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ⅶ話「自己紹介」

 「凍土の女王様が、そんなに驚くこと?」

 自然に出た笑顔で尋ねるが、少女は未だに驚きを隠せていない。

 「ここに来ていた先生はキング、つまり一位だったんだろ? それに対して俺は、三位を三年間取り続けただけ、キングよりは低い気がしたけど、まさかそこまで驚いてくれるとはね」

 先程までの発言とは打って変わって、急にキングへの敬意を表し始めるが、それに反応できるような心の余裕は、今の少女にはなかった。

 移民の受け入れをしたことで、国外からも人が集まり、以前より化物度合いが増し、もはや魔物の巣窟と言っても過言ではない現在のアヴァリム王立軍学校において、全学年で三位内に入ることすら困難であるのに、その地位を卒業までの三年間保持し続けるなど、もう人の域を超えた者にしか不可能なことであった。

 だからこそ、「スリー・クラウンの誕生」という情報は、各地の軍学校どころか、その軍学校と代々仲が悪い王立魔法学院にすら知れ渡っていた。

 少女は初めて、その顔をじっくりと見詰めた。

 今までと同じ、すぐ辞める動く玩具達と違う、立場を逆転させられる『軍の従者』に。

 「さあ、僕について知ってもらったところで……どうだろう、ここは仲直りってことで、皆に集まってもらって、自己紹介大会というのは」

 「……」

 何も口から出ないが、コクっと首を小さく縦に振る。

 その悔しげに俯き、浮かない表情をしている少女が何を心に持っているかは、ルカが知ることではない。

 「じゃあ、縄を解いてくるから、そこでちょっと待ってて。あっ、変にそれを抜いたら、血が止まんなくなって、最悪、一生モノの傷になっちゃうから、くれぐれも抜かないように」

 注意をしたその顔は、戦闘時のような殺意を込めたものではなく、相手を心配するような、まるで本当の先生のような優しさが篭っていた。

 しかし少女は、その優しさよりも悔しさが勝っているせいで、それを素直に受け取ろうとはしなかった。

――

 「さて、男女比が四と六で、どちらかというと男子の方がいい思いをしているこのクラスだが……」

 左手に刺さったナイフを抜けないため、その場で立つことしかできない一人、それに男女比が一と三の教室組と、三と二の開始早々に捕まった組。

 「じゃあ、俺が指でさした人は、自分の名前と年齢を言うように」

 もはや諦めの境地なのか、生徒達は黙って頷いていた。

 「じゃあ、まずお前」

 指の先には焦げ茶で、長い前髪によって目を覆っている少年。

 「ぶ、ブルワー……ブルワー・ジャクソン、十七歳です」

 「……見えてる?」

 「は、はい」

 「ならよし。じゃあ、次」

 赤みがかった茶色の髪をして、程よく短く切られている、ルカに何度も雷を何度も撃っていた少年。

 「やだね」

 「じゃあ次」

 「おい!」

 反抗的な態度は、ルカの困った顔を見ようとして咄嗟に出たのか、ただ単純に完膚なきまでに叩きのめされたのが気に入らなかったのからなのか、或いはそのどちらともなのかは少年のみにしか知り得ないことだが、だからと言って流されるのも気に食わない。

 その反応に、溜息を吐く

 「別に焦らさなくてもいいよ」

 「……カータレット。カータレット・ベネット。同じく十七」

 「ベネットが名前……じゃない?」

 「そうだけど」

 「えっ、じゃあ君」

 ルカの向いた先には桃色の、項に届くか届かないかほどの髪を後ろで一つに纏めた少女がいる。

 少女は、カータレットと同じ縄に縛られてはいるが、背中合わせのような状態になっている。

 その髪よりも濃い赤の頬を、ルカの視界から隠すようにそっぽ向くと、その反応にコクコクと頷いた。

 「ああ、何となくわかったよ」

 「なにが」

 「はい次」

 「おい!」

 カータレットの、ツッコミと言えるような応答に、しかしルカは振り向くことなく指をさす。

 輝きのない、落ち着いた金の髪を、年齢に合わないくらいにお洒落に整えている少年。

 「フォークナー・テイラーさ。来年で十八。というよりさ、きみぃ、さっさとこの縄をだねぇ」

 「ああ、なるほどね。はいはい、あとでちゃんと解きますよ、お坊ちゃま」

 「なっ、おぼっ」

 まるで、素人に「貴族の息子」を想像させた時に脳内で出来上がるそれを、そのまま現実に持ってきたかのような見た目、それに喋り方。

 こういうのの扱いは慣れている、とでも言うかのように、淡白に対応するルカと、それに対して「僕はテイラー家の」や「この僕に対して」と抗議してくるが、それを耳に入れないように次を指そうとすると、そこで指が止まる。

 そこには、誰にも踏まれぬ新雪を、そのまま髪として使っているのではないかと思うほどに綺麗な白い髪に、生き物すらいない湖を月に照らしたかのような、濁りのない青い目をした二人が、隣り合わせになっている。

 髪の長さで見分けはつきそうだが、それが当たるとも限らないため、手を止めたのだ。

 「えっと、もしかしてどっちも女の」

 「僕は男だ!」

 軽い動揺から自然と出てしまった台詞に、髪を短くした――ところどころ立ってはいるが、しかしそれすらも許容できるほどに綺麗な目で訴えてくる少年。

 「あ、ああ、ごめん。ほら、名前と歳」

 「キャンベル・ホワイト、同じく十七」

 「ホワイト」

 ルカは、ペンを書く手を止めた。

 それは、先程までのように名前を書き終えたから、という訳ではない。なんなら、名前の途中で手を止めている。

 「なに?」

 「いや、シンガルボルグはとても綺麗な街だったなって、そう思っただけ」

 「……どうしたの、急に」

 「お母さんの生まれはルーザスでしょ?」

 唐突な質問に、今までのような落ち着いた素振りから打って変わり、明らかに図星を突かれたような反応となり、ルカの目には若干の動揺もあるように映っていた。

 「なんで、それを」

 「いや、ホワイト家にお仕えしていた奴が同期で、前にルーザスに行く用事があったから、ついでに寄ったんだよ。実家はシンガルボルグの名家だもんね。あの街は綺麗だ、煉瓦造りの住宅街や繁華街を一日かけてゆっくりと歩きたいよ」

 「……」

 ルカの、思い出を振り返るようにして頭に浮かんだその情景の一つ一つは、この白髪の二人にも想像し易いものであった。

 「ということは、君はアスタ・ホワイトだな」

 「な、なんで名前まで」

 キャンベルの冷静によって生まれた無口とは変わって、自信のなさそうな、大人しく、見方によっては地味とも捉えられるが、それをかき消すかのような髪は、キャンベルよりも伸びてはいるが、綺麗に梳かされている。

 ぴょこん、と擬音がなるように立っている小さな一つのくせっ毛は、動物の耳を彷彿とさせた。

 「遊んでいるところを見たことがあるからさ。そいつ、かわいいかわいいと君を撫でては、執事さんに怒られていたんだよ。覚えてる?」

 「……もしかして、ノア?」

 「ああ。きっと、覚えてるだけでも、あいつは喜ぶだろうな」

 ここからじゃ天井、しかしルカは、遠くの空を眺めるような仕草をする。

 映写機に映像を映すかのように、思い出を振り返っていたところに、声の高い呼び声がかかった。

 「先生、思い出に浸るのは後です。もう時間もないので、さっさと終わらせてください」

 その先には、藍髪の少女。

 ルカは軽く咳払いをすると、再び“自分の中での”先生としての態度をする。

 「すまない。じゃあ、次」

 水色の髪を、右の低い位置で留めた、まるで藍髪の少女の真似をしているかのような少女。

 「アイヴィー、アイヴィー・サンチェスです。十七歳です」

 「サンチェスっていうと、リィンテンで代々神父をしてるアンジェリコ家の分家、だったかな」

 「わ、分かるんですか?」

 「ああ。アヴァリムのプラウスト派に惹かれて、アヴァリム内で結婚したから、『基礎のイクリス教』から逃げてきたってことが書かれてる『サンチェス逃亡自伝』は、今でもたまに読んでは笑わせてもらってる」

 「は、はい」

 自然な笑顔を見せ始めるルカに、アイヴィーだけでなく、ここにいる生徒はどことなく安心感を、心の片隅に感じてはいる。

 あの追いかけっこで植え付けられた恐怖感も、何人かは拭われようとしている。

 「じゃあ、次」

 長く伸びた金色の髪を、纏めることなく下ろしている、見た目は絵に描いたお嬢様と、なんともヴィジュアルの良い対が揃っている。

 「私は、ナタリー・モルガン、十七歳ですわ」

 「喋り方まで」

 「なにか?」

 「いやなにも」

 『わたし』ではなく『わたくし』と言い、何よりも『ですわ』という口調。

 特待生になるほど質の高い教育を受けているだけあって、これ程の「絵に描いたような一組」があるのも頷けると、本当に頭を振っていると、「何をしてますの?」と声をかけられ、それを止めた。

 「よし、なんとなく分かってきたが」

 「あら、私の家については知りませんの?」

 「モルガン家に良い思い出はない、次」

 「ちょっとそれはなんですの!」

 不服そうにツッコミを入れるお嬢様に、周りの何名かは笑っている。

 次にさしたのは、桃色の髪をした、強気に見える少女。

 相も変わらず、ルカを睨んでいる。

 「ソフィア、ソフィア・ロペス。十七歳」

 「ほう」

 「……なにその反応」

 「いやな、面白い子だなって」

 「どこが?」

 「名家の出じゃないところが」

 そのルカの言葉に、ピクっと片方の眉毛を上げた。

 より、睨む力が強くなったように見えたルカは、違うんだと弁解を始める。

 「癪に障ったのならごめん。単純に俺が知らないだけで、貴族なのかもしれないけど、だけどね、中々いないんだよ、名のない家からの特待生って」

 「……馬鹿にしてる?」

 「寧ろその逆、尊敬してる」

 えっ、と驚いた声で振り向こうとしたところ、隣にいたミアの頭とぶつかり、痛そうにまた俯く。

 「王立という最高の頭脳が集まる場で、挑戦者のような立ち位置にいる君は、もっと尊敬されていい。俺ですら、そこそこ名のある家だったんだ。誇っていいよ、ソフィア」

 「……」

 小さく呟いた桃色髪の少女は、ほんの少しだが、頬を赤く染まった顔を、急いで背ける。

 そんな中、ある一人が声を上げた。

 ソフィアの隣、ミアだ。

 「そういえば、先生の名前って」

 「ああ、そうだった」

 コホン、と軽く咳払いをする。

 「俺の名前は、ルカ。ルカ・フェアバンクスだ」

 一斉に、生徒の空気が変わった。

 それを最初に知らせに来たのは、藍髪の少女。

 「フェアバンクスって、あのフェアバンクス……?」

 「君達の想像しているものだよ」

 ルカの言葉によって、生徒達にあった様々な感情が、一転した。

短篇小説熱が出ていたのですが、構成で頭を抱えたので、もう既に物語の構成を決めているこちらに手を付けました。

ちなみに、僕はストックが五話以上貯まらない限り、話を出さないので、出していない時は「ストック足りてないんだあ」なんて思っててください。

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