10:卒業パーティー
学園内は広く、様々な場所が今夜のために飾り付けられている。
中でもメイン会場である大広間の飾りは豪華の一言に尽きる。教師達が総力をあげて魔法で飾り付けを行っており、その細かさや技術はとうてい生徒達では太刀打ちできない代物だ。
「素敵」とティギーがうっとりと声を漏らした。俺も同様、その圧巻な豪華さに言葉を失ってしまう。
数ヵ月前まではパーティーに出る気は無かったが、実際にこの光景を見ればそれがどんなに惜しい事か分かる。
「これは凄いな。せっかくだし見て回ろうか」
「そうね。さっき話してるのを聞いたんだけど、テラスにも出られるらしいの。夜景が見えるんですって」
「そっちも行こう。あと食事もあるみたいだし。……さすがにお酒は無いかな。夜景を見ながらシャンパンなんてきっと最高だったろうに」
残念だと冗談めかして話せばティギーが楽しそうに笑った。
二人で広間を見て回り、テラスに出て夜景を楽しむ。
ドレス姿のティギーは一際美しく、『箱庭の魔女』の異名とのギャップからか誰もが驚き視線を向けてくる。もっともティギーは周囲や男からの熱い視線には気付いていないようで、俺の隣で瞳を輝かせながら装飾を眺めていた。
広間の飾りを堪能し、軽く食事を取りながら他愛もない会話を交わす。
俺が採掘旅行の事を話せばティギーは楽しそうに聞いてくれた。分野は違えども共に研究の道に進む者として思う所があるのだろう「私も温室に籠ってばかりじゃ駄目ね」と苦笑交じりに話す。
どれだけ資料を読み込んでも、サンプルを調べ尽くしても、同じ環境を再現しても、やはり現地とは違う。その光景を目の当たりにして実際に触れないと分からない事が山のようにある。採掘旅行で俺が何より実感した事だ。
きっとこれからティギーも魔法植物の研究者として様々な場所に行くのだろう。
……その時には俺が見送りたい。
二週間前、ティギーが俺を見送るためにわざわざ早起きをして寮から駆けてきてくれたように。
「気を付けて」「いってらっしゃい」「待ってるから」と、そう伝えて、彼女が乗り込んだ馬車が見えなくなるまで手を振るのだ。
だけどそのためには全てを話さないと。
「ティギー、あのさ……」
程好く人気のなくなったこのタイミングなら落ち着いて話せるはず。
そう考えてティギーに話しかけるも、俺の言葉に被さるようにティギーが「あっ」と何かに気付いて声をあげた。
二人同時に話し出してしまったことに顔を見合わせる。
「ごめんなさい、ヒューバート。何か話そうとしてたのよね。貴方から話して」
「いや、大丈夫だ……。それよりどうしたんだ?」
出鼻を挫かれたことで決意が揺らぎ、情けないかな話を譲るようにして逃げた。
そんな俺の胸中に気付くことなく、ティギーは「そう?」と一度首を傾げたものの、自分の話を続けるために鞄から懐中時計を取り出した。
懇意にしている親戚から入学祝で貰ったのだと以前に見せてくれた懐中時計だ。綺麗な石が中央に嵌められ、それを囲むように草花の細工が施されている。
時刻は既に十時前。俺もティギーもそれを見てほぼ同時に「もうこんな時間」と呟いてしまった。
十時まであと少し。
そうなれば大広間でディル王子がアリア公爵令嬢に婚約破棄を言い渡し、特待生シェイナに対してアリア令嬢が嫌がらせをしていたと糾弾する。
ディル王子の側には取り巻き筆頭であるブルーノも居る。そしてもしも己の立場が悪くなればブルーノは俺の名前を出すはずだ。
俺に助けを求めるか、俺も巻き添えにするか、もしくは罪を被せるか……。
なんにせよ俺にとっては損でしかない。
それを防ぐためにディル王子の婚約破棄宣言を非難する。
そのために俺は卒業パーティーに来たのだ。……今の今まですっかりと忘れていたけれど。
「ティギー、その……、移動しようか」
今いる場所は大広間の上階にあるテラス。
ここからでも広間は見下ろせるし、騒動が起これば眺める事は出来る。だが加わるには遠すぎる。
だからこそ移動を促せば、ティギーもさして疑問には思わなかったのだろう「そうね」と応じてくれた。
だけど……、
「ねぇヒューバート、温室に行きましょう」
彼女からの提案に、俺は「え?」と思わず声を漏らしてしまった。
今夜のパーティーにおいて、温室はこれといった飾りつけはされていない。それは先程ティギーを迎えに行った時に見ているし、なにより温室で俺を待っていた彼女が知らないわけがない。
だがティギーは温室に行きたいようだ。だが俺も今だけは彼女の希望に応じるわけにはいかない。
なにせ時刻はあと少しで十時。ディル王子が婚約破棄を宣言する時間だ。
ひとまず階段を下りて広間へと向かい、温室へと向かうため広間の出入り口へと向かおうとするティギーの腕を掴んだ。
「温室は広間を見てからにしないか? まだ時間もあるし、急がなくても良いだろ」
「でも、時間が……。私ね、ヒューバートに見せたいものがあるの。本当に見せられるかどうかは分からないけど……」
だから、とティギーが温室に誘ってくる。
それほどの何かがあるのだろうか。だが今から温室に行って戻ってきては間に合わない。そう考えてティギーを説得しようとするも、俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
フレッドだ。彼の隣にいる女性はエスコート相手だろう。それともう一組の男女。男の方は俺も何度か授業でグループを組んだことがある。
広間に来たところを居合わせたのか、二人が「よぉ」と気軽に声を掛け、次いでティギーを見ると目を丸くさせた。彼等が連れている女子生徒もティギーのドレス姿に驚いている。
「きみ、ティギー・マイセンか?」
「は、はい。そうです……」
「そうか……。悪い、普段と違っていて少しビックリしたんだ」
驚きはしたものの失礼と感じたのかフレッドが謝罪する。連れの女性達もティギーを褒めだした。
そんな中、話を聞いていた男が俺に話しかけてきた。ニヤニヤとした嫌な笑みだ。
「卒業パーティーに来られて良かったなヒューバート。例のあれ、そろそろ始まるんじゃないか?」
「例のあれ?」
「ディル王子の婚約破棄宣言だよ。お前そのためにパーティーに来たんだろ」
下卑た笑みを浮かべる男子生徒の言葉に、俺は思わず息を飲んでしまった。
それは俺がティギーに話そうと思っていたのに……。