ⅳ話「特待生クラス」
「なんで俺なんかが……大体、ここの生徒は王立軍学校の学生が嫌いで、いつもピリピリしてたでしょ」
「先生は別だ。うちにだって、軍学校出の先生の一人や二人はいる」
「その人達、今はどこに?」
「知るか、辞めた奴に興味はない」
「おい」
ルカは呆れた顔を向ける。
それは見て見ぬ振りをされ、話は続けられる。
「いやいや、今まで辞めた奴はろくに実力もない、座学で戦略だけ学んできたような奴らだったから辞めただけだ。それに関しては、お前は」
「俺だって普通に軍学校を出ただけ、その人達となにも変わらないよ」
「いいや、謙遜するな。お前はだな」
「ああー、はいはい。ネイブだからね」
未だに表情を変えず、フォークを持った手を軽く宙で振る。まるで、それから出てくる言葉を遮るように。
そんな態度に、溜め息を吐くと、母も同じような呆れた顔でルカを見る。
「ネイブのなにが気に入らないんだ。卒業したら誰だって尉官どころか、一ヶ月も経てば上層部の仲間入りができるくらいの、研究者の道に行けば専用の研究室をわざわざ用意してもらえるくらいの、最高に名誉的であり、それほど化け物揃いの国内一の学校で、全学年含めて順位が三番だった功績の、何が気に入らないんだ? 普通に国内の軍に行ってりゃ佐官だぞ?」
「……名誉だけじゃ、どうにもできないってことを知ったんだ」
ルカは俯き、思い出したくもないことを封じ込めるように額を抑える。
その様子を見て、母は自分の身にそれが起こったかのように、共感と言うべき感情を向ける。
未だに過去に囚われ、心の中で蹲っている青年に、哀れみとも怒りとも、もしくは悲しみとも取れるものを感じている。
「ランケスの内乱か? あれは別に、お前が悪いんじゃ」
「あれはっ」
思わず出した……いや、出た大声に、ルカ自身ですら驚いていた。
周囲の生徒―少なくとも、近くの数席程度の生徒―は、一斉にルカの方を向くが、母が手を、まるで虫を追い払うかのように振ると、静かに何も見なかったかのように振る舞った。
「あれは、内乱なんて綺麗なもんじゃないよ」
「……どうであれ、この仕事をやる気はないのか? なら、代わりの者をだな」
「いや、そうとは言ってない。全ては」
「報酬次第、だろ?」
自らの言葉を取られたのと、先程までの感情的であった自分を紛らわせるために、鶏肉を口に運んだ。
母から、先程までの、様々な感情が入り混じっていた表情が消え、それは商売人のようなものへと変わっていた。
「月収6000クリス」
がたっ。
これは、ルカが膝を机にぶつけた音だ。
しかし、それに痛がることもなく、ただ目を開いて母の目を見ていた。
「学園都市内の住宅に住まう場合は、補助金として家賃の半分は学校が持ってくれる。それに、学食は半額で食える」
「……正気?」
「どっちかと言うと、狂気だな」
改めて思い知ることとなる。
今や、生活に必須となっている魔法の、国内最高の研究兼教育機関、ということの恐ろしさを。
「持つ講義数は?」
「月水金の三日、昼の一時から四時までの三時間だ」
「……なんでそんな良物件に人が」
「辞めたからだ」
カップに注がれた、まだ微かに湯気の立つ紅茶を飲みながら、間髪なくルカの疑問へと答えていく。
ここまで来ると、いっそなにも聞かなくてもいいくらい清々しかったが、不穏な単語に引っかからないほど、ルカも単純ではない。
「なぜ辞める? そんな良物件、教員内のいじめ程度で簡単に手放せるようなものじゃ」
カップをソーサーに戻すと、赤髪は微かに揺れる。
机に手をついて、立ち上がっているルカを見上げ、ニヤリと笑った。
「行けば分かるさ」
――
母に言われるがままに、特待生クラスが待ち構えている実験棟の体育館へと向かう。
国立であり、最古であるという誇りを具現化したような、それくらい巨大な校内は、常人が一日で覚えられるものではないが、学生時代に何十もある各地域の地図や地理的条件を覚えさせられ、試験にて書かされたルカの手に掛かれば、なんとなくではあったが地図を把握できた。
「動き慣れてる格好とは言ってたけど、本当にこの格好でよかったのか」
そう呟いたルカが着ていたのは、あの時と同じ、赤のチュニックに紺のズボンという、国内軍の制服であった。
すれ違う、先生と思わしき者から、生徒までに二度見され、たまには睨まれるといったような、どちらかというと悪印象の衣装であったが、これ以外に動き易い格好など、持ってはいなかった。
そんなのを受けながらも、実験棟の前に辿り着く。
「……なんだこれ」
遠くから見れば、珍しくも白い煉瓦の建物だったが、近付けば近付くほど、その白さのトリック、つまり魔法による特殊なコーティングのようなもので覆われていることに気付き、その大きさに立ち止まって唖然とする。
対魔法のコーティングかは詳しく分からないが、とんでもない資金と手間をかけているのは、ルカほどでなくとも、魔法を少し齧った程度の素人でも分かる。
「怖いな、なんか」
ルカは、準備運動をしてはいたが、その迫力に押されないよう、最後にまた軽く首や腕、足首を回しておく。
そして、その魔法に包まれた、魔女の集会所のような建物へと足を入れていく。
廊下は驚くほど静かで、自らの足音が響いているほどであった。
ここまで来ると、不気味な印象を持ってもおかしくはないだろ。
そんな中、袋を抱えて体育館を目指そうと歩いていると、目の前に人影が見えた。
キャラメル色の長い髪を、三つ編みにして右肩から下ろしている、背の低い少女のようであった。
白を基調とした半袖で、袖口とスカーフ、襟のラインが水色のセーラー服に、紺のハーフパンツは、まるで海軍で採用されているそれであった。
「誰?」
「わ、私は、Kクラスのミア、ミア・ファラーです」
自信のなさからか、語尾から息が抜けている。
気弱そうなその性格に、思わず拍子抜けをする。
(こんなのを相手にして辞める? やっぱり、教員内のいじめが原因か?)
ミアが目を開け、見つめてくるのを気にしないように、ルカはゆっくりと歩く。
「あ、あの、体育館まで案内します」
「おお、それはありがたい。地図を全て頭に入れてるわけではないからね」
「ひ、広いですものね、この学校」
あはは、と可愛さのこもった笑いをするミアに和まされるルカは、研究棟に入る前にあった緊張感を忘れていた。
それに対し、ミアも和んでいるように見えるが、一方ではそわそわと周囲を見ている。
「なにかいるの?」
「い、いえ、別に、そういうことでは……あっ、この扉の先です」
「そっか、ありがとう」
「お、お先にどうぞ!」
「じゃあ、お先に失礼しまー」
重く閉じられた鉄の扉を開く。
別に、そこまで重いわけではなかった。
軽く開けられるほどであった……が、その瞬間だけ、ルカの頭の中では時がゆっくりと進んでいたのだ。
そう、開けると同時に杖を構えた、ミアのようなセーラーではない、ブレザーを着た生徒達が、青白さを集めて紫色となっている光を放っているのが見えたからだ。
ルカは急いで扉を閉める。
その間にも光は近付き、そして。
轟音。
雷が地に降り注がれたかのような音、砲弾が放たれたような音、大きな飛沫を上げている湖を凍らせたかのような音。
この全てが共鳴し、ルカの耳だけでなく、身をも襲った。
ルカの持っていた袋が、宙を舞った。
皆さんの中で「特待生」ってどんなイメージですか?
ガリ勉で眼鏡? それとも、ナルシ系お坊ちゃま真面目キャラ? それともそれとも、博識生徒会長系?
実は私、高校で同じクラスに特待生の子がいて、その子は破天荒という言葉をそのまま現したような子だったんですよ。知らないことの方が多い、毎日「ぴえん」って言ってるような子でした。
それで気付いたんですよ。
「特待生って、別に凄くなくていいんだ」って。
つまり、今回の特待生っていうのは、その辺りを表現したいと思います。
嘘ですみんな凄いです。