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51.パソコンの画面
教義のN「(最初は文字が映り、ついでNに替わる)みなさま方は、これまで無限で平坦だと考えられてきた宇宙が、実はポアンカレの正十二面体空間であったということをご存じでしょうか? 宇宙背景輻射の解析というデータの裏付けを受けその説が発表されたのはわずか数年前のことでしたが、プラトンの立体とも呼ばれる、この世に総数五種類しか存在しない正多面体は、これまでさまざまな偉人たちによって、宇宙そのものと関連づけられてきました」
流れ、それぞれが絡まるように回転しながら移動する正多面体、およびその内部の映像。
教義のN「その中でも正十二面体は、プラトンにとっては宇宙の象徴でした」
正十二面体が拡大し、宇宙と重なる映像。
教義のN「すべての正多面体は太陽系の構造と関連すると唱えたのは、自ら天界の音楽を作曲したことでも知られる、天文学者のヨハネス・ケプラーでした」
52.ケプラーの内接および外接正多角形、および天界の音楽の譜面の映像
53.パソコンの画面
教義のN「残念ながらケプラーの考えは今日では誤っていたことが知られています。ですが正多面体と宇宙の構造を関連づけるその基本的なアイデアは、決して間違ってはいなかったのです」
54.北堀署刑事二課(夜)
パソコンの画面を覗き込む鳩谷の背中を叩く手。
わずかにぎょっとして振り返ると、少しやつれたような戸田が立っている。
戸田「ただいま戻りました」
鳩谷「おう!(戸田を上から下まで眺めてまわして)遅かったな……」
戸田「電車が事故に遭いまして…… 詳しいことはよくわからないのですが、死体遺棄、というか、線路に死体が捨てられていたようです」
55.ぎゅう詰めの車両(夜、回想)
戸田が電車の戸口の近くに立っている。ガラス窓の外遠くに作業をしている警察官や鑑識班の姿が見える。
戸田のN「とにかく身動きはできませんし、事件の様子を聴きにも行けないですし、体勢は変えられませんし、ストレスが溜まりましたよ。なにせ二時間以上、止まっていましたから……」
56.北堀署刑事二課(夜)
鳩谷「ふうん。……確かに事故が起これば現場検証はされるが、ずいぶんと長かったな? 珍しい」
戸田「ええ、鑑識班も来ていたみたいです。何を検証しているのかまでは、わかりませんでしたが……」
57.ぎゅう詰めの車両(夜、回想)
死体にはシーツが被せられている。それが風で一時捲れ、通常ではあり得ない形にねじ曲げられた複数の絡み合う死体が覗く(車内の戸谷には見えない)。
58.北堀署刑事二課(夜)
戸田「とくかく、クタクタに疲れましたよ」
言って、パソコンに映っている画面にふと目を留める。
戸田「(あ、)これは?(覗き込んで)パラメトリックス教団のホームページですね。(鳩谷に視線を戻し)鳩谷さん、すごいですね。いつの間にインターネットできるようになったんですか?」
鳩谷「ふふん……」
戸田、近くの椅子を引き、鳩谷の隣に座る。鳩谷、引き出しから何やら袋を取り出し、戸谷に渡す。
鳩谷「ま、これでも食え!」
出された袋の中には調理パンとペットボトル入りのお茶が入っていた。戸田が素直にそれを受け取る。
戸田「ありがとうございます」
言って、パンを食べはじめる。
鳩谷「(パソコンの画面に視線を戻し)詳しいことはさっぱりだが、(右手の人差し指を頭のまわりでグルグルまわしながら)特に、おかしいとも思えんがな。だから何だという気もするが……」
戸田「でしょう? 自分も不思議な気がしたんですよ。……て言いますか、本当の教義は別にあるのか、と」
鳩谷「裏があると?」
戸田「いえ、わかりません」
鳩谷「ふうむ(考え込む)」
59.葛西美菜を捜索する戸田
の映像が、鳩谷のNに被って映し出される。
鳩谷のN「鹿浜信二が失踪し、そのアパートにあった写真の女性の名前および住居を、戸田は持ち前の熱意と体力で、わずかで一週間で見つけてくれた」
何人もの人や会社、個人宅、アパートなどを訪ねまわり、最後にあるスーパーマーケットで買い物をしている姿を見かけたという主婦の情報から相模原市のマンションを突き止める、戸田。
鳩谷のN「だが、その葛西美菜も失踪していることが、本日判明した。すべての手掛かりが無に帰したのだ」
60.北堀署刑事二課(夜)
で考え込む、鳩谷。しばらくそうしてから、顔を上げるとパンと手を叩く。
鳩谷「他に手掛かりはないし、行ってみるか?(パソコン画面を指差して)ここに!」
パソコン画面に映し出されたパラメトリックス教団のホームページを見つめる、鳩谷。
戸田「(口の中のパンをお茶で喉に流し込んでから)了解しました!」と満面の笑みを浮かべる。