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05:パーティーに必要なもの

 


 ティギー・マイセンは俺の誘いに応じてくれた。

 つまり俺は彼女を連れて堂々と卒業パーティーに出られるという事だ。

 まだ事態は何一つとして解決していないが、これは大きな前進と言えるだろう。後は当日ディル王子が婚約破棄を言い出したら彼を止め、身の潔白を証明し、ブルーノを殴るだけである。

 そうとなれば俺の気分も幾分は晴れ、安堵感すら湧いていた。もっとも、パーティーに行くとなるとそれはそれでやるべきことがあるのだが。


 まずは装いの準備だ。

 卒業パーティーは制服ではなく、男子生徒はスーツ、女子生徒はドレスと決まっている。

 殆どの生徒がこの日のために用意し、大半はエスコート相手と話し合ってデザインやモチーフを揃えるのだ。仕立てが進むごとに卒業の日が近付いてくると実感する……、それもまた卒業パーティーの醍醐味だとかつて先輩が話していた。


「ティギー、ドレスはどうする?」


 そう俺が尋ねたのは、ティギーを誘った翌日。放課後の温室。

 温室内は広く、一角には草花を眺めながら研究や勉強が出来るように長机が用意されている。

 そこで勉強しているティギーを見つけ、声を掛け、さっそく話し出すのもあれかと考え「俺のことは気にしないでくれ」と向かいに腰掛けて今に至る。

 彼女は手元にある一輪の花の様子をノートに書き写しており、対して俺は本を読みながら彼女が勉強を終えるのを待っていた。


 字が綺麗だ。

 絵も上手い。凄いな、本物のように書き写している。絵の才能もあるんじゃないか?


 そんな事を彼女のノートを横目で眺めながら思う。

 そうしてティギーがペンを傍らに置いてマグカップを手に取ったタイミングを見計らい、先程の問いを投げたのだ。

 俺の問いにティギーが「ドレス?」と首を傾げる。


「ドレスって、なんのでしょうか」

「なんのって、忘れたわけじゃないよな? パーティーだよ、卒業パーティー。一緒に行ってくれるんだろ?」

「パーティー……、そうですね、ドレスが必要なんですよね」


 パーティーに行く約束は覚えていたが、どうやらそのパーティーがドレス着用という事は忘れていたらしい。

 意外と抜けているのかと考えて見つめていると、彼女は恥ずかしそうに「ドレスという習慣が無くて」と話してきた。一般市民の出である彼女にとってパーティーは馴染みのないもので、卒業パーティーも今までは無縁のものだと考えて思考の隅に追いやっていたという。


「今からでも急げば間に合うだろうけど、さすがに時期が時期だから早く取り掛かった方が良いだろ。色とかデザインとか、希望があるなら教えてくれ」

「……そう、ですね。ドレス……」

「ティギー、どうした?」


 どうしたのかティギーが何やら考え込む。

 次いで彼女は申し訳なさそうに視線をそらしてしまった。眉尻を下げた表情は儚げな色を漂わせている。

「ティギー?」と俺が名前を呼べば、彼女は一瞬きゅっと唇を噛みしめ、それでもゆっくりと口を開いた。


「申し訳ありません、ヒューバート様。卒業パーティーはどうか別の方をお誘いください……」

「えぇ!? な、なんで! 俺なにか変なこと言ったか!?」


 あまりの事に立ち上がり、ぐいと身を寄せてティギーに詰め寄ってしまう。

 彼女は俺が近付いたことに驚き、それでも気まずそうに「私……」と話しだした。


「私、パーティーに着ていけるようなドレスを持っていないんです。働いて買おうにも、研究が残っていて、今からではお金を貯められないし……」

「ドレス……。なんだそれだけか。それなら俺が用意するよ」

「そんな、ヒューバート様に用意して頂くなんて出来ません」

「いや、俺に用意させてくれ。こんなギリギリになって誘って応じて貰ったんだから、そのお礼って事でさ」


 ここでティギーに振られて、また一から相手探しなんて冗談じゃない。

 それに比べたらドレスを贈るぐらいどうと言う事ではない。この卒業パーティーで男子生徒が女子生徒に物を贈ることは珍しくないし、中にはドレスよりも高価な宝石を贈る者だっているのだ。

 その費用の出どころは様々で、親からの小遣いもあれば、これだけは自分で稼ぎたいと在学中にこっそりと身分を偽って働く者もいる。

 俺も後者に入るが身分は偽っていない。幸い、王立研究所から鉱石調査の手伝いを頼まれる事が多々あり、ドレス一着分ぐらいは稼ぐ事が出来た。


 だからこそと思って提案したのだが、ティギーは申し訳なさが勝るのか「でも……」と困惑している。


「どうしても君と卒業パーティーに行きたいんだ。そのためならドレスぐらい喜んで用意させてもらう」

「ヒューバート様……。それなら、どうかよろしくお願い致します」

「あぁ、任せてくれ。それとエスコート相手なんだから敬称も敬語もいらない、俺の事はヒューバートで良い」


 そう俺が話すも、ティギーはまたも躊躇いの表情を浮かべてしまった。

 いくら同級生でエスコート相手とはいえ、一般市民出の彼女に対して俺は貴族の子息。きっと格差を感じているのだろう。

 どうしたものかと彼女の反応を眺めながら考えていると、ふと、とある案を思い浮かんだ。


「説明するのが遅くなって申し訳ないんだが、実はパーティーの直前まで旅行に出かけるんだ」

「旅行にですか?」

「あぁ、卒業パーティーの二週間前に出発して、当日の夕方に帰ってくる。パーティーは昼の部もあるけどそれには間に合わないんだ。夕方、もしかしたら夕方過ぎからの参加になるかもしれない」

「それはもちろん構いません。元々私はパーティーには行けないと思っていましたし」

「俺から誘っておいて、俺の事情で待たせてしまう。そのお詫びに、俺には敬称も敬語もいらない。……これでどうだろう?」


 遅すぎる誘いに応じてもらったお礼にドレスを。当日に待たせてしまうお詫びに対等な言葉遣いを。

 そう俺が求めれば、ティギーはこの提案が意外だと言いたげに一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

 だが次第にゆっくりと表情を和らげていく。

 濃紺色の瞳を細め、唇は緩やかに弧を描く。ほんのりと頬を染めた微笑みはまるで花が緩やかに咲くかのようだ。


「畏まりました。……じゃなくて、分かったわ、ヒューバート」


 照れ臭そうに、慣れないぎこちさを漂わせ、ティギーが俺を呼ぶ。

 それがなんだか気恥ずかしく、俺は胸中を誤魔化すように雑に頭を掻きながら「改めてよろしく、ティギー」と彼女の名前を呼んで返した。


「そ、それで……、さっそくで悪いんだが、明日ドレスを作りに行かないか?」


 なんとも言えない気恥ずかしさから逃れるために提案すれば、微笑んでいたティギーが「明日?」とオウム返ししてきた。

 突然の予定だと考えたのだろう。もっともすぐさま問題無いと返してくれた。


「私も明日は特に予定が無いから、一日ここで過ごす予定だったの。……といっても、明日に限らず殆ど温室にいるんだけど」

「もしかして誰かと出かけるのも初めてなのか?」

「……箱庭の魔女にだって友達ぐらい居るし、遊びに行くことはあるのよ」


 俺の問いかけにティギーがぴしゃりと言いきった。

 鋭い彼女の言葉に思わずぐっと言葉を詰まらせてしまう。なんとか誤魔化そうと笑って謝罪するも乾いた笑いしか出てこない。

 そんな俺に対してティギーはまったくと言いたげに息を吐いた。だが本当に呆れているわけではないようで、次第に呆れの表情を和らげていった。彼女を囲む空気がふわりと柔らかくなった気がする。


「私、ドレスを着るの初めて。楽しみ。今から緊張しちゃいそう」


 はにかみながらティギーが話す。

 照れ臭そうな表情。ほんのりと頬を染めたその表情に『魔女』という異名は似合わない。

 それよりもっと明るく、優しく、穏やかな。たとえるならば手元で花開く小さく愛らしい花のような……。


「お、俺も、楽しみだよ……」


 そう返す俺の声は、自分でも分かるほどに上擦っていた。



次話は18:30更新予定です。

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