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06:二人で準備を

 


 ティギーはドレスを着るのは初めてと言っていた。となれば当然だがドレスを仕立てるのも初めてだ。

 俺の馴染みの仕立て屋に頼んだのだが、ティギーは緊張した面持ちで挑み、話が進むと瞳を輝かせ、サンプルの布を一つ一つまるで焦がれるように手に取って眺めていた。

 その姿はやはり『魔女』らしくない。それでいて、色合いを提案されるたびに「これは昨日咲いた花の色に似ている」「こっちは温室の入り口にある薬草の色」と魔法植物で表現するあたりは『箱庭の魔女』だ。

 ドレスに憧れを抱くティギーや女性達と違い、俺はスーツの新調にさほど興奮はしない。だが不思議なことにティギーの話を聞いていると楽しく思えてくる。


 そんな中、一枚の布を手に取ったティギーが「これは……」と小さく呟いた。

 吸い込まれそうなほど濃い深緑色。細工があしらわれているのか細かな光を纏っており、まるで布全体が輝いているように見える。スーツの仕立てはもちろん布にも興味の無い俺でも見惚れてしまう美しい布だ。

 更には職人がその布に似合うと言って銀色の刺繍糸を布の上に置いた。元より美しい布がより輝きを増して、テーブルに広げているだけでも一級品だと分かる。


「これ……、月光樹に似てる」

「月光樹? あぁ、確かに月光樹は葉の色が濃いし花も白いから似てるかも」

「それもあるけど、光ってるときの月光樹に似てるの。白い花が光って、それを受けて葉も輝く……。月光樹そのものが光っているように見えて、この布が一面に広がっているような美しい光景なの」


 ティギーの声はうっとりとして見惚れるような色がある。

 手元では月光樹に似ているという布を撫でながらなのできっと手触りも気に入ったのだろう。布というよりは子猫や子犬を撫でているような手の動きだ。


「月光樹がいつ光るのかはまだ解明されていないけど、目安としては三年置き、月が出ている夜に光るのは分かっているの。凄く幻想的で、夢のような光景なのよ」

「見たことあるのか?」

「小さい頃に一度だけ。でもあの光景は今でもはっきりと覚えているし、それから魔法植物の研究を始めたの」


 輝く月光樹。彼女にとってよっぽどその光景は感動的だったのだろう。

 魅入られ、その果てに魔法学園の特待生となり挙げ句に『箱庭の魔女』と呼ばれるまでに至るのだから相当だ。


「それなら、その布でドレスを作ろうか。これだけ落ち着いた色なら俺も使えそうだ、ベストと襟をこの布にしようかな」

「でも、こんなに高価な布……」

「こういう時は金額を気にするもんじゃないだろ。それに、せっかく初めてのドレスなんだから豪華にしないと」


 だからと話せばティギーが俺と手元の布を交互に見やった。躊躇いと期待が彼女の瞳に宿っており分かりやすい。

 そうしてしばらく迷ったのち、ティギーは手元にある布を愛おしそうに見つめ、「……嬉しい」と小さく呟いた。


 深緑色の髪がふわりと揺れる。彼女はこの布を月光樹のようだと言ったが、俺には月光樹と、そして同時に彼女の髪色のようにも思えていた。

 ドレスを纏った彼女はさぞや美しいだろう。

 その姿は箱庭の魔女ではない、箱庭の王女だ。そんな事を考えながら、俺は嬉しそうに仕立て屋と話をするティギーを見つめていた。



 ◆◆◆



 ドレスを造りに行った日以降も、俺は時間が出来ると温室を訪れるようになっていた。

 仕立ての進捗や当日の装いについて話す事もあれば、お互いの研究分野について教え合う事もある。

 他にも、在学中にあった事や入学する前の事、どんな本を読んだか、今朝は何を食べたか……。他愛もない会話だ。

 時にはティギーは研究を進め、俺はそんな彼女を眺めつつ本を読むという、二人で居てもあまり会話をしない日もある。沈黙は苦ではなく、互いに別の事をしながら、時折ふと顔を合わせて少し会話を交わす。


「ティギー、今日も邪魔して良いかな」


 定番となった言葉で声を掛ければ、ノートに花を書き写していたティギーが顔を上げて穏やかに微笑んだ。


「こんにちは、ヒューバート。今ちょうど休憩しようと思っていたところなの」

「良かった。一緒に食べようと思ってクッキーを買ってきたんだ。そういえば、入り口の植木に花が咲いていたな」

「気付いた? あれね、今朝咲いたの。あの木は最初の一輪が咲くと続くように他の蕾が開くから、きっと明日はもっと花が咲いてるわ」

「明日か……、明日から採掘旅行だから見られないのは残念だな。でも温室はあまり変化が無いと思ってたけど、こうやってちゃんと見てみると少しずつ変わってるんだな」


 どこというわけでもなく温室を見回す。

 中央にそびえたつ月光樹、それを囲むように草花が咲き誇っている。


 温室はどこを見ても草花で溢れ、空気は涼やかで清々しい。人気が少ないため程良い静けさがあり、それでいて、授業に必要な草の採取のために訪れた生徒で賑わう時もある。

 沈黙という程の静けさではなく、騒々しいという程の賑わいでもない。それがまた居心地の良さに拍車をかける。

 今まで必要な時にしか訪れていなかったのが悔やまれる。もっと早く温室の良さに気付いていれば良かった。そう話せばティギーがクスクスと笑った。


 テーブルにはお互い用意した飲み物と俺が買ってきたクッキー。

 上品なティーセットと豪華なお茶請けではない。クッキーも温室に来る前に寄った購買で買ったものだ。だけど穏やかな温室だと不思議となにより美味しく感じられる。


「進路も決まって、卒業試験も終わって、それなのにまだ研究なんて大変だな」

「研究所に入ったら今程好きには出来ないから。それに、月光樹の研究をするならこの温室が最適なの」


 話しつつティギーが月光樹に視線をやる。目を細めて見つめる表情には愛おしむような色がある。


 ティギーは卒業後、俺と同じく王立魔法研究所で研究職に就く。

 聞いた話では、既に彼女の名前は国内に知れ渡っておりあちこちから誘いが掛かっていたらしい。そんな数ある誘いの中からティギーは王立魔法研究所を選んだ。曰く、そこが一番月光樹の研究環境が良いのだという。

 分野が違うため同じ施設内ではないだろうが、それでも同じ場所に、そして同じ研究職という道に進むのは何となく嬉しい。


 卒業パーティーを終えてこの学園を去っても、ティギーとこんな時間を過ごせるかもしれない……。


 そんな事を俺が考えるのとほぼ同時に、温室内に数人の足音と話し声が聞こえてきた。

 反射的に振り返れば、そこに居たのは……。


「きみがティギー・マイセンか」

「貴方は……、ディル王子」


 現れた人物にティギーが意外そうにその名前を口にする。

 ディル王子と、その隣に立つのはもう一人の特待生シェイナ。そして二人の後ろに控えるのはディル王子の取り巻き達。

 従兄弟のブルーノの姿もあり、俺は長閑な時間が壊されるのを予感し「最悪だ」と心の中で呟いた。




次話からは12:30/21:30更新です。

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