14:その後のことと真相
時として、物事は意外な方向に進む事がある。
誰でも良いからと考えて誘ったエスコート相手に気付けば惹かれて告白をしたり、単純な計算ミスで数年に一度のタイミングを見誤っていたり。そのエスコート相手に告白をしたタイミングで、逃したはずの数年に一度のタイミングが訪れたり……。
思いもよらぬ展開になるというのは生きていれば多々あるものだ。
卒業パーティーから三年後、俺は王立魔法研究所で研究所員として働いていた。
仕事は大変だが順調で、鉱石に囲まれて充実した生活を送っている。採掘旅行にも何度も出ており、最近では後輩を引きつれて採掘に行く事もあった。
人間関係にも恵まれている。
……のだが、初めて会う人には必ずと言っていいほど「ヒューバートって、もしかしてあの卒業パーティーの?」と尋ねられるのはかなり居心地悪い。
「そろそろ俺の話も落ち着いて欲しいんだけどな」
そう俺がぼやいたのはとあるレストランの一角。
向かいに座るのはフレッド。研究職に生きると決めた俺と違い、フレッドは家を継ぐと決めた。同じ貴族の子息とはいえまったく違う人生だが、存外に気が合って卒業後もこうやって話をすることは多い。
「あれだけの事をしたんだから無理だろう。俺だってあの時の関係者ってことでいまだに話をせがまれる事があるんだ。当事者なんだから、あと十年は我慢しろって」
「十年は長い、せめて五年……。でも確かにあれだけの事をしたんだし、何のお咎めも無しって考えれば良い方か」
溜息交じりに己を諭すように話せば、フレッドが全くだと頷いて返してきた。
『あれだけの事』とは言わずもがな卒業パーティーで俺がしでかした事だ。
ディル王子の婚約破棄宣言を止めるどころか怒鳴りつけ、アリア令嬢にまで言及した。挙げ句に返事も聞かずに大広間を飛び出してそれっきり……。
それだけの事をしでかしたのだから当然罰せられるだろう。家族にまで咎が及ぶようなら家を抜ける覚悟もしていた。
だが実際は咎められるどころか感謝をされてしまった。
いったいどういう事なのかと、俺と、そして俺と共に処分を聞くため隣に居てくれたティギーが揃えて目を丸くさせたのは言うまでもない。
そして聞いた話曰く、俺が去っていった後の大広間の空気は完全に冷めきっていたという。誰もが言葉を失い、動くことも出来ず、誰か次の行動に出ないかと窺い合う。重苦しく気まずい空気が周囲を締めていた。
そこに卒業パーティーらしい華やかさや楽しさは無く、さりとて、王族が婚約破棄を言い出すという前代未聞な展開を前にした緊張も無い。
一言で表すならば『しらける』というものか。
『ヒューバートの怒声でみんな我に返ったんだろうな』
とは、あの場に残っていたフレッドの言葉。
自分でその空気を作っておいてなんだが、居合わせなくて良かったと思えてしまう。
だがそんな冷めきった空気が逆に功を奏した。
あの場にいた者達がみんな冷静になったのだ。それどころか当事者達でさえ冷めきった気持ちになり、『わざわざこんな場で何をやってるんだろう』と我に返ったという。
アリア令嬢を糾弾して婚約破棄をする事で頭がいっぱいになっていたディル王子はもちろん、彼の愚行を冷ややかに見据えて逆にやり返してやろうと画策していたアリア令嬢も。お互い相手を蔑み馬鹿にしていたが、熱が一気に冷めると今度は自分の行動にも落ち度があると思えてきたのだ。
そうして冷静になった二人はきちんと場を設けて話し合うことにした。もちろんパーティー会場ではない静かな場所で。
その結果ディル王子とアリア令嬢の婚約は一度解消となった。今後どうなるのかは三年経った今も決まっていないが、焦って決める年齢でもない。それがどういう形かは分からないが、冷静になった今ならば周囲の助言を受けてきっと良い形に落ち着けるだろう。
「元々親が決めた婚約だったわけだし、解消して距離を取ったら意外と良い関係になれるんじゃないか?」
フレッドの口調はいかにも他人事といったあっさりとしたものだ。
だが実際に他人事である。自国の王と王妃に関する問題とはいえ、一貴族でしかない俺達が口を挟めるものではなく傍観するしかないのだ。
「ディル王子はシェイナと婚約し直すかもな」
そう俺が話せば、フレッドが「シェイナか……」とかつての同級生を思い出しながら呟いた。
「てっきりディル王子のお気に入りだから特待生になったのかと思ったが、まさか正式に学園に呼ばれていたなんてな」
「ティギーが今も彼女と連絡を取り合っていて、前に魔法を見せて貰ったんだ。あれは凄かったな。確かに学園に特待生として呼ばれるだけはある」
シェイナはティギーと同じく、一般市民の出でありながら特待生として学園に通っていた。
だが彼女はティギーと違い成績が優れているわけではなく、ゆえにディル王子が側に置くために特待生の枠にねじ込んだのだろうと噂されていた。俺もそう信じていたし、情報屋とまで呼ばれていたフレッドもそう思い込んでいた。
だが実際は違った。
シェイナは己の歌声に魔法を乗せるという特異体質の持ち主で、その能力を見出されて学園に呼ばれていたのだ。最終学年からの入学という異例の事態になったのは彼女が故郷を出るのを渋っていたかららしい。家族にリースを送ろうと手作りしていたし、きっと家族想いの女性なのだろう。
そんな彼女の能力は精神面に大きく左右される。結果、慣れない貴族の学園に通うことで精神面で疲弊し、能力を発揮する事が出来なかった。そのせいで悪評を呼び、聞こえてくる陰口に精神面の負担が重なり……、と悪循環だ。
そこにディル王子が声を掛け、二人は親しくなっていったという。
「ディル王子からしたらシェイナは周囲に馴染めずに孤立し、嫌がらせに怯える少女。シェイナからしたら、ディル王子はそんな自分を気に掛けて手を差し伸べてくれる王子……。これは恋に落ちるのも仕方ない。更には二人の前にはアリア令嬢という敵が立ち塞がっているんだから、まるで恋愛物語みたいだな」
「フレッド、お前なぁ……。野次馬精神はまだ役に立つとして、その性格は直さないといつか痛い目に遭うぞ。家業を継ぐんなら少しは落ち着けよ。それにアリア令嬢の件は誤解だったろ、変な風に言うな」
「そう真面目に捉えるなって、冗談だよ。それにこの件に関しては俺に首を突っ込むように言ったのはヒューバートじゃないか」
「首を突っ込めなんて言ってないだろ、調べてくれって頼んだだけだ」
「俺にとっては同じことさ」
フレッドが悪びれることなく言い切る。
変わらない彼の態度に俺は肩を竦めるだけに留めた。
ディル王子はアリア令嬢がシェイナに対して嫌がらせをしていると考え、卒業パーティーで彼女を糾弾した。
だがそれに対してアリア令嬢は身の潔白を証明しきった。見事な逆転劇で、一気にディル王子の立場は悪くなった。
だがこの件、実は更なる真相があった。それが俺がフレッドに頼んで調べて貰った事だ。
確かにアリア令嬢はシェイナに対して嫌がらせはしておらず、彼女は自身で証明した通り潔白だ。……だが彼女の周りは違った。
シェイナに嫌がらせをしていたのはアリア令嬢の取り巻きの一人。婚約者であるアリア令嬢をディル王子が蔑ろにしている事に腹を立て、その怒りの矛先をシェイナに向けたのだ。
彼女が作ったリースを盗んだのもこの取り巻きである。フレッドがリースの行方を調べるうちに真相に辿り着き、それを公表した。
「この件のおかげで、俺は公爵令嬢に恩を売れた。ヒューバートには感謝したいくらいだ」
「そりゃどうも。まぁ後のことは当人達でやってくれれば良いさ。俺はもう関わるつもりはない。フレッドも、情報集めるだけに留めて変に介入しないほうが良いぞ」
「そうだな、俺も程々にしておくよ。ところで、そろそろ時間だが行かなくて良いのか?」
「そうだな。じゃあまたな情報屋」
お座成りな別れの言葉と共に席を立てば、フレッドが片手を軽く上げて返してきた。




