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12:その時

 

「月光樹って、温室の?」

「そうだよ。ティギーの研究結果では今夜の十時に温室の月光樹が光るはずなんだ。……聞いてなかったのかい?」

「月光樹が……、光る……?」


 月光樹は数年に一度、たった数分間、咲いている花が光る。

 その仕組みも理由もいまだ解明されておらず、光る周期も明確には把握しきれていないという。学者達が月光樹の解明に総力を挙げているとティギーが熱意的に語っていたのを思い出す。そして同時に、その一人に自分もなるのだと瞳を輝かせて未来を語っていた。

 どうやら彼女は月光樹が光る周期を研究し続け、今夜十時がそのタイミングなのではと考えていたらしい。

 今夜それが証明されれば世界的な発見となるだろう。月光樹の研究が一気に飛躍するに違いない。


「そんな、大事なことを……」

「あ、でも温室には記録魔法が仕掛けてあるからその場に居なくても問題はないよ。僕もティギーの話を信じているから、学園長に頼んで普段より多く記録魔法を設置しているんだ。誰も見ていなくてもきちんと映像として残せている」


 問題は無いと管理人が語る。

 だがその話を聞いても俺は安堵なんか出来ずにいた。


 月光樹が光る。

 ティギーが研究し続けていた成果が、今夜、証明される。


 否、証明された……、かもしれない。


 ティギーが研究の末に月光樹が光ると推測した『今夜十時』はもう過ぎてしまったのだ。

 彼女は温室ではなく広間にいた。俺が引き留めた。……それも、こんな馬鹿な理由で。


 光る月光樹を見る事も、ましてや、光ったかを知る事すらも出来ずに。


「……っ!」


 瞬間、俺の胸に罪悪感と焦燥感が一気に湧き上がった。

 彼女は俺に月光樹が光る景色を見せようとしていたのに、俺は自分の事ばかり考えていた。

 俺だってディル王子やアリア令嬢と同じだ。ティギーに話さなければならない事があるのに隠し続け、最悪な場まで引きずり続けてしまった。挙げ句この様だ。


 ティギーを追いかけなければ。

 追いかけて、全てを話して。今まで説明しなかったこと、こんな場になってしまったこと、なにより傷つけてしまったことを謝らなければ。

 そして改めて俺と過ごして貰うように頼むんだ。


 そう決意を改めて温室に向かおうとするも、引き留めるように肩を掴まれた。


「おい、どこに行くんだよヒューバート」


 唸るような声で俺を引き留めるのはブルーノだ。

 普段はへらへらとしまりのない表情をしているのに今だけは危機感を露わにしている。俺の肩を掴む手の力も、痛みを覚えかねないほどに強い。

 その様子から彼の立場が悪いことは尋ねずとも分かる。大方、アリア公爵令嬢にしっぺ返しを食らって立つ瀬が無くなったのだろう。

 俺の肩を掴むのは助けを求めるためか、それとも自棄になって俺も道づれにするためか。横暴なこいつの性格を考えると、助けて当然なのに何をしているという苛立ちすら抱いているかもしれない。そういう男だ。


 気付けば周りにいた他の生徒達が距離を取っており、ディル王子やアリア令嬢達の居る場所まで不自然な道が出来ていた。

 さながら花道のように。だがこれほど有難くない花道は無いだろう。

 ブルーノがこちらに来た事により、俺達と婚約破棄の騒動が繋がってしまったのだ。


「ヒューバート、何してるんだよ。お前もこっちに来て説明しろ」

「説明って、お前が勝手にやった事だろ。俺まで巻き込むなよ」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ。さっさと来い」


 ブルーノの声に苛立ちの色が増していく。

 俺が加わると思っているのかディル王子やシェイナ、それどころかアリア公爵令嬢や彼女の友人達までこちらを見ている。もちろん野次馬達もだ。誰もが値踏みするような視線を俺に向けてくる。

 そんな気持ちの悪い沈黙の中、当事者達が口を開いた。


「ヒューバート。貴方も私がシェイナに嫌がらせをしたと考えているのかしら」


 とは、冷ややかなアリア公爵令嬢。

 もしも俺が肯定しようものなら容赦はしないと言いたげだ。その態度は落ち着き払っており、むしろこの展開を楽しんでいる節すらある。

 身の潔白を証明して逆に糾弾し返すつもりなのではというフレッドの予想は当たっていたようだ。随分と用意周到に構えていたようで、きっと俺一人が糾弾対象に加わったところで揺らぐまい。

 対してディル王子は困惑を露わにこちらを見ている。まさかアリア令嬢にやり返されるとは思っていなかったのか。彼の隣に立つシェイナも不安そうだ。


「ヒューバート、きみは……」


 ディル王子が俺の名を口にする。


「さっさと答えてちょうだい。私が嫌がらせなんてすると思っているのかしら。それとも、私が無実であることをもう一度説明してあげた方が良い?」


 勝利を確信してアリア令嬢が不敵に笑う。


「おいヒューバート、なんとかしろよ!」


 ブルーノが俺の肩を掴んだまま揺すってくる。

 野次馬達までもが俺の言葉を待っている。その視線の気持ち悪さ、なにより卒業パーティーとは思えないこの重苦しく嫌な空気に、俺はゆっくりと深く息を吸いこみ……、


「知るか! 勝手にやってろ!!」


 と、勢いよく怒鳴ると共に肩を掴むブルーノの手を叩き落とした。

 張り詰めた嫌な空気が漂っていた中、俺の怒声はさぞや響き渡ったことだろう。ついでにブルーノの手を叩き落とす音も威勢よく響いたはずだ。

 誰もがぎょっとしてこちらを見ている。

 だが俺はそんなものお構いなしと、もはやこの場の空気なんて気にしていられるかと、苛立つような思いでこちらを見つめてくる者達を睨みつけた。


「婚約破棄がどうの、そんなもの当人達で勝手にやってろ! わざわざこんな場所で、他人の記念日を潰してやるんじゃない!」

「だ、だがヒューバート……」

「ディル王子もディル王子だが、アリア令嬢、貴女だってそうだ。分かってたんなら暢気に待ってないでなんとかしろ。他でもない貴女の婚約だろう!」

「そんな、私はただ……」

「片や他の女に走って、片やそれを騒動になるまで第三者面で放置して、それでこの様か! 貴方達二人がちゃんと話し合ってれば穏便に解決したかもしれないだろ!」


 怒りに任せて言いたい放題だという自覚はある。

 騒動を起こしたディル王子どころかアリア令嬢にまで怒鳴りつけて最悪どころの騒ぎじゃない。巻き添えになるまいと考えていたのに、これでは俺が誰より罰せられるべき存在に近付いていっているではないか。本末転倒より悪い状況へと突き進んでいる。

 それは分かっている。落ち着かなければいけない事も、今すぐに無礼を詫びなければならない事も、頭の中では理解している。

 だけど……、


「今夜は貴方達だけの卒業パーティーじゃない。俺とティギーの卒業パーティーでもあるんだ。あの子との時間を邪魔するな!」


 威勢よく怒鳴りつけ、誰の返事も聞かずに俺は広間を飛び出した。



 終わった。

 色々と終わった。



 そんなことを考えつつ。

 だけど温室へと走る己の足を止める気にはならなかった。




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― 新着の感想 ―
[一言] この手の作品は乙女ゲーの世界観で出来ているから仕方ないだろうけど、王族やその係累が問題行動を起こした場合に備えて学校側にも王族を入れとけやとよく感じますね。この作品の主人公みたいに無関係なの…
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