07:王子と特待生のリース
温室に現れたディル王子はティギーを呼び、次いで俺に気付くと「きみは……」と声を掛けてきた。
「きみは確かヒューバートだよな。ブルーノの従兄弟なんだろう」
どうやらブルーノ伝手に俺のことは知っていたらしい。
後ろに控えていたブルーノが名前が出た瞬間にさっと前に進み出てきた。そのまま話に加わるあたりなんとも場慣れを感じさせる。こうやって細々とディル王子にアピールをして取り巻き筆頭に上り詰めたのだろう。
「聞いたぜヒューバート、お前ティギーを誘って卒業パーティーに出ることにしたらしいな」
「あぁ、そうだけど。別にお前には関係ないだろ」
「関係ないなんて言うなよ、従兄弟だろ。それにお前この間まで卒業パーティーには出ないって断言してたじゃん。どうして急に参加する気になったんだ?」
場の空気も読まずにブルーノが尋ねてくる。
聞いていたティギーが小さく「え?」と声を漏らした。不思議そうに俺を見てくる。咄嗟に彼女を見れば、不安げに俺を見つめる濃紺色の瞳と目が合った。
しまったと俺が内心で悔やんだのは、ティギーを誘うに至るまでを説明していないからだ。彼女にはただ「誘うのが遅くなった」としか説明していない。
「それは……。採掘旅行に同行するからパーティーまでに戻って来られるか分からなかったんだよ」
「あぁ、そういや行くって言ってたな。卒業したらすぐに研究所に行くんだろ? 生活が懸かってるわけでもないんだし、しばらく家でのんびりすりゃいいのに」
「俺の勝手だろ。それより、今日はなんで温室に来たんだ?」
さっさとこの場を終えたい一心で話を促せば、ブルーノの代わりにディル王子が「花を探しに来たんだ」と話し出した。
ちらとディル王子の視線が隣に立つシェイナに向けられる。これは『シェイナが花を探しに来た』と言いたいのだろう。
曰く、彼女は卒業を前に、温室で咲いている花を故郷の両親に贈ろうと思っていたらしい。
管理人に許可を貰って花を摘み、魔法で加工してリースを作って……。と準備をしていたが、そのリースが今朝無くなってしまったという。
「無くなった?」
たった一輪の花ならまだしも、リースともなればそこそこの大きさだ。それも大事なひとへの贈り物となれば簡単に無くなるものではないだろう。
疑問を抱いて問うも、シェイナは気まずそうに表情を曇らせ、これ以上は話したくないのか視線をそらしてしまった。
こんな態度を取られては俺も言及する事は出来ない。
それを気遣ってかディル王子が話を続けた。
「リースは見つかりそうにないし、探すよりもう一度作り直すことにしたんだ。管理人にも花を摘む許可は貰っている。だが目当ての花が見つからなくてね。管理人に案内してもらおうと思って探していたんだが、彼の姿が見当たらなくて困っていたんだ」
どうしたものかと温室内を彷徨い、いったん戻ろうと考えた矢先に話し声が聞こえてきたのだという。言わずもがな、俺とティギーの話し声だ。
俺としてはあまり喜べない偶然だが、ディル王子達からしたら不幸中の幸いとでも言えるだろう。
なにせティギーは『箱庭の魔女』とまで呼ばれるほど温室に長けた人物なのだ。知識面においては管理人を凌ぐ。
「ティギー、きみに案内をしてほしいんだが、頼まれてくれないだろうか?」
「私に……、ですか?」
「あぁ、摘んでいい花のリストは管理人から貰っている。その花がどこに咲いているのかと、出来ればどんな花か教えてくれないだろうか」
「は、はい。もちろんです」
ディル王子を前にしているからか、ティギーは分かりやすく緊張している。
わたわたと机の上を片付けようとするが焦るあまりにノートに挟んでいたプリントを机の上にばらまき、更にはケースに管理していた花を落っことしてしまう。落ち着き払った知的な才女の印象を受ける彼女だが、こういったそそっかしい一面もあるのだ。
意外そうな表情をしているディル王子達を他所に、俺は小さく笑い、手伝うためにテーブルの上に散乱するプリントに手を伸ばした。小声で「落ち着きなよ」とティギーを宥める。
「そう焦るなって。少し待たせたところで花に足が生えて逃げるわけじゃないし、一瞬で全部枯れたりもしない。ティギーが一番分かってるじゃないか」
「それはそうだけど……。でも王子の相手をするのよ。他の方々も爵位の高い方ばかりだし……。ねぇヒューバート、一緒に来てくれない?」
「俺も? 別に構わないけど、俺は魔法植物については詳しくないからアドバイスは出来ないぞ」
「一緒に居てくれるだけで良いの。貴方が居てくれると安心して落ち着いて話せると思うから」
だから、と話しつつティギーはテーブルの上を片付け、終わるや「お願いね」と俺に一言告げてディル王子達への方へと向かっていった。
待たせたことを詫び、シェイナに対してどんな花が良いのかを聞く。
その様子はやはり緊張が隠しきれていない。同じ特待生であるシェイナ相手にはさすがに緊張や畏まった態度は見せていないが、自分達を囲む面々はティギーにとっては格上の相手で緊張してしまうようだ。
だけど俺は違う。むしろ俺が居れば安心できる。
それが気恥ずかしくて嬉しくて、俺はにやけそうになるのを堪えつつ、「お前はこんなところで何してたんだ」というブルーノの質問は無視をしてティギー達を追った。