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男根のメタファー  作者: さとー
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ある日の料理対決 ③

「えー、それではこれより、朱里先輩をかけた料理対決を始めたいと思います!」

 家庭科室――放課後に料理部が使っているらしい――で、司会役の馬渡がノリノリのテンションでそう宣言した。

「司会進行、及び実況はこの私――文芸部の馬渡白、そして解説は同じく文芸部の才神朱里先輩でお送りします。さて、今回の料理勝負、朱里先輩を取り合って始まったわけですが、ある意味ご褒美役ともいえる朱里先輩としてはいかがでしょう?」

 パイプ椅子の上でふんぞり返る朱里は、つまらなそうな顔で髪をかき上げると、調理開始の合図を待つ俺と早瀬を交互に睨みつけてから言う。

「まず、この私をまるで景品のように扱おうとする態度が気に入らないわね」

 始まる前から根本を否定したが、しかし案外こういうイベントごとは大好きな朱里だ、勝負が台無しにならないようにちゃんと自分でフォローを入れてきた。

「とはいえ、男が自分を取り合っているというのは、悪くないわ。せいぜい楽しませてちょうだ」

 まったく、早瀬はこんなやつのどこが好きなのか。そう思って早瀬のほうを見てみれば、相変わらずのイケメンスマイルで朱里を見ている。まあ確かに、学校一の美男子である早瀬と、学校一の美少女である朱里が並べば、美男美女の誰もがうらやむカップルに見えることだろう。

 きっと早瀬はそれが欲しいのだ。朱里ではなく、誰もがうらやむカップルという称号が欲しいに違いない。まあ、俺には関係ないが。

「それでは審査員の紹介に移りたいと思います。まずはこの方――料理部の顧問にして家庭科の先生、安平良子やすひらりょうこ先生です」

 名前を呼ばれた二十代後半の先生は、にっこりと笑って両手を合わせると、明るい笑顔で軽く自己紹介をした。

「家庭科の授業で一度は見かけたことがあると思います、安平良子です。速水もっこみちんと結婚するのが夢です。そのためにMOCCO‘Sキッチンのアシスタントになるのが今の目標ですねえー」

 速水もっこみちんとは、料理が得意なイケメンの芸人で、芸人なのにもかかわらず最近はMOCCO‘Sキッチンという料理番組を主な活動としている芸人だ。

 ほんわかとした雰囲気でアホなことを言っているこの先生は、速水もっこみちんの大ファンで、調理実習の際に必ずオリーブオイルを使わせる有名な先生だ。料理部の顧問もやっており、早瀬がなにかとオリーブオイルなのはこの先生のせいかもしれない。

「はいありがとうございます、速水もっこりちんちんというのが誰かは存じませんが……」

おいこら、最低な形で名前間違えてるぞ。

「では次の方――こわもて保健体育教師にして自他ともに認める大のグルメ通。しかしお昼はいっつも愛妻弁当の、谷内岳人先生です」

「はじめに言っておこう、今日は保健体育教師としてではなく、グルメ通として来ている。容赦はしない。体育の時よりも厳しくいくぞ」

 まるで幾多の戦場を経験してきた歴戦の戦士のような顔つき。保健の授業では、しばしば体作りや青年期の発育に関して食をまじえた話を繰り出してくる。また、そういった栄養面だけでなく、味のほうにもかなりこだわっており、曰く『健全な肉体はバランスのとれた食事から、そして健全な精神は美味い料理から』とのことだ。つまりは栄養価が高く美味しいものを食えってことだろう。ちなみに奥さんは料理がへたくそらしい。

「続いて、最後はもちろんこの人――学園一の美少女にして我らが文芸部の部長。好きなタイプは料理の上手い男こと、才神朱里先輩です」

 名前を呼ばれた朱里は自己紹介もせず、知られていて当たり前みたいな顔をしている。

「さてさて、審査員の紹介も終わったところで、改めてルールを確認しましょう。まずは料理のお題ですが、これは先日確認した通り自由とします。食材も自分で持ってきたものをなんでも使用して構いません。調理器具も自分で持ってきていいですし、ここにある道具でしたら何を使っても構いません。要はルール無用の残虐ファイトってことですね!」

 面倒くさくなったのか、今回のルールを雑にまとめた馬渡は、続いてとんでもないことを言いだした。

「さらにさらに、今回の勝者に与えられる商品というか、ご褒美ですが……なんと! 勝者には『才神朱里と一日デート券』が送られます!」

 え? でーと? デートって、あのデート? 男と女が二人で一緒に遊びに行ったりするあのデート? つまり朱里と二人で遊びに行くってことだろ。早瀬はどうか知らんが、朱里と家族ぐるみの付き合いである俺としては別にそんなもの必要ないんだけど……もっとなんかこう、『アイアンクローをやめてくれる券』とかがいい。

「おい、俺は別にそんなのいらないからべつのやつに――」

「何か言ったかしら?」

「よーし、俄然やる気が出てきたぞー」

 あっぶねー、なんか知らんが券をもらうより先に拳をもらうとこだった。

「デートか。まあ、こんな男を得意の料理で打ち負かした程度で朱里さんが僕のものになるとは思っていないさ。しかしいい機会だ、これから振る舞う僕の料理と、そしてその後のデートで君を虜にしてみせよう」

 朱里へと自信満々の笑みを送る早瀬へ、朱里もまた自信満々の笑みを返した。

「あなたには、私が暖人としょうがなくデートをする口実になってもらうわ」

 流石の早瀬もこれは堪えたのか、ひきつった笑みを見せる。

 まったく、とんでもないことを言う。早瀬への攻撃と俺へのからかいを同時にこなすとは器用な奴だ。

「さあ、ヘタレな桜世先輩を置いてきぼりにして、早瀬先輩と朱里先輩の白熱した戦いが見られましたが、そろそろ時間もないので、勝負を始めちゃいましょう」

 誰がヘタレだ。

 しかし、確かに先ほどから空気と化している。そうだ、これは俺と早瀬の戦いなのだ。決して早瀬と朱里の戦いではない。俺はそこをはき違えている早瀬に、柄にもなく挑発的な台詞を送っておいた。

「最初に謝っておくぞ早瀬、料理部部長のお前に恥をかかせることになってすまんな」

 完全に見下している相手にそんなことを言われて、流石の早瀬も頭に来たのか、いつもの爽やかな笑みを消し、真剣な表情で言った。

「朱里さんが身内びいきで君を選ぶと高をくくっているのかもしれないけど、僕はそれも含めて君に勝つと言っているんだ。それも、審査員全員に僕の料理の方がおいしいと言わせたうえでね」

 その目は、もう朱里などとらえておらず、しっかりと俺をとらえていた。

 料理のできる男はモテるからだとか、どうせそんな理由で料理をしているのだろうと思っていたが、そうではないらしい。早瀬は自分の料理に自信とプライドを持っている。俺は早瀬への評価を改めた。軽薄そうに見えて、案外熱いやつだ。

 自然と口角があがる。ガラにもなく熱くなっているらしい。

俺は一度深呼吸し、静かに調理開始の合図を待った。

早瀬もまた位置につく。調理台の上に置かれた、オリーブオイルの瓶や色とりどりの野菜、さらにそこらのスーパーでは買えないようなパスタを前に表情をニヤつかせている。

 俺にはその表情の意味が分かる。別に俺を料理で負かせることだとか、朱里とのデートのことだとかを考えているわけではない。純粋に目の前の食材を見て、これから作る料理を楽しみにしているのだ。野球好きが新しいバットやグローブを前にしてわくわくするように、絵描きがモデルとまっさらなキャンバスを前に自分が創り出す作品を想像するように、料理好きな人間は調理器具と食材を前に気持ちを高ぶらせてしまう。

 なぜそれが分かるのかって?

 それはもちろん――俺もまた料理が好きな人間だからだ。

「それでは、調理スターーーーット!」

 馬渡の合図と共に、普段はやる気のない俺の両腕が高速で動き出す。調理台の上には大きなトートバックが一つ。その中に、俺が今日使うものが全て入っている。

 俺はまずその中からパスタを取り出した。

 その瞬間、司会の馬渡が騒ぎ出す。

「おおーっと、なんと今回、両者共にパスタのようです。お互い慣れた手つきでそれを鍋に広げていく! すごいです! なんかこう、円を描くようにファサァーっとパスタが! ていうかずっと思ってたんですけど、料理部部長の早瀬先輩はともかく、どうして桜世先輩まであんなに手慣れてるんですか? そこのところ、解説の朱里先輩、お願いします」

「暖人は趣味が料理なのよ」

「あっけなく説明が済まされてしまいました! しかし似合っていると言えば似合っていますね。しかも本日、桜世先輩はエプロン姿です。気合入ってますねぇー」

 俺は馬渡のコメントを無視しつつ、鍋に軽く塩を振ると、次の工程に入る。

「さあ、早瀬先輩が無駄に高いところから塩を鍋の中へと叩きつけている間に、桜世先輩が次の食材と道具をバックの中から取り出しました。これは……アタッシュケース? ですか? なんでしょう、見たこともない小さなアタッシュケースのようなものを取り出しました。解説の朱里先輩、桜世先輩が取り出したあれはなんですか?」

「包丁ケースよ」

「包丁ケース……? わざわざ自分の家から持ってきたってことですか? 包丁ならこの調理室に何本もありますが」

「こだわりでしょうね。なにせ、暖人は毎月のお小遣いをほとんど調理器具と食材に費やすほどの料理マニアだもの」

「な、なんと……ここにきて桜世先輩の意外な一面が……ていうか、だったらなんで料理部に入らなかったんでしょうか?」

「私と一緒に文芸部に入りたかったんでしょう」

 おいこら、勝手なことを言うな。お前が無理やり文芸部に入部させたんだろうが。

 声を大にして叫びたかったが、しかし残念ながら今は調理中だ。ちょうど俺のお気に入りの包丁でベーコンを切っている。

 司会の馬渡は集中する俺から実況の対象を早瀬へと移した。

「一方早瀬先輩は、取り出したほうれん草を刻み……おおーっと! ここでフライパンにオリーブオイルを入れ始めました! すごいです、これでもかっていうくらい入れてます。フライパンの中にオリーブオイルの湖ができちゃってます! なんだかもう私、胸やけがしてきました!」

「ふっ、安心していいよ、馬渡さん。これは上質なエクストラバージンオリーブオイルだからね、飲んだって大丈夫なくらいさ」

「へぇー、そうなんですか? 朱里先輩?」

「ええ、美容や健康のためにオリーブオイルを飲んでいる人もいるくらいだから、一概に体に悪いとも言えないわね」

「流石は朱里さんだ」

 早瀬は満足そうに笑うと、オリーブオイルでびちょびちょのほうれん草にチーズを投入した。

「あれは……チーズでしょうか?」

「フレーバーチーズね。フレッシュチーズやクリームチーズにハーブなんかを混ぜ込んで作るチーズよ」

「なんだかよく分かりませんがオシャレな食材のようです」

 初めて聞く単語の理解を半ばあきらめている馬渡は、続いて俺がバックから取り出したものに目を付ける。

「おおーっと! なんとここで桜世先輩もオリーブオイルを取り出しました!」

 その声を聴いた早瀬が顔を上げ、目を見張った。

「桜世暖人……君はどこまで僕をコケにすれば気が済むんだ。まさかこの僕に、オリーブオイルで勝負を挑もうだなんて。それも、そんな安物のピュアオリーブオイルなんかで!」

 そう、俺が使っているのはオリーブオイルの中でも最高等級と言われるエクストラバージンオリーブオイルよりもはるか下の等級である、ピュアオリーブオイルだ。それをフライパンへと注ぎ、ベーコンを焼いていく。

 あろうことか自分の得意分野であるオリーブオイルで――それも等級の低い安物で勝負を挑まれたとあっては、早瀬のプライドが許さなかったのだろう、明らかに憤慨した顔で俺を睨んだ。

 対して俺は調理に集中するため、なんの反応も見せなかった。今は火を扱っているのだ。油のはじける音、ベーコンの焼き色、肉の焼ける香り、フライパンから伝わる熱気、表面の焼き色、五感全てを集中させる必要がある。いつどのタイミングで次の具材を投入するか、それだけを考えていればいい。

 なんの反応も見せない俺に、早瀬は苦虫をかみつぶしたような顔をすると、自分のフライパンに入っているフレーバーチーズが溶け出したのを見て、今度は急いで生クリームを入れ始めた。

 フレーバーチーズが出てきたところから予想はしていたが、どうやら早瀬はクリームパスタのようだ。対する俺はベーコンと数種類のキノコ、そして水菜をあえた和風パスタである。同じパスタではあれど、趣は全く違う。

 俺が料理の最後の工程に入っていると、一足先に料理を完成させた早瀬が俺の後ろを通った。

「さっきは取り乱してしまったけど、よくよく考えれば君程度がちゃんとしたエクストラバージンオリーブオイルを用意できるはずもなかったね。すまなかったよ。まあ、君はそこで僕の料理に朱里さんが悩殺されるところを見ていてくれ」

 もちろん調理に集中する俺は反応などしない。だがその代わりに、早瀬に見せつけるようにして俺はもう一本のオリーブオイルを取り出した。

 それを見た早瀬が目を見開く。

「な、なに……? エクストラバージンオリーブオイルだと!? くっ、それを持っておきながら、あえて使わなかったというのか……ッ!」

 俺は取り出したエクストラバージンオリーブオイルを最後にパスタへと軽くかけると、調理を終え、ようやく早瀬と真正面から向き合った。

「ほらどうした、先行は譲ってやるよ。冷めないうちに持っていくといい」

「くっ、どこまでも舐めた態度を……」

 早瀬は一瞬だけ悔しそうな顔を見せたが、すぐさまいつもの笑顔を作ると、にこやかに審査員のもとへと自分の料理を運ぶ。

「『ほうれん草のクリームパスタ~愛しい人への愛を込めて~』です。どうぞ召し上がってください」

 おいしそうに湯気の立ち上る料理を前に、朱里以外の審査員二人がごくりとつばを飲み込む。

そして、最初に口を付けた安平先生が頬に手を当て、天にも昇りそうな顔をした。

「はぁー、このクリームソースから感じるほのかな香り、オリーブオイルですね。ごきげん美味いです」

 早瀬は得意げな顔で胸を張ると、持っていたオリーブオイルの瓶を見せる。

「はい、今回は特別に、僕が持つ数多くのオリーブオイルの中でも最高等級の――つまりエクストラバージンオリーブオイルを使わせていただきました」

 続いて朱里が、やや驚いた顔をする。

「へぇ……意外とおいしいじゃないの。これだけ見た目が油っぽいのに全く不快さを感じない爽やかさ……オリーブオイルね」

 いや、みんな知ってるから。今更そんな見抜きましたみたいな顔でオリーブオイルって言われても。

 しかし早瀬は気にせず、朱里に認められたのが嬉しいのか、満足げな表情を見せる

「ふっ、嬉しいね。君から肯定的な言葉をもらったのはこれが初めてだ」

 そして最後に、谷内先生がパスタの香りと見た目をじっくり楽しんでから口に運ぶ。そして目を閉じて味わうと、急に眼を見開いた。

「口にいれた瞬間に広がるチーズの風味、そしてなにより全体へまろやかさを加えているこれは……ッ!」

 驚きの声を上げる谷内先生に、早瀬はドヤ顔で告げた。

「――オリーブオイルです」

 全部オリーブオイルじゃねぇか。

 俺は内心そんなツッコミを放ったが、早瀬の作った料理の味は確かなようで、朱里以外の二人はあっという間に皿を空にした。半分だけ料理を残した朱里が、残りを馬渡へと渡す。

「せっかくだし、馬渡さんも食べたら」

「そうですね、おなかもすきましたし……」

 馬渡はオリーブオイルたっぷりのパスタに口を付けると、驚きで目を見張った後に、一気にパスタをかきこんだ。

「す、すごい……あんなに油でびちょびちょだったのに……こんなにあっさり食べられるなんて……まさかあの油は――ッ!?」

 わざとらしく驚いて見せる馬渡に、今度は早瀬ではなく朱里が、

「そう、オリーブオイルよ」

 そう言って得意げな顔で笑った。

「それやりたかっただけだろお前」

 俺は呆れ顔で朱里にそう言った後、自分の料理を審査員の前に差し出す。

「どーぞ、『ベーコンとキノコの和風パスタ』です」

 さあ、次は俺の番だ。料理部の部長だか何だか知らないが、容赦はしない。料理の勝負において手加減は許されない。それは相手に失礼だから――ではなく、審査員に失礼だからだ。食べてもらう人に、手を抜いた料理を出すなどあり得ない。

 差し出された俺の料理を前に、安平先生と谷内先生の顔がこわばる。一方、朱里はどこか得意げな顔をしていた。

 安平先生が口を開く。

「こ、これは……先ほどの早瀬君の料理よりもさらにすっきりとした……それでいて確かな存在感を放つ――オリーブオイル」

「先輩も結局オリーブオイルじゃないですか」

 うるせぇ。

「こ、これは……もう我慢できん!」

 さっきは香りや見た目をじっくり楽しんでいた谷内先生が、まるで理性を失った獣のように俺のパスタへと食らいついた。

「がふっ! ぐふっ! ああっ! う、美味い! ベーコンの旨みと塩気、そしてオリーブオイルの上質な香りを纏ったキノコ! 何もかもが料理の質を限界まで高めている!」

 荒れ狂うグルメ男に目もくれず、その隣では安平先生がオリーブオイルの香りに引き寄せられるがまま、パスタを口に運んでいた。

「ああぅ! おいしぃ……あ、あぁん!」

 安平先生の色っぽい声と、体中に駆け巡る快感を我慢できずに体をくねらせる様子が、俺の料理がいかに美味しいのかを物語っている。

 その様子を見て、一番驚いていたのはやはり早瀬だった。

「ば、馬鹿な!? パスタの具を炒めるときにあんな安物のピュアオリーブオイルを使っておいて、なぜ!」

 ここで、俺は自分の料理と早瀬の料理の違いを教えてやろうと思ったが、その役はいつの間にか俺の作ったパスタを半分ほど平らげていた朱里に奪われた。

「ピュアオリーブオイルにはピュアオリーブオイルの、エクストラバージンオリーブオイルにはエクストラバージンオリーブオイルの使い方があるということよ」

「使い方……?」

「そう、あなたはパスタの具材を炒めるときと、最後の香り添えの両方にエクストラバージンオリーブオイルを使ったわよね。そこであなたと暖人の料理には明確な差が出たってわけ」

「けど、だったらより等級の高いオリーブオイルを使った僕の方が――」

「いいえ、それは違うわ。いい? エクストラバージンオリーブオイルとピュアオリーブオイルには品質以外にもっと違いがあるの。それは、火を通した時に現れるわ。もっと詳しく言えば、エクストラバージンオリーブオイルは約百度に達すると煙を出し始め、料理に影響を与え始めてしまうのに対し、ピュアオリーブオイルは約二百度まで耐えることができる。それゆえに、加熱する際はエクストラバージンオリーブオイルではなくピュアオリーブオイルを使用する方がいいというわけ。分かったかしら?」

 流石は朱里だ。よく分かっている。俺にはもう解説できることなどなくなってしまったが、それでは締まらないので、早瀬に向けて言い放つ。

「お前はオリーブオイルの等級ばかりに目を向けて、その本質を見ようとしていなかった。そしてそれは朱里に対しても同じだ。お前は朱里のもつステータスばかりを見て、その内面を見ようとしていない……うわべだけでなく、もっと中身を気にすることだな」

 審査員の反応を見れば俺の勝利は一目瞭然で、さらにとどめの言葉により、ついに早瀬はその場に膝をついた。

「くっ……認めよう、この料理勝負、僕の負けだ」

 早瀬の敗北宣言に、審査員の先生二人が頷く。

「だけど桜世君……負け惜しみに聞こえるかもしれないけど……僕はやっぱり君が朱里さんにふさわしい男だとは思えない」

「勘違いしてるぞ早瀬。ふさわしいとか、つりあうだとか、そんな話じゃないんだよ」

「なんだ……もしかして恋愛にステータスなんて関係ないなんてきれいごとを言いだすんじゃないだろうね?」

「まさか、そんなことは言わないさ……ただ、お前は勘違いしてる」

「勘違いだって……? 一体何を?」

 俺は、俺が見た朱里の本質ってやつのほんの一部を、早瀬に教えてやった。早瀬以外に聞こえないように、小さな声で。

「あいつはな、自分にふさわしい男がいるだなんてひとかけらも思ってないんだよ。世界中どこを見回しても、常に自分が一番。そういう考えの持ち主だ。だから、あいつにとって自分にふさわしい男なんてそもそもいないんだよ」

 早瀬はそれを聞き、どこか悲しげな表情で笑った。

「ふっ……なるほど。どおりで振り向いてくれないわけだ……けど、だとするなら君もまた。彼女に振り向いてもらえず苦しんでいるんじゃないのかい?」

「生憎、俺はお前と違って振り向いてもらわなきゃいけない位置からスタートしなかったんでね」

 そうだ、俺と朱里は生まれた時から一緒に居た。

 その隣に、特別席に、ずっと腰かけている。振り返ってもらう必要なんてない。横目に見てさえくれれば、それでいい。

 そして、今更その席を誰かに譲ろうだなんて、これっぽっちも思っていない。

「そうか……それは、羨ましい限りだな」

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