地上にあがってみると全く緊張感のない民衆たちが花と緑の大地でくつろいでいた
大きな通路の掃除をしていた。
人が1人寝られるくらいの石畳の階段が螺旋を描いて地下に続いていた。
どこからか「秋長先生も野球好きだよなぁ~。自分でチーム作るなんて」という声が聞こえた。
秋長先生の野球チームに関係があるらしいことがわかって俄然ヤル気が出た。
溜まっていた水をデカいワイパーで排出口に押しやっているとサイレンとアナウンスが聞こえた。
「緊急避難警報!!」
洪水が来るという。
とにかく早く退避せよとのことだ。
クルマを持っている人は一刻も早く乗って逃げろという。
地上にあがってみると全く緊張感のない民衆たちが花と緑の大地でくつろいでいた。
1人では逃げ出しにくい妙な同調圧力を感じた。
「たけみな」こと竹橋みなみがいた。
「早く逃げちゃわない?」
たけみなのリーダーシップで民衆を導いてみたらどうだい?という空気を出してみた。
「ところであなた何してる人?」
「ただの怪しい人だよ」と答えてオレは地下通路に戻った。
だんだんと水が増えてきて押し出すことに苦労するようになってきた。
地上にあがってみると、これがまぁ、見事なまでに誰も居ない。
たけみなに置いていかれた。
いや違う。
燦々!グループの初代総監督として秋長総合プロデューサーから絶大の信頼を受け、ファンから尊敬され、後輩たちに慕われて「聖人」とまで呼ばれた「たけみな」はそんなことしない。
乗り気ではなかったのは少々疲れていたからだ。
ノースキャンダルの正統派アイドルとして堂々の卒業を果たし、2年前には祝福されて結婚もし仕事も順調なのだがタレント活動ではアイドル時代ほどの実績を出すことができていない。
精神的な疲れのほうが重く感じるものだ。
だがまだ28歳。
芸能スターとしてはまだまだ若手枠だ。
疲れ切るには早すぎる。
たけみなはオレがさっさと逃げだしたと思ったのだ。
そこでハッと何かが吹っ切れて、アイドル時代のリーダーシップに火が点いた。
そして民衆をまとめあげると全員無事に退避させたのだ。
警報を繰り返していた広報カーの姿もなく風の音だけがあった。
しかし本当に洪水などが来るのだろうか?
民衆たちに危機感がなかったのは、なぜならばここは山の上だからだ。
そして改めて見渡した時には山々の雪という雪が一斉に溶け出して尾根や山肌の全てが巨大な滝と化していた。
聞こえていたのは風の音ではなく叩きつける大流水の響きだったのだ。
こりゃかなわん!
麓が水没を始めていたから時間の問題だったしオレにはクルマもなかった。
嵩を増し続ける水流を眺めながらオレはまずこう思った。
(後々の記事にはごく自然な感じで「40代作業員」なんて載るんだろうな。)
それが流れ流れてきたオレの最後の肩書というわけだ。
そして次にこう思った。
(エキストラみたいな扱いだな!)