1 突然の森
チチチチ、と、どこかで小鳥がさえずるのが聞こえる。
優しい木漏れ日を浴びながら、俺はゆっくり目を覚ました。
頭上に生い茂る木々は風に揺れ、さわさわと心地よい葉音を奏でている。
枕代わりにしていた木の根から頭を上げ、むくりと上半身を起こした。
「いや、何これ森じゃん」
思いのほか冷静な声が出た。
周りを見渡してみても、なるほど森である。木がたくさん生えています、としか言いようがない。
山道すらない森の真っ只中で、突然目を覚ましてしまった場合、いったいどうすればいいのか。
「脈略がねぇよ、どういうことだ? ドッキリにしても俺はただの一般市民だし……誘拐だったらこんなとこに放置もしないだろうし……」
うーんと考え込んでみるが、何せノーヒントである。
とりあえず誰かに何かされた形跡がないか、と自分の体を確かめてみる。
そういえば、全く見覚えのない、やたら動きやすそうな服を着ている。
簡単に言えばそう、ファンタジー世界の駆け出し冒険者! みたいなキャラが着ているような軽装だ。
「え、よくある異世界転移系? いやーまさかそんな……」
俺は恐る恐る、その辺に生えている草に向かって呟いた。
「鑑定、なんて――」
ピコン! と音がして、まさしくファンタジーでよく見る半透明のウインドウが表示された。
ダメ元でやってみただけなのに、本当に表示されてしまうとは……
いや、それより表示された内容に問題がある。
ウインドウには一言、こう書かれていた。
『食べられる』
「……いや情報量すっくな!!」
アイテム名とかではなく、食べられるかどうかの判定だけとは……
ちょっとガッカリする部分はあるものの、とりあえず普通では考えられないことが起きていることだけはわかった。
周囲を探索してみるか。
よいしょと立ち上がって何気なく周りを見ると、枕にしていた木の陰に、小さな斜め掛けポーチとナイフが置いてあった。
「これは、使っていい……ってことなのかな?」
ポーチを確認しようとして中身をのぞき込む。が、中身が見えない。
影で見えないとかそういうことではなく、不自然に真っ黒い何かで満たされているような、変なポーチだ。
これってもしかして……と、思い切ってポーチの中に手を突っ込んでみる。
ピコン! とまたウインドウが表示された。
『マジックポーチ
・水×5
・パン×5』
「うおおおお! マジックポーチ! めちゃくちゃファンタジーじゃん!」
鑑定が少しがっかりだった分、これはかなりうれしい。
どれくらい入るのかなどはよくわからないが、それは使っているうちにわかってくるだろう。
いそいそとポーチを身に着けて、ナイフを試しに鞘から抜いてみる。
見た感じ、普通のナイフだ。刃は鋭く、側面は曇り一つないピカピカの真新しいものだ。
――ふと、ナイフの側面に違和感を感じた。
ナイフの側面に、というか、ナイフの側面に映り込んだ、自分の顔に。
いくらピカピカとはいえ、鏡のように鮮明には映らない。
だが、それですらわかる違和感がそこにあった。
黒髪黒目の平凡な男。それが俺だ。
しかしナイフの側面に映る俺の髪は、どう見ても真っ赤なのである。
短髪なので全く気付かなかった。試しに一本髪を抜いてみるが、どう見ても赤い。
「染めてるにしては綺麗すぎない? これ転移じゃなくて転生?」
体そのままで異世界に来る転移と、魂だけ異世界に来る転生。
後者の場合、元の世界での俺は死んでいるのがセオリーだけど……
「ま、いっか別にどっちでも。元の世界にびっくりするほど未練ないわ」
普通の社会人だった。親とは昔からそりが合わずに疎遠だし、恋人もなし。
仕事の忙しさにかまけて友人関係も希薄。俺が死んだかいなくなったかしても、悲しむ奴はそんなにいないと思う。
「どうせなら、ちょっとは見られる顔に生まれ変わってねーかな」
軽口をたたきながらナイフを腰のベルトに取り付け、周囲を見渡す。
「よし、水と食料はあるみたいだし、まずはこのあたりの把握かな!」
俺は、わくわくしながら探索を始め――
――そして五日後、空腹で倒れた。