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13:輝く温室で二人

 


 温室は変わらず静かで、広間での騒動を知らない生徒達が穏やかに語り合っている。

 そんな中に息を切らせて飛び込んできた俺はさぞや異質だろう。卒業パーティーの余韻も何も感じさせない俺に、居合わせた生徒が不思議そうに見つめてくる。

 まさか俺がディル王子とアリア公爵令嬢に啖呵を切ったとは彼等も思うまい。


 だが今の俺は周囲の視線を気にする余裕はなく、真っすぐに月光樹の根元へと向かった。

 きっとそこにティギーがいる。これは只の勘だ。だけど自分の気持ちがそうだと訴えてやまない。


「ティギー……」


 月光樹の根元に彼女の姿を見つけ、荒い呼吸の最中に名前を口にした。

 彼女が振り返って俺を見る。その瞳に驚きの色が混ざる。次いで何かを堪えるように一瞬唇を噛みしめ、小走りに駆け寄ってきた。

「ヒューバートってば、ついて来たら駄目じゃない」という声は明るい。……だけどその声は小さく震えていて、明るい声を出そうと無理をしているのが分かる。

 その声がより俺の中の罪悪感を掻き立てる。


「ティギー、ごめん」

「良いの、気にしないで。さっきも言ったけど、私、こんなに綺麗なドレスを着てパーティーに出られただけで十分なの。それに貴方と一緒に過ごせてとても楽しかった」

「……でも、俺のせいで月光樹を」

「それは……、管理人さんから聞いたの? でも平気よ。記録魔法は温室中に仕掛けてあるから、後でちゃんと確認出来る。それよりディル王子の件はどうなったの? 大丈夫だった?」


 気丈に振る舞おうと無理をしているからかティギーは妙に饒舌だ。

 そんな彼女の手をそっと掴んだ。拒否しないでくれと願いながら、だけど彼女がいつでも手を解けるように力は込めずに。


「ディル王子に対しては、なんだか夢中で、怒鳴って広間から出てきた」

「怒鳴って?」

「あぁ、ディル王子にもブルーノにも。……それにアリア令嬢にも」


 婚約破棄騒動に関する全員に対して怒鳴って、彼等の返事も聞かずに広間を飛び出してきた。

 そう話せば、ティギーが驚いたように目を丸くさせた。


「そんな、早く戻らないと!」

「良いんだよ。俺の正直な気持ちだし。それに俺はディル王子とアリア令嬢が何をしようと興味ないんだ。……それよりもティギーにちゃんと話したかった。どうして俺がきみを誘ったのか……、聞いてくれるか?」


 俺が許可を求めれば、ティギーはまっすぐに俺を見つめてコクリと一度頷いた

 彼女の手はまだ俺の手の中にある。握り返す事はしないが離れる事もしない。強く握ってしまいたい衝動を胸の内に押しとどめ、俺は今までのことを話した。


 ◆◆◆


 そもそもは、卒業パーティーの場でディル王子がアリア令嬢に対して婚約破棄を言い渡すつもりだと聞いた事からである。

 その場には従兄弟であるブルーノも居り、ディル王子取り巻き筆頭のブルーノは俺を巻き込む可能性が高い……。

 フレッドからその話を聞いた俺は卒業パーティーで身の潔白を証明することにした。自らディル王子とブルーノの行動を批判することで、彼等とは無関係であることを周囲とアリア令嬢に訴えようと考えたのだ


「だけど俺は採掘旅行があるから、元々パーティーには出るつもりはなかったんだ。それで、誰かパーティーに一緒に行ってくれないかって知り合いに聞いて回ってた……。だけど、誰もいなくて」

「パーティーまで三ヵ月切ってたなら、みんなもうエスコート相手が決まってるものね。それであの日、温室で私に声をかけたのね」


 納得したような落ち着いた口調のティギーの言葉に、俺は項垂れるように頷いて返した。

 あの時の自分の薄情さが恨めしい。己の保身ばかりに必死になってティギーの気持ちを考えていなかった。


「それなら隠さなくても良かったのに。私、理由が分かっても頼まれたら応じてたわ」

「……そうだな。ティギーは優しいから、きっと応えてくれた。でも正直に言い出せなかったんだ。断られるのが怖かった」


 もしも断られたら、嫌われたら。

 そんな情けない恐怖心が胸に湧いて二の足を踏んでいた。

 パーティー会場に行けないことが怖いのではない、ティギーと過ごせなくなることが怖かった。


「それに、ティギーと居ると楽しくて心地良くて、一緒にパーティーに行けることを嬉しく思ってたんだ。採掘旅行を一人だけ早く帰って昼の部も行こうかと何度も考えた」

「……ヒューバート」

「一緒に過ごすうちにエスコートはきみ以外ありえないと思うようになっていた。もう二度と誰でも良いなんて考えない。エスコートしたいのはティギーだけだ」


 乞うような気持ちで胸の内を話す俺を、ティギーは濃紺色の瞳で真っすぐに見つめてくる。

 俺もまた彼女の瞳をじっと見つめて返した。


「きみのことが好きだ。これからもずっと俺と一緒に居てほしい」


 想いを伝えれば、俺の手の中でティギーの細い手が微かに震えた。

 彼女は俺を見つめたまま数度瞬きをしている。だが返事をしようとしたのか小さく息を呑んで我に返ると、唇を動かし……、だが次の瞬間、ふと視線を落とした。


「……光ってる」


 ティギーがポツリと呟いた。

 これは告白の返事ではない。だが今の俺はそれを言及することも、返事を催促することも出来ずにいた。

 俺もまた目の前の光景に言葉を失ってしまったのだ。辛うじて出たのは、先程のティギーと同じように「光ってる」という呟き。


「ヒューバート、貴方の胸元の花が……光ってるの……」

「ティギー、きみの髪飾りの花も光ってる」


 ティギーは俺の胸元に飾られた花を、そして俺は彼女の髪に飾られた花を、それぞれ見つめながら上擦った声で話す。

 俺の視界の中、ティギーの花の髪飾りが光っている。白い花弁が柔らかく美しく光り、彼女の髪がその光を受けて輝いて見える。


 綺麗だ。


 その光景に見惚れていると、次第に頭上が明るくなりだした。

 まるで空から柔らかな光が降り注ぐように感じ、俺とティギーは揃えて頭上を仰いだ。


 視界が瞬く。

 ガラス張りの天井は日中とは違い夜の闇に覆われている……、はずなのに、今だけは眩く輝いている。

 その美しさはまるで星空のようだ。だが星空よりも近くで輝いている。視界全てが眩い景色で覆われ、世界が輝いているかのような錯覚さえ覚えた。


「月光樹の花が光ってる……」


 ティギーがそっと頭上へと手を伸ばした。といってももちろん大木の花には届かない。

 それでも手を伸ばしてしまうほどに魅入っているのだろう。彼女の瞳はまるで月光樹の光を灯したように輝いて頭上を見つめている。

 だが次の瞬間はっと息を呑むと、伸ばしていた手を口元に当てて悩み始めた。


「どうして今光ってるのかしら。研究結果では十時に光るはずなのに……。もしかしてどこかで計算を間違えた? でも時間は大きくずれてはいないからそこまでの間違いではないのかも……」

「ティギー?」

「光の蓄積量についてもう一つ観測方法があったから、もしかしたらあっちが正しかったのかも。そうなれば日照時間の合計もずれてくるはず……。それか二年前に植え替えた低木が関係しているのかしら。それなら土壌の環境変化の可能性も……。調べないと!」


 ティギーが声をあげ、すぐさまどこかへ行こうとする。大方、資料の置いてあるいつもの長机に向かおうとしたのだろう。

 なんにせよティギーの意識は一瞬にして『箱庭の魔女』に切り替わってしまったのだ。

 そんなティギーの腕を慌てて掴んだ。


「ティギー、研究は後で良いんじゃないか? 次はまた数年先なんだから今はゆっくり眺めよう」

「え、あ、そうね。嫌だわ私ってば、自分の予測が違っていたからつい……」

「きみらしいよ」


 思わず笑みを零せば、ティギーが気恥ずかしそうに頬を染めて苦笑した。

 そうして俺の隣に立ち改めて頭上の光景を見上げる。先程までは研究で頭の中がいっぱいだったのに「綺麗」と呟く声はこの光景に見惚れて熱っぽい。


「月光樹が光ってるのは数分だっけ」

「明確な時間はまだ分かっていないけど、それほど長くはないみたい。多分あと少ししたらゆっくりと花の光が弱まっていくはず」

「そうか。もっと眺めて居たいけど、惜しいぐらいがちょうど良いのかもな。……それに」

「それに?」


 月光樹を見上げながら話していたティギーが疑問を抱いて俺の方へと向いた。

 深緑色の髪に白く光る花、髪と同色のドレスには銀色の刺繍。確かに、彼女が話していた通り輝く月光樹のようだ。

 そして俺には頭上の月光樹も、目の前のティギーも同じくらいに美しく眩しく見える。


「この光が収まったらさっきの告白の返事を貰おうと思ってるんだ。だからあまり長時間光っていられると俺の心臓が保ちそうにない」


 今だって月光樹の美しさに見惚れつつも、ティギーの事が気になっているのだ。

 だが数年に一度しか見られない貴重な光景。それも相手は月光樹の研究をしているティギーなのだから、ここで返事を急かすわけにはいかない。

 それにあれだけの迷惑をかけた末の告白である。大人しく待つぐらいの殊勝な姿勢を見せなければ。


「もう、ヒューバートってば」


 俺の話にティギーが苦笑交じりに返し、次いで再び頭上を仰いだ。

 まだ月光樹は眩く輝いているが、そろそろ光が弱まっていくのだろうか。だが光が緩やかに弱まり元の月光樹の姿に戻る様もまた神秘的で美しいに違いない。

 光が消える最後の瞬間まで見届けよう。そう考えて月光樹を見上げていると、隣に立っていたティギーがそっと身を寄せてきた。


 彼女もまた月光樹を見上げている。

 ……俺の手を握り、寄り添いながら。


「私、次こそちゃんと月光樹が光る時間を予測するわ。……だからその時にもこうやって隣に居てね」

「あぁ、もちろんだ。次も、その次も、これから先ずっと隣にいるよ」


 彼女の手を握り返して応えれば、ティギーが嬉しそうに微笑んだ。






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