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01:卒業パーティーの婚約破棄

 


「なぁヒューバート、ちょっと良いか」


 そろそろ日が落ち始める時間帯、ラウンジで本を読んでいた俺に同級生のフレッドが声を掛けてきた。

 先程までいた友人が野暮用で先に寮に帰っていった直後なあたり、俺が一人になるのを待っていたのだろうか。空いたばかりの俺の前の席に返事も聞かずにドカと腰を下ろす。

 周囲を見回すところを見るにあまり外野に聞かれてはならない話なのだろう。もっとも、放課後になってしばらく経ったラウンジは幸いひとも少なく、よっぽど大きな声を出さなければ話は聞こえないだろう。


「どうした?」

「お前、卒業パーティーのこと知ってるか?」


 フレッドが言う『卒業パーティー』とは、三ヵ月後に予定されている卒業記念パーティーのことだ。

 ここは貴族の通う国内一の魔法学園。その卒業パーティーともなれば絢爛豪華の一言に尽き、尚且つ国王からの祝いの言葉も頂ける記念すべき式典。

 俺もフレッドも卒業間近の最終学年なのだから卒業パーティーを知らないわけがない。むしろ新入生だって、それどころか学園とは無関係な者だって知っている。


「あれだけのパーティーを知らないわけがないだろ」

「いや、俺が言いたいのはパーティーそのものじゃない。でもその様子を見ると本当に知らないみたいだな」


 フレッドがにやりと笑みを浮かべた。

 こいつは学園内外、更には内容に問わず情報を得る事にご執心で、通称『情報屋』と呼ばれているほどの男だ。

 だが話の真偽は確かだし、尚且つ不用意に噂を広めたり悪用するわけでもない。『情報屋』とは言われているがそれで金銭を求める事もしない。むしろ必要な時は関係者にきちんと伝えているので、一筋縄ではいかない性格と趣味ではあるが人望は厚い。

 そんなフレッドがここまで嬉しそうにするのは、自分が入手した情報を当人や関係者が知らない時である。つまりこの場合、俺に関する、だが俺の知らない情報ということだ。そしてわざわざ伝えてくるということは俺が知っておくべき情報でもあるのだろう。


「どうせ話すんだから勿体ぶるなよ、さっさと話せ」

「そう急かすなって。俺がお前に教えたいのは、卒業パーティーでディル王子が婚約破棄を宣言する予定だって話だ」

「ディル王子が? 婚約破棄って、アリア公爵令嬢とのか? それもわざわざ卒業パーティーで??」


 フレッドの話に、俺の中で次から次へと疑問が湧き上がる。


 ディル王子はこの国の第一王子であり次期王だ。見目麗しく実直な方ではあるが、些か周囲に流されやすく、自尊心が高い一面もある。

 彼もまたこの学園に通っており、学年も同じ。つまり卒業を間近に控えた最終学年。成績は上の下で、お世辞を含めれば上の中。

 一生徒として考えれば十分と言えるだろう。貴族の子息であったなら胸を張って誇れるレベル。だが未来の王となると少し不安が……、というのが正直なところだ。

 そんなディル王子の婚約者がアリア公爵令嬢。見目麗しい令嬢で成績も常に上位に入っている。才色兼備とは彼女のような女性を言うのだろう。


 二人は学園に入る前に既に婚約を結んでいる。……はずなのだが。


「婚約破棄って、そんなに簡単に出来るもんじゃないだろ」

「普通はな。だがディル王子とアリア令嬢は婚約関係であっても仲が良いってわけじゃない。それにディル王子は一度決めたら物事を押し通すタイプだから、今回もそのつもりなんだろう。それに聞いた話だと、アリア令嬢との婚約破棄を宣言してそのまま別の女性と婚約し直すつもりらしい」

「別の……。あぁ、例の特待生か」


 ここは貴族が通う学園なだけあり、授業料やら諸々の金額は他の学び舎の比ではない。更には全寮制なため生活費も掛かる。

 だが金が無い一般市民は門前払いというわけではなく、優れた才能を持つ者ならば出自に問わず学園が資金負担する制度がある。それが『特待制度』だ。

 この制度に関してのみ貴族でなくとも構わないとされている。才能が有れば誰でもというわけだ。ただしその間口は針に糸を通すより細いのだが。


 俺達の学年には特待生が二人居り、どちらも女子生徒。一人は卒業年度になって突如転入してきたという異例の経歴の持ち主である。

 名前はシェイナ。ディル王子のお気に入りで常に彼の側にいる。……ディル王子が特待制度にねじ込んだのではないかと噂される程だ。


「愛人にでもするんじゃないかとは言われていたが……、まさか正式な婚約を捨ててそっちを取るっていうのか?」

「常にべったりだからな。それに、べったりどころかキスしてるところも目撃されてる。さすがに全寮制の厳しさじゃそれ以上は進めないようだけどな」

「なっ……! そ、そんな話をラウンジでするな!」


 思わず声を荒らげてフレッドを制した。

 少ないとはいえ他の生徒もいるラウンジでキスだのと不埒な話を……。誰かに聞かれたらどうするんだと周囲を窺えば、幸い誰もこちらを見ている様子はない。むしろ俺のあげた声に驚いてこっちを見ている者はいるが。

 どうやら聞かれてはいなかったようで、良かった、と思わず安堵し、フレッドへと向き直り……。


 ニヤニヤと笑みを浮かべるフレッドの顔を見て、「しまった」と己の迂闊さを悔いた。


 いましがたの俺の反応は、我ながらにどうかと思えるほどに露骨だった……。


「な、なんだよ……」

「そうだな、思い返してみれば俺の優れた情報網でもヒューバートに関する浮いた話は一つも入って来ないし、女子生徒と密にしていたっていう情報も無い」

「学生の本分は勉学だ」

「モテるのに勿体ないと思っていたが、まさかそんな初心な男だったとは。まだまだ俺の知らない事もあるんだな、情報屋として恥じ入るばかりだ」

「俺のことはどうでも良いだろ! それよりさっさと本題を話せ!」


 嫌な笑みを浮かべながら話すフレッドに痺れを切らして怒鳴りつければ、フレッドは相変わらず笑みを浮かべたまま「そう怒るな」と宥めてきた。その口調もまた腹立たしいので宥める気があるのかは微妙なところだが。

 それでも本題に戻る気はあるようで、コホンとわざとらしい咳払いをした後「それでな」と改めて話し出した。



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