竹刀は男根のメタファーか? ②
「メェエエエエーーーン!!!!!」
「アァァァァーーーーーー!!!!」
「キェエアアアアアアーーーーーー!!!!!!!」
「イヤァァァァァァァァァァーーーーー!!!!!!!」
「グワァァァァァァァァァァァーーーーーーーーー!!!!!!!」
早速訪れた剣道場内では、奇声が飛び交っていた。剣道は声を出してやるものだと知ってはいたが、まさかここまで激しいものだとは……。
「アイエエエエエエエーーーーー!!!!!!!!」
気になるのはそれだけではない。気のせいかもしれないが、なんだか部員たちがやたらとこちらを気にしているような気がするのだ。
「ワァアアアアアアアアーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
なんだろう、朱里は一応この学校の有名人だし、そのせいだろうか。
「ドワッッシャアアアアアアアアアーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
剣道場内の練習風景はいっそ狂っているんじゃないかというような様子だったが、
「ソイヤアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーー!!!!」
よく見れば奥が女子、手前が男子、というふうに分けられ、
「ウッヒョアアアアアアアアアアーーーーーーー!!!!!!!」
その中でも竹刀を打ち合っている二人組が作られ、
「ピョオオオオオオオオオーーーーーー!!!!!!!!!」
さらにはそれぞれの組が使うスペースも決められているようで、統制が取れている。
「スキアリイイイイイイイイイーーーーーーーーー!!!!!!」
……いくらなんでも掛け声がてきとうすぎないか? 『隙あり』って聞こえたんだけど。
それに、なんだか各部員が叫び声を上げるたびにこっちを確認してるような気がする。面で顔は見えないので確かなことは言えないが。
朱里曰くアポは取っているらしいので、テニス部の時と同様に誰かがこちらへ来てくれるのだと思っていたが、そんな様子はなく、部員たちは一心不乱に竹刀を振り回し、叫び声を上げるだけだった。
俺と馬渡は、その様子を無表情で観察する朱里の様子をうかがいつつ、特に何をしていいのかもわからず手持無沙汰にしている。
なんだろう、もしかして今回も部活動の様子を観察しながら気づいた点があったら言えばいいのだろうか? もしそうだとしても、俺は発言する気などないが。
ただ黙って剣道部の練習風景を見ていると、男子剣道部の部長らしき大男が部員たちの叫び声をはるかに上回る大声で叫んだ。
「止め! 集合!」
その瞬間、部員たちはぴたりと動きを止め、面を外してから部長のところへ集まる。練習の動きは男女合同なのか、女子も同じ場所に集まっていた。そしてなにやらひそひそ話をはじめる。ひそひそ話といっても、先ほどから大声を出していたせいか声の調節ができておらず、俺達にはまる聞こえだ。
部長が部員たちに真剣な表情で言う。
「おい、どういうことだ。全然ウケてないぞ」
ウケてない……?
「それはそうに決まっている」
その台詞と共に、女子部の中から短髪のきりっとした女子が出てきた。確か名前は竹田津司奈とかいったか。部長で、凛とした見た目とは裏腹にかなりの天然だと聞いたことがある。そんな竹田津が真剣な表情で男子部の部長に言う。
「だから言っただろう。叫び声は分かりにくいと。やはり竹刀無しで組手の方が面白かったに決まっている」
面白かった……?
「いや、だがやはり剣道部なんだから竹刀は必須だろ」
いったいさっきから何の話し合いをしてるんだ?
「じゃあダンスにすべきだったんだ」竹田津はそう言って眉を顰める。
「ダンスは練習時間がないから無理だと言ったじゃないか」男子部の部長も困り顔で言い返した。
しかし竹田津は真剣な表情のまま、
「アメリカのディスコクラブでは皆思い思いのダンスをするそうだ。だからここは今からでも音楽を流してダンスだ」
「ふむ……音楽は?」
「用意してある」
「竹刀をもって踊るのか?」
「できないことはないだろう」
だから何の話し合いをしているんだあいつらは。
呆然としたまま、内容が筒抜けの会議を眺める。やがて話し合いは終わったのか、竹田津が剣道場内の隅に置いてあったCDプレイヤーの前に構え、男子部の部長に親指を立てて合図した。
合図を受けた男子部の部長は勢いよく、
「練習はじめ!」
と叫ぶ。
そして次の瞬間、剣道の防具に身を包み、竹刀を持った男女によるパーリィーが開催された。
ドゥン、ドゥン、ドゥン、と重低音のサウンドが道場内を揺らし、やがてアップテンポのノリのいい曲が流れ始め、男女混じりあい自由に竹刀を持ったままダンスを繰り広げる。中には竹刀でポールダンスのようなことをしている部員もいた。
面の上で拳を振り回し、リズムに合わせて素振りをし、竹刀でリンボーダンスを始め、道場内が異様な熱気に包まれる。そんな中、入り口付近に立っている俺たち三人の周りだけが、絶対零度の如く冷え切っていた。
一体何が起こっている……? もしかして、俺は間違えて剣道場ではなくディスコクラブに来てしまったのか?
隣の二人を見てみれば、流石の馬渡も困惑しているようで、目を点にしており、朱里の方はさすがというべきか何なのか、いつもと全く変わらない様子で腕を組み、道場内の狂乱の宴を眺めている。
俺は理解することを諦め、心を無にして目の前の現実を受け入れた。
なんだ、ただ剣道部の部員たちが音楽に合わせて踊っているだけじゃないか。
現実を受け入れるとは名ばかりの現実逃避から数分後、ようやく音楽はやみ、男子部の部長による集合の掛け声と共に、再び会議が開催された。
「おい、どういうことだ竹田津、全然ウケてないぞ」
竹田津は苦々しい顔でこちらをちらっとうかがう。
「くっ、どういうことだ……はっ! まさか」
「どうした竹田津、何か気付いたのか?」
「実を言うと、私は実際にディスコクラブに行ったことはないんだが……もしかするとあの三人はディスコクラブの常連なのでは……?」
バカなのか竹田津は。そんなわけがないだろう。
しかし男子部の部長は大げさに驚き、
「そ、そんな……だとしたら俺たちは本物のパーリィーピーポーの前で程度の低いクラブノリを披露した寒いやつらことになってしまうじゃないか」
誰が本物のパーリィーピーポーだ。
「しかし、そうだとすればあの冷たい視線も納得がいく……すまない、ディスコクラブの実態も知らずにこのような作戦を立案した私のミスだ」
「いや、謝らないでくれ、俺達男子部の案だって全くウケなかったんだ……へこたれてる暇なんてない。今の状況を整理してみよう」
「そうだな……恐らくあの三人は、剣道のことを様々な奇声を上げながら竹刀を振り回す狂ったスポーツだと認識しているはずだ」
「俺達男子部の作戦が裏目に出た形だな」
裏目もなにも、表があったのかどうかすら怪しい。
「そして私たち女子部の作戦により、私たちは練習の合間に程度の低いパチもののディスコダンスを行っていると勘違いされている」
大方合ってるが、なにか重要な部分を勘違いしている気がするのは俺だけだろうか。
「まずいな……」
「ああ、状況は最悪だ」
状況が最悪なのは分かっているらしいので、ぜひどうにかしてほしい。一体俺たちに何を見せつけようとしたんだ。そしてどんなリアクションを求めていたんだ。
もしかすると朱里なら剣道部の考えていることが分かるかもしれないと思い、朱里に意見を聞こうとすると、隣に居たはずの朱里はいつの間にか姿を消していた。
どこに行ったのかと思えば、剣道場内の竹刀置き場で竹刀を一本手に取り、軽く素振りしている。何やってんだよ、向こうが会議に夢中で気付いていないからいいものの、勝手に振り回しているのが見つかったら怒られるかもしれない。
俺は朱里を止めようとしたが、ある程度近づいた瞬間、朱里が姿を消した。
否、朱里がいつの間にか目の前にいた。
「へ?」
いきなり目の前まで瞬間移動をしてきた朱里に面食らい、俺はそんな間抜けな声を出す。
すると朱里は手に持っていた竹刀で軽く俺の頭を叩き、そのまま横を通り過ぎていく。
「いてっ……って、おい!」
俺が数秒遅れて振り返った時にはもう遅く、朱里は会議中の剣道部員の中へ割って入ってしまっていた。
「部長さん、おもてなし、楽しませてもらったわよ」
おもてなし……? まさか、あの意味不明な行動の数々が俺達をもてなすために行われたとでもいうのか? だとすればどこの部族だよと言いたい。
突如集団の中に割って入ってきた朱里に、男子部と女子部の部長それぞれは驚きつつも、恥ずかしそうに頭を下げる。
「いやあ、『面白いものを期待してるわよ』と言われたものだから、なんとか笑いをとれるように色々考えてみたのだが、なかなか難しくて……」 竹田津が言う。
そんな理由であんな行動に打って出たというのか。だれか部内に反対する人間はいなかったのかよ。ていうか流石の朱里もそんな意味で言ったんじゃないと思う。
「いいのよ、久しぶりに自分の想像をはるかに超える体験をさせてもらったのだから、私は十分に楽しんだわ。あとの二人は何が起きているのか理解できていないようだったけれどね」
「そうか……まあ、慣れないことをしたのだから失敗は当然だな。才神さんだけでも満足していただけたのならそれで良しとしよう」
「ええ、私を楽しませたのだから十分誇っていいわ。それより、そろそろ普段の練習に戻っていいわよ」
やたら上から目線の言葉に、竹田津は特に気を悪くした様子もなく、
「それでは、お言葉に甘えて、普段の練習に戻らせてもらう」
そう言って、ようやくまともな部活動が始まった。