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09:白い花飾り

 

 どれだけ知識を得ようとも、用意された課題をこなそうとも、俺は研究所員ですらない新人だ。実際に現地に赴き専門家達と行動するのは何もかもが新鮮で学ぶことばかり。

 出来るだけ多くを学び、経験し、所員達の邪魔にならないよう置いていかれないよう着いていくのに必死だ。

 おかげで二週間の採掘旅行はあっという間で、気付けば最終工程も終えて帰路の馬車の中。

 一人馬車に揺られていると今まで張り詰めていたものが緩み、途端に疲れがどっと押し寄せてくる。疲労は睡魔を連れてきて、ついうとうとと船を漕いでしまう。


「ヒューバート様、起きてください。学園に着きましたよ」


 御者の声で寝入っていた意識がゆるりと浮上する。

 窓の外を見れば見慣れた校舎。学園の正門だ。既に周囲は薄暗くなっているが、卒業パーティーの夜だけあり屋外灯が周囲を照らしている。風にのって微かに聞こえるのはメインホールからの音楽だろうか。

 ここから馬車に乗って出ていったのはたった二週間前。だというのに懐かしさなんて感じてしまうのは、それだけ採掘旅行が濃かったからだ。


「もう着いたのか。乗り込んで直ぐに寝てしまったな……」

「お疲れでしょうし仕方ありませんよ。少しでもお休み頂けたならなによりです。それより今夜はご卒業のパーティーでしょう、どうぞ楽しんできてください」

「ありがとう」


 御者に礼を告げて客車から降り、はやる気持ちを押さえるように足早に寮へと向かっていった。



 パーティー用のスーツは完成されて部屋の机の上に置いてあった。

 黒を基調にしつつも、襟や細部には深緑色の布を使ったスーツ。銀の刺繍と合わさって厳かさのある仕上がりになっている。

 先程まで意識は採掘旅行だったが、上着の袖に腕を通せば一瞬にして気持ちが切り替わった。

 パーティーへの期待、本来の目的への決意。……それとなにより、ティギーに対しての想いと、それを伝えようという覚悟。

 タイミングを見計らって彼女に全てを話し、誠心誠意詫びよう。そしてもしも彼女が許してくれたのなら、俺の胸にあるこの気持ちとこれからの希望を伝えるのだ。


「まずは温室に迎えにいかないと」


 寮を出て温室へと向かう。

 既に時刻は八時を過ぎており周囲は暗く、殆どの生徒はパーティーのメイン会場である広間やその周辺に居るのだろう、寮の近辺には人の数は少ない。

 温室も同様で、特別な飾りつけも何も無いこの場所は今夜であっても程よい静けさがあった。

 ちらほらと生徒の姿はあるが、彼等はティギーのように普段から温室を愛用している者達だ。

 卒業パーティーという特別な時間を思い入れの場所で過ごそうと思って来たのだろう、そういった者達は騒ぐことなく静かに語り合っている。


 そんな温室の中を歩けば、ティギーの姿はすぐに見つかった。

 彼女は月光樹の根元に立ち、まるで空を仰ぐように生い茂る葉を見上げている。

 纏っているのは深緑色のドレス。細部には銀色の糸で刺繍が施されており、薄暗い温室の中ではまるで彼女が光っているかのように見えた。


「……ティギー」


 その美しさに見惚れるように彼女の名を口にすれば、ティギーがぱっとこちらを向いた。

 普段は三つ編みに結われている髪は今日は降ろされており、彼女の動きに合わせてふわりと揺れる。白い花髪飾りは今日のために用意したのだろうか、それもまた似合っていて、選んだのが花というのがティギーらしい。


 深緑色の葉に白い花を咲かせる月光樹。それに寄り添う、深緑色の髪とドレスを纏い白い花を髪飾りにするティギー。

 まるで彼女もまた月光樹の一部かのようだ。月光樹は輝いていないのに、俺の視界ではティギーが輝いて見える。

 そんなティギーは俺に気付くと嬉しそうに微笑み、小走りに駆け寄ってきた。ドレスの裾が揺れる、それもまた美しい。


「おかえりなさい、ヒューバート。採掘はどうだった?」

「ただいま……。採掘は……、その……楽しかったよ……色々なことを見て、知って……」

「貴方にとっていい旅になったみたいで良かった。後でいっぱい話を聞かせてね」

「あぁ、話すよ……。と、ところで、そのドレス綺麗だな、凄く似合ってる」


 嬉しそうに話すティギーに見惚れながらもそれでもと告げる。

 だが彼女は俺の言葉をすぐには理解出来なかったのか、数秒わずかに間を空けた後、それでも次第に頬を赤くさせていった。落ち着きなく視線を彷徨わせ、「あ、ありがとう……」と上擦った声で返してくる。

 嬉しさと照れ臭さを綯交ぜにした、はにかんだ表情が可愛らしい。


「ヒューバートも素敵よ。似合ってて格好良い。その色、ヒューバートの落ち着いた雰囲気に凄く合ってる」


 ティギーが俺の装いを褒めてくれる。

 俺のスーツも彼女と同じ布を使っており、胸元や細部には同じように銀色の糸で刺繍を施している。

 さすがに女性用のドレスのような華やかさは無いが、それでも立派なスーツに仕立てあがったと思える。


「それでね、もしよければ……。これを胸元に飾って欲しいの」


 ティギーが手にしていた小箱を俺に差し出してきた。


「これは?」

「ドレスのお礼に。でも、気に入らなかったら着けなくて良いの。お店で売ってるような立派な物じゃないし」

「ティギーが作ったのか? 開けて中を見ても?」


 ティギーの話からでは箱の中に何が入っているのか特定までは出来ない。

 ならばと箱を開けて中を見れば、そこにあったのは白い花。

 そっと手に取ればしっかりとした硬さがある。生花ではない。これは、とティギーを見れば、彼女の髪にも同じ花の髪飾りが着いている。


「こんなに素敵なドレスを作ってもらったんだから、私も何かお返し出来ないかなって思って……。それで作ってみたの」

「これを? 凄いな、綺麗だ」

「それね、月光樹の花なの」

「月光樹の?」


 月光樹を見上げれば、瑞々しい葉が生い茂る中に白い花が咲いている。

 ティギー曰く、彼女は普段から研究のために月光樹の花を保管しており、その中でも綺麗なものを選んで魔法で加工したのだという。自分用は髪飾りにして、俺にはスーツの胸元に飾れるように……。

 その話を聞きながら俺はスーツの胸元に花を飾った。黒と深緑色の組合せのスーツに白い花は美しく映える。


「ありがとう、凄く嬉しい」

「良かった。ねぇヒューバート、広間の方に行ってみましょう」

「そうだな。……それじゃあ」


 気恥ずかしさを誤魔化すために一度咳払いをし、そっと彼女に手を差し出した。

 上擦りそうになる声をなんとか押さえ「お手をどうぞ」と促せば、ティギーが嬉しそうに微笑んで俺の手を取った。



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