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男根のメタファー  作者: さとー
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テニスラケットは男根のメタファーか? ②

 ところ変わってテニス部が活動しているテニスコート。

 今回は野球部の時と比べて早めに来たので、まだテニス部は活動中だ。テニスというと静かで紳士的なスポーツかと思っていたが、練習風景はその真逆だった。球拾いをしている下級生は常に「ファイトー!」と声を出しているし、コート内で練習している部員も自分が打っていないときは下級生同様に声を出している。

 なんなら野球部よりも声を出しているんじゃないかというくらいだった。

「へぇ、テニスって案外声出すんだな。紳士のスポーツっていうくらいだからもっと静かなもんだと思ってた」

「桜世先輩知らないんですか? うちのテニス部って県内で一番部員数多いですし、応援も気合が入っていることで有名なんですよ」

 と、いつもなら朱里が説明してくれそうなところを馬渡が説明してくれた。

「良く知ってるんだな」

「まあ、高校に入学したとき、テニス部と野球部のマネージャーどっちにするか少しだけ迷いましたから」

「どうして野球部に?」

「それ聞いちゃいます?」

「……やっぱり答えなくていい」

 なんて理由で野球部選んでんだよこいつ。野球部男子に謝れ。あとテニス部男子も馬渡がマネージャーにならなかったことを残念に思ってるだろうからそっちにも謝れ。

 可愛い女子マネはどこの高校でも取り合いだ。朱里も入学当初は様々な部活からマネージャーとして勧誘されていた。さらには体育で抜群の運動神経を披露してからは女子運動部までもが加わり、才神朱里争奪戦が始まったほどである。

 そんな伝説を持ち、偉そうに腕組みをしてテニス部の練習風景を眺めている朱里に俺は話しかける。

「で、具体的に何すんだよ?」

 しかし、俺の声が届いているのかいないのか、朱里はなにやら考え込んでいるようだった。

「うーん、やっぱり逆よね」

 逆? なにが?

「あー、なるほど……確かに逆ですよね」

 え? 馬渡には伝わったの? 幼馴染みの俺ですら分からなかったのに、すごいな馬渡。

「何が逆なんだ?」

「テニスのラケットを男根に見立てるなら、やっぱり持ち手の部分が先端部分になるわけでしょう? でもテニスラケットって面のある方が先端なのよ」

 なに言ってんだこいつ。伝わらなくて正解だった。

「でも才神先輩、棒のところを握ってると考えると逆にエロくないですか?」

 男子の前で平然とそういう話をしないでほしい。ていうか打ち解けるの早すぎだろこいつら。

「確かにそう考えると、奥で練習してる女子テニス部……卑猥だわ」

「……卑猥ですね」

 ゴクリとつばを飲み込む二人。

「お前ら、女子テニス部が聞いたら怒るぞ」

「さ、とりあえず中に入りましょうか」

 俺の言葉を無視し、朱里は誰に断ることもなくテニスコートを覆うフェンスの中に入る。

「おい、練習中だぞ。勝手に中に入ったら怒られるだろ」

「大丈夫よ、女子テニス部の部長さんに許可はとってあるから」

 いつの間に……用意周到だな。

 許可をとってあるという朱里の言葉を信じ、俺たち三人はテニスコートの中へ。練習の邪魔にならないようになるべく外側を通りながら朱里の後を追い、女子テニス部が練習している奥の方へと進む。

 すると、女子テニス部の方から長い金髪のゆるふわウェーブを後ろで一つに束ねた女子が駆け寄ってきた。確か朱獄院蘭子すごくいんらんこといったか。ハーフで金髪でスタイルがよく、おまけに美人。さらにテニスの腕前は全国レベルという、朱里の隣に並べても全くそん色がないどころか、女子テニス部の部長で部員からの信頼も厚ところなんかを考えるとこの学校で唯一朱里を超える完璧超人なのではないだろうか。もっとも、噂に聞く限りでは勉強の方がてんでだめらしいが。

 そんな学園のマドンナ的存在は、俺たちの前まで来ると優雅に一礼し、

「どうも、部長の朱獄院と申します。今日は見学にいらっしゃったとのことで……とはいいましても、練習中ですのであまりお相手はできませんが、ご覧になる分にはご自由にご覧ください。ああ、危険ですのでなるべくコートの中には近づかないようにお願いいたします」

 同じ二年生なのに敬語とは。思わず居住まいを正してしまいそうになる。

 そんな小心者の俺とは違うのか、朱里は爽やかな笑みを浮かべる朱獄院さんに、完敗している胸をはりつつ、

「ええ、私たちには気を遣わずいつも通り練習してくれて構わないわ」

 だからなんでそんなに偉そうなんだよ。

 というわけで見学開始。一応前回は男子野球部がバットを男根に見立てているのかどうかを調査しに行ったわけだが、今回の目的が俺には未だにわからない。

 とりあえず、青春の汗を流す女子テニス部を眺める。

「なあ朱里、今回は何しにきたんだよ。もっと具体的に分かりやすく教えてくれ」

 ファイトー、という男子にも負けず劣らず気合の入った女子の声がコート内から響いてくる。

「しょうがないわね……前にも言った通り、私はテニス部男子が股にテニスラケットをはさんで遊んでいたのを目撃したわ。そして昨日、私たちは男子野球部が股にバットをはさんで遊んでいたのはバットを男根に見立てていたものだということを明らかにした――ということは、テニス部男子が股にラケットをはさんで遊んでいたのも、ラケットを男根に見立てていたからだということはもはや自明の理となるわけよ。理解できた?」

「内容が内容だからあまり理解したくはないが、お前の言いたいことは分かった。で、じゃあなんで今俺たちは女子テニス部の練習を眺めているんだ?」

「そんなの決まってるじゃない。女子テニス部もラケットを男根に見立てているのか調べるためよ」

「見立ててるわけないだろ」

 朱獄院さんを見ろ、あんな礼儀正しいお嬢様みたいな人がそんなこと考えてるはずないだろうが。

「分からないわよ。バットを男根に見立てていた野球部のマネージャーもいるんだし、ありえない話じゃないわ」

 まあそう言ってやるなよ。本人も反省して……

「やっぱりテニスラケットよりバットの方がはかどりますね」

 反省してないし。なんかぶつぶつ言ってるし。

「とにかく、観察を続けるわよ。何か気付いたことがあったら遠慮なく言ってちょうだい」

「はい!」

 とすぐさま元気よく手を上げる馬渡。

「なにかしら?」

「テニスウェアってあんなにスカート短いのにパンツが全然見えないんですけど、いったいどういう原理なんですかね。あと、さっきから気になってたんですけど、ボール……スカートの中に入れてませんか?」

「ボールをスカートの中にって、なに言ってんだお前は……」

 そんなことあり得るはずないだろ、と思いつつ、サーブの練習をしている朱獄院さんを見ていると、顔を真っ赤にしながらボールを持った手をスカートの中に忍ばせていた。

「……ほんとだ」

 ていうかこっちの会話聞こえてんじゃん。朱獄院さん、めちゃくちゃ恥ずかしそうだし。馬渡、声のトーンを落とせ。

「あれは……一体どこにいれているのかしら? いや、そんな……まさかね……」

 いったいどんな想像をしているのか、朱里はやや頬を赤らめた。

 興味深そうに観察する馬渡と朱里に対し、観察対象である朱獄院さんはわざとらしく咳払いをした後、先ほどより大きくスカートをめくってボールをスカートの中に収納した。その際、スカートの中にスパッツのようなものが見え、それにポケットが付いているのだということが、見ていた俺たちに伝わる。

「ああ、なるほど、そういうことか」

「なるほど、スカートの中のスパッツのようなものにポケットが付いているのね」

 誤解を防ぐためとはいえわざわざ見せてくれるなんて、朱獄院さんって優しいんだな。

「朱里先輩」

 とまたもや馬渡。

「何かしら?」

「今気付いたんですけど、確か朱獄院さんの下の名前って蘭子ですよね?」

「そうね、確か蘭子だったわ」

 俺達の会話が聞こえているのか、朱獄院さんがぴくっと肩を震わせる。

「フルネームで読むと……なんていうか、その……凄くないですか?」

「…………確かにそうね。気付かなかったわ」

 ふるふると、どういうわけか体中を震わせつつもサーブの練習に集中しようとしている朱獄院さん。

 フルネームで呼ぶとすごい? どういうことだろう。

「フルネームって、朱獄院蘭子だろ……すごくいん、らんこ。すごくいんらんこ……って、あっ……」

 俺は気付いてしまった。衝撃の事実に。口に出すのすらはばかられるその事実を、馬渡は遠慮なしに口にする。

「……すごく淫乱」

 馬渡がそう口走った瞬間、朱獄院さんはサーブを空振りし、そのまま落下してきたボールは朱獄院さんの頭にぽこん、とぶつかった。

 朱獄院さんがサーブを空ぶることなんて普通じゃありえないのだろう。周りの部員たちが驚きの表情で朱獄院さんをみつめている。

 朱獄院さんは周りに向けて顔を真っ赤にしたまま無理やり笑顔を作ると、今度は空振りせずにサービス練習を続けた。

 トスを上げるたびにちらっと見える脇だとか、サーブを打つたびに激しく揺れる胸だとか、サーブを打って構えた時に突き出されるお尻だとか……とにかくそんなのを見ながら、朱里がコメントする。

「名は体を表すとはよくいったものね。ご両親の願い通り、すごく淫乱な体に育ってるわ」

 再びサーブを空ぶりした朱獄院さんは、朱里の失礼極まりない言葉についに我慢できなくなったのか、顔を真っ赤にし、

「お父様とお母様はそんなつもりで名前をつけたわけじゃありません!」

 とこちらに向かって叫んできた。

 でしょうね。ほんとすいません。

 他の部員たちが何事かと朱獄院さんの方を見る。周りの視線に気付いた朱獄院さんはさらに顔を赤くし、涙目で朱里を睨みつけてからサービス練習に戻っていった。

「さっきの顔、すごくそそりますね」

 馬渡がそう言ってよだれを拭く。

 ちょっとやめてよもう。朱獄院さん泣いてるじゃん。いじめだよこれ。

 俺のそんな願いもむなしく、二人の発言はどんどんエスカレートしていく。

 部員の打ち損じたボールが隣のコートに入り、朱獄院さんがいたずらっぽく「どこにいれてるんですか、こっちですよ」と言えば、

「どこにいれようとしたのかしらね」

「そしてどこにいれさせようとしてるんですかね」

 などとのたまい、朱獄院さんを赤面させたり。

 さらに朱獄院さんが一年生の男子部員に手とり足とりフォームを教えながら「そう、もっとたてて……ちょっと、たてすぎです」とラケットを垂直にたてるようにアドバイスしていれば、

「ちょ、あんなに体くっつけて、男子部員照れまくってるじゃないですか」

「あれだと違うところをたたせているみたいね」

 とか言い出して朱獄院さんと男子部員の頭から湯気を出させたり。

 バックハンド側(利き手じゃない方)にばかり球を出す一年生に対し、からかうように笑いながら「ふふっ、そんなにたくさん出して、よっぽどバックが好きなんですね」と朱獄院さんがいえば、

「あれはもう確信犯じゃないの? 卑猥な意味にしか聞こえないわよ」

「心なしか男子部員全員前かがみじゃないですか?」

 などと言って男子部員に悪影響を与えたり。

 部員の打ったボールがちゃんと全部コートの中に入ったのを見て、朱獄院さんが「すごい、全部入ってます」と感嘆の言葉を漏らせば、

「いい表情ね」

「とろけてます」

 と言って朱獄院さんを極限まで照れさせたり。

 なんというかもう、やりたい放題だった。

 朱獄院さんも朱獄院さんで、うちの馬鹿二人のせいで意識してしまったのか、なんだか言葉を選ぶようになり、男子部員とも距離をとり始めた。

 練習の最後なんかは、後輩にやや厳しめにアドバイスしている朱獄院さんに向かって、朱里が「しごいてるわね」といっただけで、

「そ、そんな……しごいてるだなんて」

 と顔を真っ赤にして俯いてしまう始末だった。

 しかしそれでも朱獄院さんは部活を終えたあと、俺たちのもとへきて、きちんと礼儀正しく挨拶をしてくれる。

「きょ、今日はいかがでしたか?」

 なんていい人なのだろう。ひきつった笑顔が痛ましい。

「ええ、とても参考になったわ。ありがとう」

 だからなんで偉そうなんだよ。一言くらい謝ろうぜ。

「そ、それなら……その、よかったです」

 朱獄院さんって嘘つくの苦手なんだろうな。声が上擦ってるよ。俺が直接謝るとそれはそれでセクハラになりそうだから謝らないけど、心の中で土下座しとこう。

「それで、最後に一つ質問をしてもいいかしら?」

 おいおい、まだあるのかよ。勘弁してくれ。

「は、はい。お答えできる範囲でしたら」

 身構えつつも承諾してくれる朱獄院さん、ほんといい人だ。

 そんな朱獄院さんに、朱里は冷酷無比にも容赦のない質問をぶつけた。

「朱獄院さんはラケットを男根に見立てたことはあるかしら?」

 俺と朱獄院さんの時間だけが止まる。完全にフリーズした俺たちをよそに、朱里と馬渡は期待のまなざしで朱獄院さんを見ている。

 思考が追いつき、質問の意味を理解した朱獄院さんは、手に持っていたラケットを落として、わたわたと大きな胸の前で両手を振った。

「そ、そんな!? そんな想像したことありません! なにを仰ってるんですか!?」

 今日一日で朱獄院さんが恥ずかしがる姿を何度も見たが、今回は一番ひどく、目をぐるぐると回していた。

「テ、テニスは紳士と淑女のスポーツです! ありえません! そんなの!」

 正論を言う朱獄院さんに、うちの馬鹿二人は心の底から驚きの表情を浮かべていた。そんなバカな! とでも言いたそうな表情だ。

 なんで驚いてんだよ。これが普通の反応なんだよ。

「し、ししし失礼します!」

 ついにはそう叫んで走り去ってしまう朱獄院さん。俺は落としたラケットを忘れていることに気付き、それを拾って追いかけようとしたが、近づいてくる俺を見た朱獄院さんは泣きそうな顔で逃げ去ってしまった。

「あっ……」

 あんな話をされた後とはいえ、あそこまで必死に逃げられると流石にショックだ。ていうかこれって俺も変態二人と同じように見られてるんじゃないか?

 拾ったラケットをどうしていいか分からず、呆然とする俺に、両サイドから左右の肩にぽん、と手が置かれた。

 左右をそれぞれ確認してみれば、神妙な顔で首を振る馬鹿二人。

「いや、お前らのせいだからな?」

 結局今日の活動は、可憐な学園のマドンナに心の傷を与えただけとなってしまったのであった。

 あ、ラケットは通りかかった女子テニス部の子に預けました。


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