タツキは、入り口で見張ってなよ。野郎なんて誰でもよくなる時があんだからさ」
これは、換わる因果以前の記憶と経験だ。タマモは、暴走族死露兎の二代目総長だ。尚且つ、浮浪児の頭目だった。その辺りは、とてもサバけている。
「「え、俺こいつと同じ寝台? やだ腐女子湧いちゃうぅ」」
二人は涙目、タツキは嘆息。
「ハラシコさまは、一番奥のお部屋を。ヤチホコさまはお隣をお使いください」
そう言ってハラシコを奥の部屋に入れると外から施錠し封印する。
「酷くない?」
喚くハラシコを措き、カワノは怨敵に怨嗟の念を送ってやる。
――幸せお裾分けとか…不要からッ!
四人は、神州九州の夜闇に眠りに就いた。
最終章3部のテーマは青春群像劇?