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08:「いってらっしゃい」

 


 温室を熟知しているティギーが案内したかいがあり、リース造りに適した花を見つける事が出来た。

 シェイナはもちろん、ディル王子までもがまるで自分が世話になったかのようにティギーに対して感謝を示す。それほどの仲という事なのだろう。

 その後は長机に戻ってしばらく雑談をし、俺は採掘旅行の準備があるため早めに温室を後にした。


「よぉ、ヒューバート」


 声を掛けられたのは寮に戻る途中。

 フレッドが小走りに俺を追いかけ、隣に立つと足を止めた。


「今日も温室に行ってたのか?」

「あぁ。今日は入り口の植木に花が咲いてた。明日はもっと咲くって」

「随分と熱心に通ってるみたいだな。ティギーとの卒業パーティーを楽しむのは良いけど、当初の目的を忘れるなよ」

「……当初の目的か」


 俺の目的は卒業パーティーをティギーと楽しむこと。……ではない。

 卒業パーティーでディル王子が公爵令嬢に対して婚約破棄を宣言した際、それを非難し、俺がディル王子一派ではないことを証明する。それとブルーノを殴る。

 そのためにティギーをパーティーに誘ったのだ。誰かまだ相手の決まっていない女の子は居ないかと探し回り、フレッドに教えてもらって彼女に声を掛けた。

 あの時はパーティーに行くことだけを考え、むしろパーティーどころか自分の保身ばかり考え、一緒に会場に行ってくれるなら誰でも良かった。それこそ碌に話した事のない箱庭の魔女でも。


 だがティギーはそれを知らず、俺の話を信じている。

 採掘旅行でパーティーに出られないと思っていた俺が、夜の部には間に合うと分かって自分を誘ってくれた……。と、そう考えているのだ。


「俺は……」


 このまま事実を隠して彼女をエスコートして良いのだろうか。

 きちんと事情を説明して、改めて一緒に行って貰えるよう頼んだ方が良いんじゃないか。そんな考えが俺の胸に湧く。

 だが結論が出る前にフレッドが話を続けてきた。「それでさぁ」という彼の言葉に、頭の中でぐるぐると渦巻いていた考えが弾けたように消え去りはっと我に返る。


「あ、わ、悪い……。何の話だっけ」

「なんだよ、聞いてなかったのか? ディル王子の婚約破棄宣言だよ。俺が調べたところだとアリア令嬢側も既に把握してるみたいだな」

「把握してる? それなのに好きにさせるつもりなのか?」

「アリア令嬢にも考えがあるんだろう。ディル王子はシェイナに嫌がらせをしたとアリア令嬢を糾弾するつもりだが、多分アリア令嬢側には身の潔白を証明するものがあるんだろうな。お膳立てされた舞台を逆手にとって、ディル王子の話を引っ繰り返して糾弾し返すつもりなのかもしれない。これは面白い一騎打ちになりそうだな」


 フレッドの表情には期待の色が見える。きっと卒業パーティーで騒動が起きるのを楽しみにしているのだろう。


「シェイナへの嫌がらせか……」

「アリア令嬢がそんなことするとは思えないけどな」

「俺もそう思う。でも……」


 温室でシェイナはリースを無くしたと話していた。


 故郷の村で暮らす家族にプレゼントするためのリース。

 その話によると結構な大きさで、それも花をふんだんにあしらった豪華なものだったという。数ヵ月前から花を選んで自分の手で造りあげ、枯れないように魔法をかけて……、と、相当凝っていたようだ。

 そうして、かけた魔法に不備が無いかの確認のため完成したリースを教師に預け、教師は風通しの良い事務室の一角に置いていたのだという。


 ……だがそれが今朝方無くなっていた。

 生徒からの預かり物を他者の手が届く場所に保管していたのは迂闊と言えるが、警備の行き届いた学園、それも貴族の子息令嬢しかいない場所という油断があったのだろう。


 リース紛失に至る経緯を話していたのは殆どディル王子だった。

 シェイナは彼の隣で時に俯き、時にティギーに慰められて切なげに笑っていた。怯えるような表情で。


「いやがらせ……。なぁフレッド、少し調べて欲しいことがあるんだが」

「ん? 俺にか?」

「本当は自分で調べたいんだが、明日から採掘旅行なんだ。悪いが頼む」

「お前なら変なことは頼んでこないだろうし、卒業パーティーまで暇だから頼まれてやるよ」


 了承してくれるフレッドに感謝の言葉を返し、俺は気になっていることを彼に話した。



 ◆◆◆



 翌朝、窓の外が薄っすらと明るくなり始める午前五時。

 普段ならば熟睡している時間だが、俺は着替えを済ませて学園の門の前に立っていた。

 制服ではなく私服。それもだいぶラフな格好だ。

 貴族の通う学園の生徒らしからぬ格好ではあるが、これから行く場所ややる事を考えれば家柄だの格調だの言ってはいられない。動きやすさ重視だ。

 足元には大きめのトランク。こちらは頑丈な造りの一級品。事前に研究所の所員達から『鞄は旅の相棒』と教えられていたので立派なものを用意しておいた。


 忘れ物はないかと鞄に詰めたものを思い出しながら馬車を待っていると、「ヒューバート!」と俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 振り返れば、一人の女子生徒がこちらに駆け寄ってくる。深緑色の髪、俺を呼ぶ声……。


「……ティギー?」

「良かった、まだ出発してなかったのね」


 息を切らせながらティギーが話す。どうやら女子生徒寮からここまで走ってきたらしい。

 普段は三つ編みにしている髪が今日は解かれており、緩やかなウェーブが彼女の呼吸に合わせてふわふわと揺れている。


「こんな時間にどうしたんだ? まだ温室は空いてる時間じゃないだろ」

「見送りに来たのよ。でも寝坊しちゃって、慌てて部屋を飛び出して走ってきたの」


 寝坊した事と息を荒らげている事が恥ずかしいのか、ティギーがはにかむように笑う。更には「髪を結ぶ余裕も無かったわ」とふわふわと波打つ自分の髪を手で押さえだした。

 ほんのりと頬が赤いのは走ってきたからだろうか。それとも急いできた余裕の無い姿を見せる事の恥ずかしさか。

 その表情に、俺まで気恥ずかしさが湧いてしまう。

 俺のために早く起きてくれたという彼女の気持ちが嬉しくて、表情が緩みそうになるのをなんとか堪え「わざわざありがとうな」と冷静を装って感謝を示した。


 昨日、別れ際に言葉を交わしている。

 早朝に出発すると話すとティギーは「いってらっしゃい、気を付けて」と言ってくれた。それだけでも十分だったのに、彼女は見送りに来てくれたのだ。


「ティギー……、あのさ……」

「私、パーティーの日はずっと温室に居るから、戻ってきたら温室に来て。疲れてたら休んでからで良いから無理はしないでね」

「あぁ、分かった……。ドレスは明後日に出来上がるんだっけ?」

「そうなの。だから、ドレスを見せるのは当日ね。ヒューバートのスーツは寮の部屋に届けておいてもらうのよね。私、きっと嬉しくてドレスを着て待ってるから、ヒューバートもスーツで温室に着てくれると嬉しいな」

「そうだな。それじゃあスーツを着て温室に迎えに行くよ。……ところで、ティギー」

「なぁに?」

「俺……」


 本当は、エスコートさせてくれるなら誰でも良かったんだ。

 パーティーに行きたいんじゃなくて、パーティーで起こる騒動に居合わせたかっただけなんだ。

 だけど今は違う。エスコートするのはティギーじゃないと嫌だ。エスコートしたいのはきみだけだ。


 そう告げようとした俺の言葉に、ガタガタと車輪が地面を走る音が被さった。

 一台の馬車。王立研究所まで行くために学園が手配してくれたものだ。本来の時間より幾分遅くなったからか、御者が台から降りると謝罪の言葉と共に急いで俺のトランクを客車に積み込む。

 途端に出発の空気が漂い、話そうとしていた俺の決意が揺らぐ。そのうえ御者が出発を促してきた。


「ティギー、俺、本当は……」

「どうしたの? ヒューバート」


 ティギーが俺を見上げてくる。濃紺色の瞳。じっと見つめられると情けない話だが俺の中で覚悟が揺らいだ。

 もしも全てを話して呆れられたら。そんな理由ならば行かないと断られたら……。

 不安が俺の中で湧き上がり、次の瞬間、御者が「そろそろ出発しましょう」と急かしてきた。


「そ、そうか分かった……。悪いティギー、なんでもないんだ。気にしないでくれ」

「そう? それならいってらっしゃい、気を付けてね」

「うん。行ってくるよ」


 見守られながら馬車に乗り込み窓を開ければ、そこには変わらずティギーが微笑んでいた。

 ゆっくりと馬車が走り出せば次第に彼女の姿が小さくなっていく。それでもティギーは大きく手を振ってくれていた。




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